家宅捜索
家宅捜索。
それは警察を特集したテレビ番組で何度か目にした光景。警察官や検察官が、被疑者の住居を調べて証拠物を捜すあれだ。
今、俺の目の前で起っている風景は、正にそれ。
「うーん、やっぱりないね。愛莉はどう?」
「えっと、私関係というかVtuberのグッズもないね」
目の前の女子2人は、俺の部屋の棚や、机の引き出しの中、ましてやベットの下など、事細かに調査している。クローゼットを開け俺の私物を物色しながら、先程の会話で出たように、二階堂の、言い換えると兎木ノアのグッズはないかを確認しているのだ。
『今からあんたの部屋に、兎木ノアのグッズがないか調べるから』
『変な事したら妹さん呼ぶからね』
『クローゼットの服、やっぱ地味だね』
桜木は俺の部屋に入った途端、そのように語り、有無を言わさぬ勢いで、俺の部屋で捜索を行い始めたのだ。俺のやめてくれとの悲痛な叫びも無視され、せっせこせっせこ働いている。
えろ本なんて、俺の部屋には勿論ないが、流石に本棚を見られるのは恥ずかしい。オタクだがアニメやゲームのグッズはほとんど買った事がなく、部屋を見ただけでは、俺がオタクだとは分からないだろう。昔、結構際どいフィギュアを買おうとした事があったが、本当に買わなくて良かった。そんな物を2人に見られた日には、恥ずかしくて一生顔を合わせられない。
「モモちゃん、ほら言ったでしょ? 大丈夫だって」
二階堂は嫌々手伝っているという様子だ。だが桜木はかなり真剣なようで、確証が得られずかなり焦っているようだ。
「ふーん、なら最後にスマホの履歴見せて、それで終わり」
「え!? いや、それは、あの......」
いやいや、待て待て待て。それは流石に不味い。なんたって俺はピチピチの男子高校生だ。そりゃぁ、スマホに履歴には、男友達にすら見せられない、あれやこれやを調べた恥ずかしい履歴が残っている。そんなの俺だけじゃないだろう。世の中の男性なら、スマホの履歴に女性はおろか、他の人には見られたくないような物の1つや2つはあるだろう。いや、俺の場合100以上はある。なんたって俺は健全な男子高校生なのだ。クソッ、昨日の自分は何故履歴を消去しなかったんだ。
「スマホは勘弁してください。その、プライバシー保護的な?」
「やっぱり、見せられないものでもあるの?」
馬鹿を言うな、見せられないものがあるの決まってるだろう。だがそれはお前の思っているようなものじゃない。もっとドギツイものだ。
「モモちゃんもう大丈夫だって。流石にやりすぎだよ」
二階堂は俺の苦しそうな表情を見て助け舟を出してくれた。今の二階堂はマジで女神様に見える。女神様ありがとう。二階堂が女神様の宗教ができたら、ぜひ入信させてください。
「本当に、スマホだけは勘弁してください」
二階堂に諭され、俺に必死に頼みこまれた桜木は、どうするべきか悩んでいるようだ。それでも、大人しそうな表情の奥には、どこか納得できないような、不満感や不安感が見え隠れしている。
「分かったわよ。ならせめて、せめてmetubeの履歴だけで良いから見せて。それ以外は見ないから」
metubeの履歴だけならまだマシだ。俺はmetubeでなら健全な動画しか見ていない。料理動画やゲーム実況、それも有名どころしか見ていないのだ。見られて恥ずかしいものなんてない。
「それだったら大丈夫です。ちょっと待ってください」
俺は妥協してくれたことに感謝しながらスマホを操作し、metubeを開いた。
「ちょっと見せて」
桜木は俺のスマホを半ばひったくるように手に取ると、metubeの履歴やお気に入りに登録したチャンネルを調べ始めた。俺はそれを横で眺めるが、当然そこには健全な動画やチャンネルばかりしか並んでおらず、ホッと胸を撫で下ろす。
「一番最近見た動画だけが、兎木ノアの動画ね」
「多分、その動画を見る直前に、隣から兎木ノアって単語が聞こえたんだと思います」
