ご褒美会
「やっと、できた」
あれから数日後、ようやく満足ができる出来の動画が完成した。久しぶりの動画編集ということもあり、思いの外時間がかかってしまった。
俺は心躍らせながら桜木に、完成したとの旨のDMを送る。どんな反応をされるのだろうか、非常に緊張する。
しかし、そんな緊張をほぐすようなメッセージが返ってきた。
『すごい、ありがとう。私が考えてた感じの動画になってて安心した。本当に村瀬に頼んで良かった、本当にありがとね』
俺の作成した動画に非常に満足してくれたようだ。桜木から送られてきた文章は、いつもの毒舌ぶりを感じさせないような、優しい文章だった。
また、この動画は数日後にmetubeにアップすることになった。ファンにどのような反応をされるか、批判されないか、非常に気になるところだ。
だが、送られてきたDMはこれで終わらなかった。
『明日、愛莉とお礼しに村瀬の家に行きたいんだけど、予定ある?』
そう続け様にメッセージが送られてきたのだ。俺の家か、放課後はもちろん用事はないけど、お礼って何をしてくれるのだろうか。俺はお礼という言葉にワクワクしながらカレンダーを眺める。
「えっ!? 明日って、土曜日じゃん」
てっきり明日は学校だと勘違いしていたが、休日だったのだ。ということは、わざわざ俺の家に来てくれるということだろう。
これは嬉しい誤算だ。てか、変に緊張する。掃除した方が良いだろうか。
『じゃぁ、明日の13時くらいに村瀬の家に行くけど大丈夫?』
俺はその問いに高速で『もちろんです』と返信する。
『返信早すぎ笑 なら、明日よろしくね』
休日に2人が遊びにくるからって、浮かれていたのが桜木にバレてしまった。小馬鹿にされたようで恥ずかしさもあるが、俺はソワソワとしながら、部屋の整理に励むのであった。
翌日。
「お兄ちゃん、鼻息荒いよ」
リビングでソワソワと動く俺を見かねた美憂は、呆れたようにそう話す。
仕方ないだろ、妹よ。兄はこういうの初めてなのだから。さっきから心臓が凄い勢いで動いているんだよ。
ピンポーーーン
「あぁ、なるほどね」
インターホンが鳴る。妹が何やら呟いたような気がしたが、今は良いだろう。俺はゆっくりと玄関に向かう。ここで急いで玄関を飛び出したら、馬鹿にされる気しかしなかったからだ。
「2人ともいらっしゃい」
ゆっくりとした手つきでドアを開け、冷静を装いながらそう言葉をかける。
それなのに、俺は思わず言葉が詰まりそうになる。玄関の前にいたのは、いつもと服装が違う2人。当たり前だが今日は休日。制服という訳がなかった。
二階堂は落ち着いた花柄のワンピースに、白のカーディガンを羽織っている。桜木はタイトなジーンズに、白の長袖を着ていた。
見慣れた制服姿ではない2人に、思わず目が釘付けとなる。私服はやはりそれぞれの個性が引き立つので、いつも以上に綺麗に見える。
「ほら、お土産もあるわよ」
そう言った桜木は手提げバックを持ち上げ、俺に見せつける。俺は彼女のその言葉で、思考が再び動き出す。危ない、危ない、息が止まりすぎて窒息するとこだった。
「お土産? 何が入ってるんだ?」
俺はそう言って門扉を開け、2人を中に案内する。
「ふふ、内緒、後で教えてあげる。私だけじゃなくて愛莉も手伝ってくれたのよ」
手伝ってくれたという事は、手作りの何かだろう。普通に楽しみだ。
「おじゃまします。上手く作れたか分からないけど、美味しかったら良いな」
「美味しい? ってことは料理か?」
「もぉ、ほらほら、立ち話してないで、早く部屋に行こ」
二階堂が美味しいと言ったし、料理なのだろう。お昼時だし、昼食でも作ってきてくれたのだろうか。いや、でも、しまったな、さっきお昼ご飯を食べてしまった。それもカップラーメン。せっかくなら空腹の時に食べたかったが仕方なかろう。吐いてでも全部食べてやる。
既に俺の部屋の場所を知っている2人は、門扉の前で苦悶している俺は置いて、玄関に入っていく。
「桜木さん、二階堂さん、いらっしゃい」
