天之川高校配信部
桜木は目の前にあった参考書を閉じ、期待もこもった嫌らしい笑顔を浮かべている。話は簡単、俺に動画編集やサムネ作成を全て押し付けようという魂胆のようだ。
「今度何か奢ってあげるから、村瀬、お願い」
桜木は手を合わせながらそうお願いしてくる。返答を渋っている俺を、本格的に説得してくる気だ。多少の面倒臭さはあるが、特に断る理由はない。
けれども、本能的に嫌な予感がしてならない。どんどんと面倒臭いことを頼まれていく未来しか見えないのだ。
「可愛い女の子2人に頼まれてるんだよ? 他のクラスメイトだったら喜んで引き受けてくれるよ、だから頼むよ村瀬ぇ〜」
可愛い女の子というのは認めるが、それを自分達で言うか普通。桜木は参考書を見るのすら嫌なのか、自身から本を遠ざけながら、そう言ってくる。
俺だって前だったら二つ返事で了承していただろう。だが、桜木の本性を知った今じゃ、良いように利用される気しかしない。慎重に考えなくては。
「部活だって行ってないオタク君なんだから良いじゃんか〜」
桜木はかなり粘ってくる。動画編集を引き受けなければ帰らなさそうな雰囲気もある。てか、部活の行かないオタク君って、中々に侮辱してくれるじゃないか。おっとりした優しい顔つきなのに、気にしてる事をズバズバ言ってきやがる。
「愛莉も村瀬に動画編集してほしいもんね?」
「うん、してくれると嬉しいかな」
二階堂に頼まれると、思わず引き受けてしまいそうになる。今の二階堂は、橋の下で捨てられてる子猫みたいな哀愁と可愛さがあるのだ。
「本当に動画編集だけか? 面倒なことを色々と押し付ける気じゃないだろうな?」
俺のその言葉にギクリと目線を逸らす桜木。こいつ、押し付ける気満々じゃないか。
「まぁ、サムネとかも作ってもらいたいかな?」
要求が1つ増えました。サムネ作成はまだ経験はあるが、やっぱり面倒くさい事は俺任せにする気のようだ。
「それだけか?」
「えっとー、村瀬って兎木ノアがグループに所属してるのって知ってる、よね?」
俺の問いに対して、桜木は何故か恐る恐るというように、兎木ノアが所属しているVtuberグループについて質問してきた。昨日知った、あのグループの事だろう。確か名前は、『天之川高校配信部』という名称だった筈だ。
「あれだろ? 確か、天之川高校配信部ってやつ」
俺がそう答えれば、再び桜木は机に突っ伏した。そして部屋中に響くほどに大きなため息を漏らす。その姿を心配そうに見つめる二階堂は申し訳なさそうに彼女に声をかけた。
「モモちゃん、ごめんね、私のせいで。」
何故に二階堂は桜木に謝るのだろうか。そう疑問に思ったが、何となく合点がいった。
動画編集を教えてほしいと初めに頼んできたのは桜木だ。元々が二階堂の同級生で、同じ時期にこちらに越してきた。そして二階堂の隣に住んでおり、兎木ノアのことも勿論知っていた。
そして何より、兎木ノアが所属している『天之川高校配信部』という存在だ。このグループには確か兎木ノア以外に2名が所属していた筈だ。
「村瀬、東雲アリスって名前知ってる?」
東雲アリス、うん、知らない。確か『天之川高校配信部』にそんな名前のキャラがいた気もするが、確証はない。しかし、これは桜木の弱みを握るチャンスかもしれない。ここは嘘でもYESと答えるべきじゃないだろうか。
「あれ? モモちゃんって東城アヤメでしょ? 誰?東雲アリスって」
二階堂は何事もないように言いやがったが、桜木め、鎌かけようとしやがったな。あそこでYESと答えていたら、何をされていただろうか、考えただけでも恐ろしい。
「愛莉ちゃん、そうやって他人の個人情報をペラペラと喋るのやめようね」
そう言ってニッコリと笑う桜木だが、目は笑っていない。怖い、怖すぎる。二階堂も震え始めたからやめてあげて。
「なぁ、桜木もVtuberなんだろ? その天之川高校配信部ってグループの?」
確証はないがそう尋ねてみれば、桜木は深くため息をつきながら頬杖をついた。やっぱり合っていたようだ。
