前途多難
二階堂と桜木は帰宅し、部屋の後片付けを進めている。桜木が1人で食べ切ったポテチの袋を捨て、アイスのゴミを捨て、飲み終わったグラスを台所に片付ける。
「お兄ちゃん、女の子を家に連れ込んで何してたのぉ?」
い、妹よ、連れ込むという言い方はやめなさい。誰かに聞かれたら誤解が生まれる。
「いや、一緒に勉強してただけだって、そう言っただろ?」
まぁ、勉強はしていない。主にしたのは、家宅捜索と雑談と、お菓子パーティーだ。美憂のジト目が物語るような、やましいことなど何もしていない。
「勉強にしては、すっごいドタドタバタバタうるさかったね、お兄ちゃん」
うるさかったというのは、多分家宅捜索の時だろう。クローゼットを開け放ち、ベットの下を確認され、机の中まで見られたのだ。かなりドタバタうるさかったのは承知している。
だが、ここで馬鹿正直に部屋を物色されていたなんて言える訳がない。何か他の言い訳を考えて、睨むようにこちらを見据えている美憂を落ち着かせなければならない。
「あぁ、ちょっと探し物しててさ。中学校の時の古い教科書はどこかなって。あの2人、中学の数学すら真面にできなくてさ、ははは」
2人には悪いが、中学の数学もままならないダメッ子高校生という汚名を着ていてくれ。
「お兄ちゃんの高校ってそれなりに頭良いのにね。それに二階堂さんと桜木さんだっけ? すごい頭良さそうに見えたけど」
2人の名前も覚えておられるのですか。我が妹は記憶力が良いようで。
「見た目だけな、見た目だけ。ははは、困っちゃうよなー」
こんな事を言っていたのが桜木にバレたら、笑顔のまま釘バットで殴られそうだ。だが俺の言い訳を聞いても美憂は納得していないようだし、話を逸らす方が賢明だろう。
てか、何でそんなに不機嫌なのだろう。お兄様が女子の同級生を家に呼ぶことができたのだから、盛大に祝って褒めてくれても良いだろうに。
「あのー、美憂さん、何か不機嫌だけれども、どうしたの?」
俺のその問いを聞いて、美憂はゆっくりと冷蔵庫の冷凍室に目を向けた。その視線1つで、俺はやらかしを思い出した。
「アイスですかね?」
「私の分を、2人にあげたんでしょ?」
冷蔵庫にアイスは2つあった。1つは俺ので、もう1つは美憂のだったのだ。あの時は気分が舞い上がっていた事もあり、後で謝れば良いだろうと、勝手に美憂の分のアイスも提供してしまったのである。
俺の手元には空になったアイスのカップが2つ。それを恨めしそうに眺めている。
「私、それを楽しみに今日頑張ってきたのに、お兄ちゃん、サイテー」
これは完全に俺が悪い。言い逃れもできない。
「お兄ちゃんは私よりも同級生の方が大事だもんね。だから何食わぬ顔で私のアイスあげちゃうし」
俺がたじろいでいるのを確認した美憂は、追い討ちをかけるようにして口撃を加えてくる。先程まで舞い上がっていた自分が恥ずかしくなってくる。
「分かった、分かった。すぐにアイス買ってくるから。何が良い?」
俺の代替案に、少し目をキラキラと輝かせた美憂だった。しかし、絆されて堪るものかと、すぐにジト目に戻ってしまった。
「同じやつ、それと他にもお菓子とかデザートとか買ってきて」
「お菓子とデザートもな、了解。美憂、マジで悪かったから、これで許してな」
俺が快くお菓子とデザートを買ってくることに了承したからか、頑張って隠そうとはしているが、少しだけ顔がニヤついている。
先程までの不機嫌そうなジト目は消えた。しかし今度は腰に手を当て、少し頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまった。怒っているようにも見えたが、どちらかというと、嬉しさとか恥ずかしさを隠すための行動だろう。
「物で買収されてる気がするけど、まぁ許してあげる。今度は女の子を呼んだからって、浮かれすぎないでね」
浮かれすぎていたのは事実だし身に染みる言葉だ。
俺は美憂の言葉を深く肯定し、そのままコンビニに走ったのだった。アイスも取り戻し、お菓子やデザートまで手に入れた美憂は嬉しそうだし、俺の財布事情はピンチだが、仕方のない出費だろう。
こうして怒涛の一日も終了し、静かな寝室で深い眠りにつくことができたのだった。
次の日の朝。
いつものように遅刻ギリギリで登校する。
教室に入れば、桜木と軽く目が合ったが、何事もないように席に着く。昨日の話し合いで、俺は桜木や二階堂と、表では堂々と接さないようにするべきだとの結論に至った。
桜木も二階堂も、教室や、他の生徒が見ている場では俺に話しかけないようだが、俺としても有り難い。他の生徒、噂で存在を知っている二階堂親衛隊なんて馬鹿げた連中に恨みを買うのはごめんだからだ。
何か話がある時は、昨日の放課後見たように、俺の下駄箱にメモを残しておくようだ。
「よぉ村瀬、お前から借りた漫画面白かったわ、全部読んだらから、後で返すな」
クラスで一番と言っていい程に仲が良い中谷が、朝一なのに元気そうに話しかけてくる。こいつは陸上部で朝練もあって、俺よりも何時間も前に学校に来ている。汗を流した後だからだろうか、かなりハイテンションだが、起きたばかりの俺はまだ頭が回っていない。
「あぁ、そうだ。逆に俺の貸した漫画、全部見た? あれ、面白いだろ?」
中谷から借りた漫画? あぁ、そんなのもあった気がする。だが残念ながら読んでいない。本当は昨日の放課後にでも読むつもりだったが、あの2人のせいで読めていないのだ。
「まだ読んでないわ」
「えぇ、面白いから早く読んでみてって」
「なんか最近疲れてて、あんまりアニメも漫画も見れてないんだよね、溜まってちゃって仕方ないわ」
「俺がVtuber勧めた時もあんまり乗り気じゃなかったしな、もしかしてオタク卒業?」
「まぁ、今度暇な時にでも見るよ」
「兎木ノアちゃんがオススメだから、まずはその子からだな、まだ人気は少ないけど、マジで可愛いぞ」
俺は兎木ノアという名前を聞いて、思わず咳き込みそうになる。そうだった、こいつは兎木ノアのファンだったのだ。
俺はちらりと桜木の方に目を向ける。そこにいたのはこちらを眺める桜木の姿。俺の方ではなく、外や空をボーっと眺めているように見えるが、何だか笑顔が怖い。絶対に聞き耳を立ててやがる。
俺は少し目線が揺らぎ、首の後ろに手を当てながら、誤魔化すように中谷に言葉を返す。
「兎木ノア? 見たことないなぁ〜。今度見てみるわ」
「マジで!? 一緒にVtuberの沼にはまろうぜ!!」
俺がVtuberに対して好感触を示したことで、中谷はかなり嬉しそうだ。Vtuberの沼にはまるのは良いが、その前に桜木に底無し沼に沈められて、抹殺されないかが心配になる。
俺は飼い主の表情を確かめる犬のように、ちらりと桜木を見る。先程と変わらず外を見ている桜木だったが、どこか安心した様子であった。そして、左手をよく見て見れば、グッジョブと親指を立てているのに気がついた。
俺はそのジェスチャーに胸を撫で下ろす。
こうして俺は秘密を抱えたまま、前途多難な高校生活を再スタートしたのだった。
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