打ち合わせ

 『天之川高校放送部』というVtuberグループのマネージャーになった俺だが、不安しかない。まだ動画編集やサムネ作り、広報の仕事をしていないから何とも言えないが、俺なんかで大丈夫なのだろうか。


 俺は大体が三日坊主か、面倒臭くなって挫折するという2パターンしか経験してきていない。それは高校の部活しかり、動画投稿しかり、やり切ったという体験が皆無なのだ。


 俺をマネージャーにする会に変貌した動画編集勉強会は終わり、2人は帰ったが、自室に取り残された俺は、かなり後悔している。まぁ、あの場面で断固として拒否できる人が存在するのならば、出てこいやと叫びたくなる。それ程に断り難いシチュエーションだった。


 まだグループの公式PwitterのIDやパスワードは教えてもらっていない。グループ内のもう1人のメンバーに、俺がマネージャーをする事に対して承認を得られれば、俺も含めて共同でPwitterアカウントを管理していくようだ。


 俺はこれからやっていけるかと不安になりながら、夜を過ごした。今日は配信はお休みなのか、隣からの声は聞こえない。シンとした部屋に逆に居心地の悪さを感じながら、次の日の朝を迎えたのだった。




 遅刻気味に学校に着けば、俺の下駄箱に桜木のメモが入っていた。朝一で彼女のメモを見る事になるとは思っていなかった。内容としては、お昼に二階堂を含めて3人で打ち合わせをするという事だった。

 場所は屋上へ続く、人気のない階段。そんな所で密会をしてることがバレたら、二階堂親衛隊に殺されてしまいそうだが、断れる筈もない。何たってこのメモ書きは一方通行で、俺の返信は求められていないからだ。


 俺はドキドキしながら教室に向かう。だが、教室に入っても勿論桜木に話しかけられる事はない。なんたって俺らの関係は秘密中の秘密なのだから。


 打ち合わせの内容を知りたかったが、お昼まで待つしかないだろう。


 俺はソワソワとしながら午前中の授業を終え、お昼の休み時間となった。


 桜木は俺をちらりと睨みながら教室を出て行った。その鋭い目つきは、『私が先に行くから、時差で集合場所に来なさい』だろう。彼女のアイコンタクトをするりと理解できた事に、何だか嬉しくなる。べ、別に尻尾を振っている訳じゃないんだからね!!


 そして少し遅れて俺も集合場所に向かう。屋上に続く階段は少し埃っぽい気もするが、密会なのだから仕方ないのだろう。


 2人は階段に並んで座り、談笑していた。膝の上には何やら巾着袋のような物がある。


「よぉ、2人とも遅れてごめん」


「別に良いわよ、ほらそこに座って」


「久しぶり村瀬君」


 2人と軽く挨拶を交わし、少し離れた位置に腰を下ろす。


「まぁ、打ち合わせって書いたけど、お腹空いたし、ご飯食べながらで良いわよね?」


「うん、私は大丈夫」


 2人はそう言ってお揃いの柄の巾着袋を開いた。その中には可愛らしい弁当箱。2人は端から昼食を食べながら話す気満々だったのだろうが、俺は聞いてない。俺は学食のパンか弁当を毎日食べているが、そんな物をこちらに持って来てすらいないのだ。


「あれ? 村瀬はお弁当持って来なかったの?」


「あぁ、いやー、まさか昼食食べながらだと思ってなくてさ。結構打ち合わせって長くなる?」


「まぁ、直ぐには終わらないかな」


「マジか」


 今は丁度学食が混んでいる時間帯。今買いに行ったら戻ってくるのに15分はかかる。2人に迷惑はかけられないし、今日は昼を抜くか。


「まぁ、そんなお腹減ってないし、俺は大丈夫だったわ」


 2人に心配させないように、笑いながらそう話す。しかし二階堂は不服なのか、桜木を不満そうにちらりと見る。


「モモちゃん、お話長くなるからお昼ご飯持参してって書かなかったでしょ?」


「あっと、書かなかったっけ?」


「書いてなかったな」


 桜木め、すっとぼけても無駄だ。流石に書いてなかったぞ。こいつめ、俺をハメようとしたな。


「そんな事だと思ったよ。モモちゃんは面倒臭がりなんだから」


「いやぁ、普通に書かなくても持ってくるかなって」


 どこに打ち合わせという文字だけ見て、ウキウキ気分で弁当を持参する奴がいるんだ。特に俺は相手が女子なんだぞ。もし俺だけが弁当持参だったら、どんだけ浮かれてたんだよって話だろ。

 確かに、お昼に打ち合わせだから、一緒に昼食食べれるのかな、なんて一瞬考えたよ。それでも普通何も書かれてなかったら、持ってこないだろ。


「村瀬君、美味しいか分からないけど、これあげる」

 

 そう言った二階堂は、弁当箱の蓋を皿代わりに、何個かのおかずと、白米を少しだけ乗せ、俺に渡してきてくれたのだ。あぁ、女神様って本当にいたんですね。


 二階堂は一人暮らし、という事は彼女の手作りという事だ。特にこの卵焼き、美味しそうな焼き目がついておられる。


 クソォ、何でウインナーをタコさんにするんだ!? 可愛すぎるだろうが!! ご丁寧に目と口まで付いてるし。嗚呼、これで死ぬのなら本望です。


 今にも止まりそうな心臓を両手で押さえながら、手渡されたおかず達を見る。


「あの、もしかして嫌だった?」


 俺がすぐに受け取らなかったことで不安になったのか、少し潤んだ目でそう尋ねてくる。


 何でこんなに可愛いんだよ!? 俺は地面をバンバンと叩きながら、奇声をあげて喜びを表現したい。


「いや、本当にありがとう。すごい美味しそう」


 俺がそう言ってお裾分けを受け取ろうとするが、そこに桜木が待ったをかけたのだ。


「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ」


 桜木の表情はいつも通りだが、耳が少しだけ赤くなっている。もしかして怒ってるのだろうか。距離が近すぎるとか、二階堂の弁当をもらうなんて痴がましいと、苛立っているのだろうか。


「愛莉、その弁当箱の蓋こっちに持ってきて」


 少しぶっきらぼうに言い放った桜木。二階堂はこてりと首を傾げながら、おかずの乗った弁当箱の蓋を桜木に差し出した。


「愛莉はお肉ばっかあげすぎ」


 そう言った桜木は、彼女自身の弁当に入っていたブロッコリーを箸で掴んだ。


「ブロッコリーと、ミニトマトも1つっと」


 俺は驚愕で口が閉じられない。ご飯を食べる前に顎が外れそうだ。


「この蓮根の挟み揚げ、自信作だから食べてみて」


 桜木は普段、かなり毒舌だ。だけど二階堂と話している時の姿を見れば分かる、普通に根は優しいのだ。その優しさを、恥ずかしいのか、直接的に表現できないだけで、良い奴なのは間違いない。


「はい、お終い。これで文句ないでしょ? マネージャー引き受けてくれたし、これくらいはね」


「モモちゃん、ありがとう」


「何で愛莉がお礼を言うのよ」


 あぁ、マイナスイオンを感じそうなくらいホッコリする。


 桜木はそう言うと、目を逸らすようにして自身の弁当をパクパクと食べ始めた。


「はい、村瀬君、足りなかったら言ってね」


「いやいや、こんなにいっぱい貰えるなんて嬉しいよ。桜木さんも二階堂さんも、本当にありがとう」


「別に良いわよ」


「お口に合うと良いな」


 俺は優しさの詰まったお弁当を受け取り、打ち合わせ前の腹ごしらえを行うのであった。

 

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