鉄の女

 予定表を投稿するという簡単な初仕事は終えた。その後は、各々が配信を開始したタイミングで、その配信のURLを、配信の説明文とともに投稿し、拡散するという役目が待っている。


 初日の仕事に関しては特に難しいことはなく、上手く行う事ができた。


『村瀬君、ありがとう。初日なのに仕事が早くてびっくりした。これからもよろしくね。モモちゃんは最近面倒くさがって、Pwitterの更新してなかったから助かるよ』


 二階堂は律儀な事に、俺を労うようなDMを送ってくれた。俺はその文章を読み、「くぅ〜〜っ」と悶えながら太ももを強く叩く。全く二階堂は良い奴すぎる。


 俺が彼女の好意に触れ、喜びで舞い上がっていた。それなのに水を差すように、急に知らないアカウントからDMが飛んできたのである。


『メモ:人参、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉、カレー粉』


 このDMは桜木の言っていた、変な奴、変なDMというものだろう。


 こいつ、完全にうちとのDMをメモ帳代わりにしてますね。てか、こいつ夕飯カレーにする気だろ。ちょっと面白いが無視だ無視。


 桜木はそういう変なDMは無視で良いって言っていた。カレー出来たら写真送ってよ、と返信してみたい気もするが、言われた通りに無視しよう。


 その後も『どこ住み?』や『シャンプー何使ってますか?』なんてよく分からないDMがちらほら見受けられた。 


 初日の俺はこのDMを見るのが少し楽しかったが、これを何日も見続けてきた桜木は辛かっただろう。今度面白いDMだけ抜粋して、生放送で取り上げてみるってのも面白いかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺は初日の仕事を終えた。




 次の日の学校。今日は打ち合わせも何もなく、特に二階堂と桜木の2人に会う事もなかった。


 しかし昼休みに二階堂が、上の学年の先輩2人組に絡まれているのを見てしまった。


 二階堂は普通に嫌そうな顔をしているし、助けてあげたいと足を止める。しかし、表で俺と二階堂は全くの他人なのだ。気安く話しかけるのも変だろう。これは桜木を呼ぶべきなのだろうか。


 しかし、そこは他称『鉄の女』。どこか冷たく見下すような目線を、絡んできた先輩に送ったのだ。この冷徹な表情の半分は、人見知りからできているというのが、俄かには信じられない。天性の女王様という雰囲気を醸し出しているのだ。


「良いじゃん。カラオケ楽しいよ。他にも3人くらいこっちの友達誘うしさ。なんなら二階堂さんのお友達を誘ってくれても良いんだよ」


 うわぁ、側から聞いてるだけで鳥肌が立つ。やましい事を考えているのがビンビンに伝わってくる。


「いえ、行きませんので」


 そう言って教室に戻ろうとするが、もう1人の男が道を塞ぐように二階堂の前に立つ。


「いいじゃん、楽しいよ」


 下心丸出しの気持ちの悪い笑みを浮かべながら二階堂の肩に手を伸ばす。しかし二階堂は素早く一歩体を引き、その手を避ける。


「やめてもらえませんか?」


 二階堂の表情はどこか青ざめているようにも見える。けれども、彼女が人見知りだという事を知らなければ、その顔はどこまでも冷徹で、見下すような無関心さを表しているように見えただろう。


「いや、あのさ、」


「あ、あの、教室に戻りますので、どいてもらえませんか?」


 声色は音色のように美しい。それなのに罵倒されているような冷たさがある。人間として見られていないような、虫を見るような目。遠くで聞き耳を立てている俺ですら、ゾクっと背筋が寒くなる。


「えっ、おわ、ご、ごめん」


 半ば廊下を塞ぐように立っていた先輩は、たじろいだように道を開けた。その隙間から二階堂が早歩きで現れる。


 そして二階堂と目が合ったのだ。すると彼女は恥ずかしそうに、バサッと下を向き、無言で教室に入って行ってしまった。


「あぁ、今日も二階堂さんの切れ味は抜群だな」


「やっぱ二階堂さんって凄いわ」


「うぅ、踏まれてぇ」


 俺と同じように遠巻きで見ていた連中も、彼女に見惚れてしまったのか、口々に彼女を称賛するような言葉を吐いていた。最後に気持ち悪い独り言が聞こえたが、聞かなかったことにしよう。


 そして声をかけた先輩連中も、居心地が悪かったのか、早速さとこの場所から離れていった。それを見届けた俺も、胸を撫で下ろしながら教室へ戻った。


 昼休みも終わり、午後の授業も無事に済ませ放課後になる。俺は今日の仕事を頭の中で整理しながら、帰路に着く。


 そして帰宅後、直ぐにDMを開けば、桜木から連絡が来ていた。内容としては、早速動画編集をして欲しいという事だった。


 俺はそのメッセージを快く了承すれば、彼女からいくつかの動画が送られてきた。これら動画を抜粋、編集し、10分くらいにまとめ、新参向けの紹介動画を作成してほしいらしい。


「なるほど、新参向けか。それなら、まずはこの桜木の、東城アヤメってキャラを知らないとな」


 何かクリエイティブ魂が燃えてきた俺は、ぶつぶつと独り言を話しながら、作業を進める。


 まず東城アヤメというキャラを知らなくてはならない。そうして彼女の強みやセールスポイントを見つけ、新参者向けにまとめていくべきだろう。


 俺はやる気に満ちたまま、パソコンデスクに座る。それなのに、そんな俺の出鼻を折るように、勢いよく自室のドアが開かれたのだ。


「どお? 初の動画編集だけど捗ってる?」


「お、おじゃまします」


 桜木はドアを開け、ズカズカと俺の部屋に入ってくる。そして二階堂も、桜木に続いて俺の部屋に入ってきたのだ。


 何で2人がうちの家に勝手に上がり込んでいるんだ? 合鍵なんてもちろん渡していない。


 それに俺はピチピチの現役男子高校生なんだぞ。ノックも無しに入ってくるんじゃない。普通にびっくりして心臓が止まりかける。


「おい待て、普通に入ってくるな。なんで2人が家にいるんだよ?」


「ピンポンしたら美憂ちゃんが出てきたから、入れてもらったのよ」


 美憂のやつ、まぁダメではないが、勝手に上がり込ませるのは勘弁してくれ。俺の身が持たない。


「来てくれたとこ悪いけど、まだ動画編集までいってないぞ。これから桜木の動画見て、どういう動画にまとめるか考えるところだ」


「なるほどね。じゃあ丁度良かったわ。今日村瀬ん家に来たのは、こういう動画にしてほしいっていう考えを伝えに来たからなのよ。作業風景も見たかったし、なんなら手伝うわよ」

 

 機械音痴の桜木に手伝われたら、逆に時間がかかりそうだし、それは遠慮しよう。しかし桜木自身に、こういう動画にしてほしいっていうアイデアがあるのは助かる。


 こうして初の動画編集という仕事に、桜木と二階堂の2人も加わり、作業を開始するのであった。




 

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