分岐点
「そうだよ。私もモモちゃんも1人暮らし。ちなみにモモちゃんは私の隣の部屋に住んでるんだよ」
そう話した二階堂は、今の桜木の表情が見えていない。ジトッとした目、笑顔だが口角をピクピクと動かしているその表情、不満や呆れが顔から駄々漏れていた。
「愛莉ぃー。あんまり人の個人情報をペラペラと話しちゃダメでしょぉ?」
赤ん坊を優しく諭すような物言いだが、どことなく圧を感じる。その言葉を聞いた二階堂も、桜木の真意に気がついたようだ。
先程までの笑顔は消え、口を半開きにしながら、その口を手で塞いだ。今更手で口を塞いだところで、放った言葉が戻ってくる事などあり得ない。二階堂にちょっと残念味を感じてくる。
「ご、ごめんね。つ、つい......」
「そうやってペラペラ喋っちゃうから、私は心配なんだよ」
「うぅ、返す言葉もありません」
「村瀬にVtuberしてる事がバレたからって、なんか安心してない?」
「隣にモモちゃんもいるし、村瀬君にはバレちゃってるし、気が緩んでました......」
二階堂は見た目に反して気が弱いのか全く反論せず、平謝りを繰り返しながら桜木の話を聞いている。そんな彼女は少し涙目だ。色々とお世話になっているのだろうか、二階堂は桜木に頭が上がらない様子だが、流石に二階堂が可哀想に見えてくる。
確かに人の個人情報を他人にペラペラと喋るのは良くない。相手が異性であれば尚更だろう。だが二階堂には何度も助け舟を出してもらった恩がある。彼女の援護射撃がなければ、俺は今頃桜木に脳天を撃ち抜かれ、そのまま死体蹴りの如くオーバーキルされていたに違いないのだ。
「あのー、桜木も二階堂も飲み物持ってこようか?さっきまでずっと
2人の会話の途中で、無理やりに横槍を入れたせいか、桜木は目を細めながら不満そうにこちらを向いた。そして顎に手を当て何か考えている。その直後には、やれやれという雰囲気で腕を組み、俺と二階堂を見ながら言葉を発した。
「まぁ、言い過ぎたわ、ごめんね愛莉。そうね、喉渇いたし、何か飲み物欲しいわね。愛莉も喉渇いたでしょ?」
「う、うん、ありがとう」
「よし、じゃぁ今すぐ持ってくるから待っててな」
俺はそう言って部屋を出てリビングに向かった。自分の部屋に女子2人を残すのは何かソワソワむず痒く感じるが仕方がない。桜木の怒りも治ったようだし良かった良かった。
俺は家宅捜索という苦難を乗り越え、無事二階堂の叱責を軽く済ませられた事で気分が軽くなる。それにプラスして、どういう形であれ、自分の部屋に同級生の、それも異性を連れて来たことで多少ルンルン気分でいた。
「お兄ちゃん、なんかいつもと違って気持ち悪い」
そんな俺を妹の美憂は、呆れたようなジト目で眺めていた。
「おぉ? そんな事ないぞぉ。いつも通り、いつも通り」
俺はそう返しながら、飲み物を用意し、しょっぱい系のお菓子と、甘い系のアイスをお盆に乗せ自室に戻る。しょっぱい物と甘い物、どちらも用意するとは、家に友達を誘った事の少ない俺からしたら、結構レベルが高いだろう。気が利くと褒めてくれても良いんだぜ。
「ふーん、ポテチとアイスね。村瀬って中々気が利くのね。ありがとう、丁度暑かったからアイス食べたかったのよね」
桜木はそう言って持ってきたお盆からアイスを手に取り、美味しそうに食べ始めた。ま、まさか、桜木に褒められるなんて。桜木の裏の顔というか、本性を知った後だったから、まさかこいつに褒めてもらえるなんて思っていなかった。
桜木め、中々やりおる。飴と鞭を上手く使い分けてきやがる。何故か褒められて無茶苦茶嬉しかったぞ。クソォ、飼い慣らされてしまいそうだ。
「村瀬くん、アイスもらうね。ありがとう」
二階堂も家宅捜索で暑かったのか、火照った体を冷やすように、ペロペロと可愛らしくアイスを食べ始めたのだ。子ウサギのようで可愛らしい。
その後はアイスやお菓子をつまみながら、ゆったりとした時間が流れる。
「まさか村瀬くんにVtuberやってる事がバレちゃうなんて思っていなかったよ」
二階堂はまだアイスをゆったりと食べている。長い黒髪を耳にかけ、舐めるようにしてアイスを食べる様はかなり艶めかしい。しかし、ペロペロとアイスを食べる様は、子供のような可愛らしさも備えている。見た目は凛々しく品があって、美しいという言葉が似合う二階堂にしたら、かなりギャップのある食べ方だ。
「誰かに言いふらしでもしたら、承知しないからね」
そして桜木に釘を刺される。もし言いふらしたら、釘どころか、もっと恐ろしいもので刺される気しかしない。そんな彼女はとっくにアイスは食べ終わり、ポテチを摘んでいる。見た目はおっとりとしているのに、かなり食い意地が張っているなと思ったのは内緒である。
「当たり前だ。絶対に言わないよ」
言葉の通り、誰かに言いふらす気などさらさらない。ある訳がない。それは桜木の反感を買うのが恐ろしいという理由もある。だが大きな理由としては、単純にバラされたら二階堂が可哀想だろうという理由だ。
「なら良いんだけどね。てかそういえば、さっき本棚見た時に、動画編集とか、イラスト作成の参考書見つけたんだけど、結構得意なの?」
桜木はポテチをパリパリと食べ、油のついた指で本棚の方を指差した。その本棚には桜木の言うように、動画編集や、ソフトを使ったイラスト作成のための参考書が何冊か保管されている。
「得意という訳じゃないよ。昔勉強してたからそれなりには作れるけど」
中学の時、いわゆるmetuberに憧れていた俺は、動画編集やサムネ作りのための技術を少しだけ勉強した。そのお陰かそれなりの動画やイラストを作れるようにはなった。そして何本か動画を投稿したよ。総再生回数は8回。正直に言います、挫折しました。
「ふーん、そうなんだ。ならさ、基礎だけでも良いから教えて欲しいんだけど」
「あっと、あの、私も、教えて欲しいです」
桜木が教えて欲しいと話せば、二階堂は可愛らしくピョコンと右手を上げ、自分も混ぜて欲しいと言い出した。基礎だけであれば教える事もできるだろうが、いきなりの展開ですぐに答えが出ない。
「結構困ってるのよね。村瀬、頼む」
「お願いします」
桜木はそう言って手をパンッと合わせてお願いしてくる。二階堂は軽くペコリとお辞儀をして、同じようにお願いしてくる。別に断る理由はない。それに困っているのなら助けてあげたい。
「良いけど、あんまり期待するなよ」
俺の言葉に、2人は顔を合わせて喜んでいる。
こうして俺は、高校生活を左右する大きな選択を、こんなにも簡単に決定してしまったのであった。
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