動画鑑賞会

「ほら、モモちゃん、村瀬君を手伝うんでしょ? ちゃんと動画見ないと」


 二階堂は上機嫌に、桜木の肩を抑えている。


『ほらぁ、豚みたいにブヒブヒ鳴いてみなさいよ』


『ねぇ? どこ見てるの? 変態』


 今俺が見ているのは、東城アヤメの生配信のアーカイブ。かなり際どいセリフを言っている。見ている俺が恥ずかしくなってくる。


「な、なんでよりによってこの動画なのよっ。これはセリフ枠で特殊なの特殊。いつもはこんなこと言ってないからね」


 そう言って俺が見ているパソコンから離れようとする桜木。しかし、その肩を不敵な笑みを浮かべた二階堂がガッチリと抑えているのだ。


『ほら、跪いて足を舐めなさい』


 東城アヤメはさらに爆弾発言を発しやがった。俺も何か変な気分になってくる。ちょっとヤバイ。


 てか、この台詞を言っている本人が傍に居るというのがかなりヤバイ。そして本人が隣で恥ずかしくて悶絶してる感じがさらにヤバイ。


「あぁ、やめて、やめて、恥ずかしすぎる。面と向かって見られるのは、ダメ、無理」


「モモちゃん、手伝うんでしょ? ほらほら、ちゃんと見て」


 いつも桜木にやられっぱなしだった二階堂は、ここぞとばかりに桜木にちょっかいを出している。後々が怖い気もするが、二階堂は満足そうだし良いだろう。


「愛莉ぃ〜、こういう時ばっかり調子に乗って、許さないからね」


「ふふん、そんなこと言ってないでちゃんと見ないと」


『この駄犬、ワンって鳴きなさい』


「ああぁぁ、村瀬、村瀬、頼むからもう止めて、キツすぎる」


 あの桜木がここまで恥ずかしそうに悶えるなんて信じられない。確かに、普通のゲーム実況だったり雑談の動画であれば、ここまで恥ずかしがることもなかっただろう。なんたって俺は、わざとこの動画をチョイスしたのだ。


 動画一覧から面白そうな題名を探した。そうしたら『登録者数3万人記念、セリフ枠』という名前の動画があったのだ。


 セリフ枠とは、視聴者にリクエストされたセリフを読むという内容だ。そして元々東城アヤメがドSキャラだということもあり、視聴者からはドSなセリフリクエストが多かったのだ。


「うんうん、この動画はかなり再生回数伸びてるし、抜粋しようかな」


 この動画だけ特に再生回数が多い。それ程に東城アヤメの、いや桜木のドSキャラが人気なのだろう。この動画内でも特に人気がある場面を抜粋するのは確定だ。それとこの動画、桜木が帰った後にこっそり見ようっと。


「この駄犬ってセリフ、かなり人気があるなぁ」


「もう大丈夫でしょ? もう十分見たでしょ? ほら、他の動画も見よ」


 俺は桜木の反応が面白くて、半ば彼女の反応を楽しむようにそう呟いた。そうすれば思った以上に彼女は動揺し、顔を赤くする。俺だっていつも桜木にやられっぱなしだったのだ。めちゃくちゃ気持ち良い。


「ふむふむ、ぶひぶひ鳴きなさい豚、これも捨てがたい」


 俺がさらに追い討ちをかけるように呟く。そうすれば耳まで赤くした桜木は辛抱堪らず、俺が右手で操作しているマウスを奪ってきたのだ。


「もぉ、真面目に考察しないでよ! もう十分でしょ! このっ、このっ」


 俺はマウスを奪われまいと抵抗する。彼女は我慢の限界だったのだろう、俺の手をギュッと掴み、肩や胸までが俺の体に当たっているというのに、気にしてすらいない。


 近い、近すぎる。てか、手っ、俺の手を触りすぎ。顔が近いし、シャンプーの花の香りがする。


 あぁ、もう降参だ。俺の身が持たん。


「分かった分かった、ほら、これで良いだろ?」


「はぁ、はぁ、うん、分かれば良いのよ」


 俺は堪らず動画を閉じれば、桜木も満足したようだ。しかし彼女は必死だったようで、かなり息が荒い。ちょっとやり過ぎてしまったかもしれない。


「桜木さん、大丈夫か?」


「大丈夫、ちょっと動揺しただけ」


 そう言って彼女は俺から離れていく。その瞬間、もう一回同じ動画を再生してやろうとも思ったが、流石に自重しよう。そんなことをすれば、後ろから首を絞められそうな気がする。


「えぇ、もう終わり? モモちゃんの反応面白かったのに」


 二階堂はシュンとなりながらそう呟いた。


 あの、二階堂さんや、その発言はまずいですよ。俺も完全に同感ですが、口に出したらヤバイです。桜木がめっちゃ睨んでますよ。


「愛莉? どういうことかな?」


 ニッコリ笑顔の桜木は、そう二階堂に尋ねる。


 待て待て、桜木めちゃくちゃ怒ってる。何か後ろに禍々しいオーラが見える気がする。何か後ろに悍しい般若のお面が見える気がする。


「え!? えっと、冗談だよ、冗談」


 二階堂はそう言いながら、しまったと両手で口を塞ぐ。何度も言うが、口を塞いだところで、放ってしまった言葉は戻ってこない。


 二階堂のさっきの呟きは、多分無意識だったのだろう。だからこそ、焦りで顔を青くしている。


 本当に天然というか、おっちょこちょいというか。残念可愛いったらありゃしない。


「ねぇ、村瀬。愛莉も登録者数3万人突破記念でセリフ枠してたんだよね。見たいと思わない?」


 悪代官さながらの嫌らしい笑顔の桜木は、そう悪魔の囁きを放ってくる。


 二階堂のセリフ枠、どんなものなのだろう。めちゃくちゃ気になる。この桜木の提案を断れば後が怖いし、ここは快く承諾した方が賢明だろう。


「はい、見たいです」


「そうよね、そうよね」


 俺が肯定すれば、桜木は満足そうに俺の肩をポンポンと叩いてくる。


「えっと、待って、ごめんねモモちゃん、ごめんねって」


 そう弁明する二階堂。だが、桜木は悪戯な笑顔のまま、二階堂に詰め寄っていく。俺の部屋で、逃げる道が絶たれた二階堂はすんなりと彼女に捕まってしまう。


「ほら愛莉? ここに座ろうか」


 連行される二階堂は、俺の隣にある椅子に座らされる。そして逃げられないように、ガッチリとホールドされたのだ。


 作業机のパソコンの前で、俺と二階堂は肩を並べるように座っている。その背後で、二階堂の肩をがっしりと抑えている悪魔、もとい桜木は、愉快そうな声色で俺に指示を飛ばす。


「じゃぁ、愛莉のセリフ枠見てみようか」


 彼女の声はまるで言霊。俺は導かれるようにパソコンを操作し、その動画を開く。


『じゃぁ、記念のセリフ枠開始するね!! じゃぁ、まずはリクエストにあったこのセリフからね』


 そうすれば、今の二階堂よりさらに溌剌とした元気な声の女の子が話し始めたのだ。


「村瀬君? 村瀬君? せ、せめて私がいないところで見て、お願い」


 彼女は悲痛にそう訴えるが、後ろから刺さる桜木の視線に、俺の体は動かない。


『弟くん、大好きだよ、ほらギュ〜〜っしよ』


 こうして、拷問という名の、動画鑑賞会が始まったのだった。




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