「まぁ、村瀬に愛莉の事がバレてた時点で察してたけど、やっぱバレてるか。てか、今まで黙ってるとか、本当に嫌らしいわね」
ごめんなさい、多分二階堂がああやって口を滑らさなかったら気付いていなかったかもしれません。二階堂の天然ぶりには感謝、感謝です。
「いや、まぁ、桜木から言ってくるのを待とうかなってさ」
「律儀なのか、何なのか。まぁ、それなら話が早くて助かるけどさ、実は天之川高校配信部のPwitterも更新してほしいかなって。結構管理大変でさ」
グループのPwitterの管理とか、かなり中枢の業務なんじゃないのか。この2人のほかに、もう1人の配信者もいるようだし、そんな簡単に俺に任せて良いのだろうか。
「勝手に決めて良いのか? 他にもう1人いるだろ?」
「まぁ、後で伝えれば良いかなって、どうせ大丈夫だと思うし」
そ、そういうものなのだろうか。Pwitterとは大手SNSサイトだが、その管理って何をするのだろうか。面倒臭そうな気がしてならないぞ。
「Pwitterの更新って、具体的に何すれば良いんだ?」
「私達の一日の配信予定を投稿してもらったり、配信のURLを拡散してもらったり、今後はグッズとかも作りたいし、その宣伝とかかな。」
要するに広報を担当してほしいという事だろう。中々に怠そうだ。
「コラボとか仕事の依頼とか、最初はグループのPwitterにDMで送ってもらうようにしてるから、その取捨選択とかも?」
はい、結構重労働だし、責任重大じゃないですか。
「他には大丈夫すか?」
「実を言うと、配信の企画を考えたり、生配信の手伝いもしてほしいかな、なんて」
こいつぅ、どんどん要求を増やしてきやがる。俺は断りにくい性格であるが、流石にこんな大量の頼み事をされたら困る。図々しいったらありゃしない。
「いや、流石にそれはキツいかな、ははは」
俺はキッパリと断りきれず、愛想笑いを浮かべながら、やんわりと断ろうと言葉を返す。すると桜木は二階堂に目配せをする。
桜木は策士だ。二階堂を使って俺を懐柔する気のようだ。諸葛孔明ばりの嫌らしい罠を仕掛けてくる。
だが、俺も負けない。二階堂が発言する前に言葉を発して牽制する。
「そんな大量の業務をするなんてマネージャーじゃないか。俺には荷が重すぎる」
俺は断るべくその言葉を発したのに、桜木は納得したように手をポンと打つ。
「マネージャー、それよそれよ。マネージャーが欲しかったの。ね、愛莉?」
「う、うん、村瀬君、お願い」
二階堂の『お願い』というパンチは威力抜群だ。プロボクサー程の威力はある。そのパンチのせいか、心臓はビクンと高鳴る。
「ね、村瀬、お願いよ」
「村瀬君、お願いします」
桜木と二階堂のダブルパンチ。威力は2倍、いや3倍。
しかし攻撃はこれで終わらない。桜木が二階堂に再び目配せをしたのだ。これはヤバイと、身構えようとした瞬間、二階堂がトドメをさしてくる。
「村瀬君、どうかお願いします。」
そう言って二階堂は両手を合わせ、目を瞑りながら必死にお願いしてくるのだ。ギュッと合わせる手や頬は赤らんでおり、必死さが伝わってくる。
こ、こんなお願い、断れる訳がないだろうよ。
「あ、ああ。分かったよ。マネージャーになるよ。」
その瞬間、2人はパァと花が咲くように喜びの声をあげた。
「本当!? 村瀬ありがとう」
「ありがとう、村瀬君」
2人の喜びの声を聞けば、俺も少しは報われるというものだ。マネージャーという面倒な役割を引き受けてしまったものの、どこか満足してしまう。
「じゃぁ、これからよろしくね、村瀬マネ」
「よ、よろしくお願いします、村瀬マネージャー」
桜木はどこか悪戯な笑顔を浮かべそう言い、二階堂は彼女に倣うように、恥ずかしそうにそう言った。
こうして俺は、二階堂と桜木が所属する、新進気鋭のVtuberグループ『天之川高校配信部』の正式なマネージャーとなったのだった。
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