「ね? モモちゃん、大丈夫だったでしょ?」
それでようやく納得してくれたのか、桜木は俺にスマホを返すと、疲れたという様子で、椅子に腰掛けた。
「はぁ、心配して損した。ストーカー紛いの変態野郎だったらどうしてやろうかと思ってたのに。まぁ、metubeで兎木ノアのチャンネル登録もしてないし、動画も全く見てないようだったから、今日のところは許してあげる」
そう言ってにっこりと俺に微笑む桜木は、客観的に見ればとても可愛らしいが、今の俺にとってはどこまでも恐ろしい。何か背筋にブルリと悪寒が走る感じだ。
「村瀬君ごめんね。モモちゃんは私のことになると止まらなくなっちゃうの」
「愛莉がボヤーと危なっかしいから、私が手伝ってあげてるのに、ひどいなぁ」
2人はどこか安心したように柔らかい笑顔でそう話した。俺も容疑が晴れたようで、本当に肩の荷が降りた気分だ。
「2人は仲が良いんだね」
「愛莉とは幼馴染だからね。昔はもっとしっかりしてたんだけどなー」
「なんかモモちゃん、いつもより毒舌」
「いやぁ、村瀬がストーカー的な奴じゃなくてホッとして言い過ぎたわ、ごめんごめん。」
二階堂は少し頬を膨らませながら不満を述べれば、桜木は軽く笑いながら謝った。2人はかなり仲が良いようで、見ているこっちがホッコリする。
「へぇ、幼馴染なんだ。って事は桜木さんもここら辺出身なんだ」
まさか隣のアパートに二階堂が住んでいたとは知らなかったが、そんな二階堂と幼馴染ならば、桜木もここら辺に住んでいるのだろうと考え、そう尋ねた。しかし、2人は同じようにキョトンとした表情を浮かべるだけだった。
「えっと、私はこっち地元じゃないけど? 自己紹介で言わなかったっけ?」
ヤバイ、自己紹介なんて真面に聞いてない。確かに高校の初日に自己紹介はしたけどさ、自分の自己紹介で精一杯で、緊張もしてしたし全く聞いていなかった。
「あれ? そうだっけ。ごめん、忘れちゃった。」
「もぉ、私は北海道出身」
おぉ、北海道生まれだったのか。という事は両親の事情か何かで、途中からこっちに引っ越してきたという事だろう。
「へぇ、北海道だったんだ。 いつから埼玉に来たの?」
ここはダサイタマと称される、関東の都、埼玉県だ。勿論異論は認める。それでも海なし県と馬鹿にされる埼玉の県民からすれば、北海道出身はかなり憧れる。
「いや、本当に自己紹介聞いてないじゃん。ここの高校に入学するためにこっちに来たから、2ヶ月前かな」
「えっ、桜木と二階堂は幼馴染なんじゃないのか?」
いまいち2人の事情が掴みきれない。2人は幼馴染と言っていたはずだが、そうするともしかして二階堂も北海道出身なのだろうか。
「何言ってるの? 私と愛莉は幼馴染だって言ってるじゃん。本当に話聞いてないじゃんか」
桜木は俺の問いに対して面倒くさそうな表情を浮かべながら、鼻で笑うようにそう語った。
「いや、幼馴染って事は、二階堂も北海道出身なのか?」
「う、うん、そうだよ。私も北海道出身。モモちゃんと一緒で2ヶ月前にこっちに引っ越してきたの」
これは衝撃の事実。いや、よく考えれば当たり前の事かもしれない。昔から二階堂が隣のアパートに住んでいたのなら、流石に今まで気づかないはずがなかったからだ。
「じゃぁ、2人とも1人暮らしなのか?」
高校生で1人暮らしはあまり聞いたことがない。だが、2人揃って北海道出身で、同じ時期にこちらに越して来たのだから、家庭の事情というか、何か別の事情がある気がしてならない。
「そうだよ。私もモモちゃんも1人暮らし。ちなみにモモちゃんは私の隣の部屋に住んでるんだよ」
あのー、二階堂さん。急にド級の衝撃発言をかましてくるのはやめて下さいませ。それに二階堂さんや、桜木さん、勝手に住所晒されて怒ってますよ。
不穏な兆しはまだまだ治ることはないのであった。
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