「美憂ちゃん久しぶり」
「こ、こんにちは」
リビングから出てきた美憂と、2人は挨拶を交わす。桜木はかなり親しげだが、二階堂はまだ緊張しているようだ。その後2人は、リビングにいた両親にそれぞれ律儀に挨拶し、俺の部屋に向かった。
「もう夏ね。愛莉、カーディガンいらなかったんじゃない?」
「うん、ちょっと暑かった」
そう言ってカーディガンを脱ぐ二階堂。そうすれば春らしい花柄の半袖ワンピースが露わになる。そしてそのカーディガンを膝の上に乗せる形で、ちょこんとベットに座った。
桜木は持っていた手提げバックをテーブルの上に置き、同じように二階堂の隣に座る。
俺はバックが気になり、上から覗いてみれば、チャックが見えた。
「開けていいわよ」
桜木のその声に、俺はワクワクしながらチャックを開けた。手提げは保冷バックだったようで、中は冷たい。
その中には透明の大きな容器が入っていた。
俺は取り出して良いのかと、桜木に目で問い掛ければ、ニッコリと頷かれる。その合図に合わせ容器を取り出す。
「カップチーズケーキ。朝から私と愛莉で作ったのよ」
透明の箱の中にはカップがいくつか入っている。それがカップチーズケーキなのだろう。チーズケーキは食べたことはあるが、カップに入っているものは初めてだ。
「私の動画を作ってもらったのに、実はお礼をしようって言ったのは愛莉なのよ」
「ちょっとモモちゃん」
まさかのカミングアウトに二階堂は恥ずかしそうに桜木の袖を掴む。
「マジか、いや本当に2人ともありがとう」
中には7個のカップチーズケーキが入っている。
「えっと、美憂ちゃんと、ご両親の分もあるから、良ければ食べてね」
「みんなも喜ぶよ、ありがとう」
正直、全部俺が食べてやりたいが、二階堂にそう言われてしまえば、分ける他ないだろう。俺はお皿とフォークを用意するため、リビングに戻る。
そこでチーズケーキの事を家族に伝え、4つ分は冷蔵庫に入れておいた。ちなみに俺は2つ食べる予定だ。それくらいはご褒美なのだから良いだろう。
冷たい紅茶を用意し自室に戻る。
そうしてようやく実食だ。
「いただきます」
俺は今までにないくらいに両手を力強く合わせ、目の前のデザートに、これでもかと感謝の意を込めた。
フォークに取り、口に運ぶ。しっとりと滑らかな口溶け。濃厚なチーズの風味。めちゃくちゃ美味しい。
「美味しい?」
「マジで美味いよ」
桜木は頬杖をつきながら、少し不安そうにそう尋ねてきた。俺はその問いにすかさず美味いと答える。そして続け様にもう1口を口に運ぶ。
美味すぎる。あまり量は多くないのに、フォークが止まらない。
「がっつきすぎ、犬みたいよ。ふふ、愛莉も良かったね」
「甘いの得意か分からなかったけど、口に合ったみたいで良かった」
桜木は俺が食べる様子をクスクスと笑いながら見ている。二階堂も俺が美味しく食べている姿を見て安心していた。
俺はカップにへばりついたチーズケーキの欠片まで残さず食べた。1ミリ片でも残すのが躊躇われる。それ程に美味しいのだ。
「そんなに美味しかった? なら私のも少しあげるわよ。ほらご褒美だし、食べさせてあげる」
桜木は小馬鹿にするような笑みを浮かべながらフォークを差し出してくる。
「い、いや大丈夫だよ」
「なんで? ほら、食べて良いわよ」
俺が断った理由は至極単純。桜木に食べさせてもらうなんて恥ずかしいからだ。バカップルがやるような、『あ〜ん』なんてくだり、してみたい、してみたいが、恥ずかしい。
「ほらほら、遠慮しなくて良いのよ」
「モモちゃん、ちょっと、ちょっと」
小悪魔な笑みを浮かべた桜木は、フォークを俺の口のギリギリまで近づけながらそう話す。二階堂にいたっては、頬を赤くしながら、袖を引っ張っている。
俺はこの挑戦に挑むべきなのか、素直に負けを認めるべきなのか。困惑のご褒美会は続いていくのだった。
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