拷問
『先輩のこと、好きになっても...良いですか?』
「村瀬君止めて! モモちゃん、離してっ!!」
二階堂は椅子の上で悶絶し、逃げようと体を動かしている。しかし桜木はそれを許さない。加虐心に満ちた、愉快そうな顔で二階堂を抑えているのだ。
完全に桜木の意趣返しだろう。さっきまで楽しそうに桜木の恥ずかしがっている姿を見ていた二階堂だったが、今は形勢逆転。椅子に押さえつけられ、俺が兎木ノアの動画をマジマジと見ている姿を、見せつけられているのだ。
『お兄ちゃん、起きて、朝だよ。ほ〜ら、お〜き〜て〜』
「ほ、ほう」
どう反応すれば良いのか分からず黙っていたが、思わず感嘆の声が漏れる。普通に可愛い。こんなザ・妹属性の幼い声が、二階堂から出るのか。良いものを聞いた。あとでお気に入りに追加しておこう。
「愛莉? なんで恥ずかしがってるの? この配信が終わった後、リスナーが喜んでくれたって、愛莉自身も喜んでたじゃん。村瀬も楽しそうに見てくれてるよ」
「別に画面越しで見てくれるなら良いの。でもこんな目の前で見られるなんて、慣れてないというか、恥ずかしいんだって」
桜木だって先程まで、自身の動画を目の前で見られて、恥ずかしそうに悶えていたくせに。二階堂が恥ずかしがっている理由を理解した上で、反応を楽しんでいやがる。
「村瀬? 愛莉の妹ボイス可愛いでしょ?」
桜木め、俺にまで攻撃をしかけてきやがる。まぁ、答えはYESだ、可愛いよ。でもここで肯定したら、俺も恥ずかしいし、二階堂も恥ずかしい。
それなのに否定もできない。桜木の目は『可愛いって思ってるんだから、正直に言いなさい』、そう語っているのだ。
「か、可愛いな」
「うぅ、見ないで〜」
そう言って二階堂は手で顔を塞ごうとするが、しっかりと桜木が阻止する。
「恥ずかしい、恥ずかしいよぉ」
小さい声で、ボソボソと呟く二階堂に、どうしても同情心が湧く。ま、まぁ、そろそろ桜木も満足してくれただろうし、ここは俺が助けるべきじゃないだろうか。
俺は言い訳を考えながら、マウスを操作し、ソッと動画を閉じた。
「あれ? 村瀬君......」
縋るような目で見つめてくる二階堂にドキッとしながら、桜木に言葉をかける。
「今日の目的は桜木さんの方の動画編集だし、そろそろ始めるか。それにあんまり騒ぎすぎると、下にいる母さんと妹に怒られるからな」
「確かにそうね。ごめんなさい、せっかく家に入れてもらったのに、迷惑はかけられないもんね。ちょっと騒ぎすぎたわ」
桜木は少し残念そうではあったが、あっさり納得してくれた。彼女はそのまま疲れたようにベットに腰掛けた。
「あ、ありがとう、村瀬君」
二階堂は俺にだけ聞こえるような小さな声で、嬉しそうに感謝の言葉を述べた。俺は彼女にそっと笑いかけ、一回背伸びをする。
そして気持ちを切り替えて、桜木に動画の方向性について尋ねた。
「桜木さん的にはどんな動画にしてほしいの?」
「ん? えっと、そうね。自分で言うのは恥ずかしいけど、私ってゲーム中に、ちょっと怒ってみたり、罵倒してみたりってよくするの。さっきのセリフ枠の動画でも、そういうのが好きなリスナーが集まっているのが分かったでしょ。だから、罵倒集というか、激怒集? 発狂集? みたいなのを作って欲しいの」
なるほど、確かに罵倒や怒っている場面だけを切り抜いて動画にするのは需要がある気がする。それにキャラ付けという観点でもバッチリだろう。
自己分析し、ちゃんと考えてきたのだろう。これは俺も身が引き締まる。
「それは良いと思う。俺もあの罵倒セリフは良いと思ったしね。最初はセリフ枠とゲーム実況中に出た罵倒、怒っているシーンなんかも切り抜いて動画にしてみようか」
「私の罵倒が良いって素直に言われると気恥ずかしいわね。まぁ、そういう感じでまとめ動画作ってほしいかな」
口を滑らせて、罵倒セリフが良かったなんて言ってしまい、俺も恥ずかしくなる。今まで生きてきて、罵倒が好きだなんて思ったことはなかった。それなのに桜木の動画を見てると、俺はMだったんじゃないかって不安になってくる。
「じゃぁ、さっそく切り抜く動画をまとめていこうかな」
「うん、期待してるわね」
その言葉を皮切りに、俺は動画編集をスタートした。後ろでは二階堂と桜木がお菓子を食べながら談笑している。ちなみにお菓子は俺が用意したが、なんか溜まり場になっている気がする。
そして1時間程作業した時、二階堂の、兎木ノアの配信開始の時間が迫ったために、2人は帰宅していった。
後ろで2人の笑い声が聞こえていたせいで、あまり身が入らなかった。動画完成の期日まではまだ余裕があるし、夕飯を食べた後からでもゆっくりと進めていこう。
そして俺は2人が食べたお菓子の袋や、飲み物のグラスを片付けにリビングに入る。
「お兄ちゃん、今日は結構騒がしかったね。勉強会なのにすごい楽しそうじゃん」
「まさか真斗が女の子を2人も家に連れてくるなんてね。夕飯ご馳走してあげれば良かったわ」
美憂と母さんはニヤニヤしながら俺を見つめてくる。確かに、男友達しかいなかった俺からしたら、母さんの言うように意外なことだっただろう。だが、ニヤニヤはやめてくれ、居心地が悪い。
「でもねお母さん、さっき部屋の前を通ったら、『恥ずかしい、恥ずかしい』みたいな女の人の声が聞こえてきたんだけど、何だったんだろう?」
おい、美憂うぅぅぅ、それだけ聞いたら絶対に誤解を生むだろ。やましい事なんかこれっぽちもしていない。うん、やましい事なんてしていない。やましくないよな??
「真斗、あの子たちが可愛いからって、変なことしたら許さないからね」
母さんは釘を刺すようにそう言った。もちろん変なことなんてしない。強いて言えば、変なことをするのは大抵桜木の方だ。今日だってあんなに騒がしかったのは、桜木のせいというのもある。
俺はその後、美憂と母さんの質問責めにあいながら、夕飯を食べたのだった。
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