女子と一緒に下校シチュ

 『女子と一緒に下校シチュ』、それを体験できると思っていた時代も俺にはありました。


 それなのに現実は非情すぎる。どうして俺はいつもの通学路を、一人でとぼとぼと歩かにゃならんのですか? 俺のワクワクを返してくれ。


 まぁ、強いていつもの下校と違う点を挙げるとすれば、それは20メートル位後ろを、二階堂と桜木が歩いているという点だろう。当初、二階堂は俺が考えていたように、3人で一緒に下校するつもりだった。しかし、それに桜木が断固としてNoを提示したのだ。


『襲われるかもしれないからダメ』


『愛莉がこいつと一緒にいるとこ見られたら変が噂流れちゃうよ』


『なんか嫌』


 桜木は俺の精神にクリーンヒットするような毒舌を吐き散らかしてきたのだ。襲うわけがないだろうに。


 それでも俺と二階堂が一緒に下校しているところを、誰かに見られれば困るというのは分からなくもない。地味なオタクの俺が、一緒に下校などした日には、嫉妬や妬みの対象になるのは言わずもがな。イジメの対象にすら成りかねない。


 でも、最後の言葉は酷すぎる。『なんか嫌』って、理由くらいは考えてくれよ。


 そういうような経緯もあって、追跡、尾行されるような形で下校しているのだ。そんな後ろからは楽しそうな2人の会話が聞こえてくる。確か二階堂は桜木を含めて、限られた何人かの女子としか親しげに接しないと聞いていたが本当のようだ。それでも二階堂が桜木と2人きりの時は、あんなにも気弱な雰囲気だなんて知りもしなかった。


 勝手に周りの奴らが上辺だけ見て、『雪女』や『鉄の女』なんて呼んではいるのが、その実優しい性格の持ち主なのだろう。だが桜木は例外だ。彼女はクラスの男子に、その容姿や優しい性格から『天使様』や、胸にある大きな2つの果実から『聖母様』だなんて密かに呼ばれている。だがそんな桜木が、裏ではあんなにドSで腹黒で毒舌なヤンキーみたいな性格だったなんて思いもしなかった。


 人は見た目によらない。それを痛感させられた一日だった。


 そんな風に考えていると、ようやく俺の自宅に到着した。俺はこの後の行動について、どうすれば良いか尋ねようと振り返る。


 すると桜木はどこか威圧感のある笑顔をこちらに向けながら、俺と自宅を交互に指で差してきた。多分、『ほら、入れるものなら入ってみなさいよ』というジェスチャーだろう。


 俺は一息大きくため息を吐きながらインターホンを鳴らす。すると、俺より早く帰ってきていた妹の美憂みうがドアを開けたのだ。


「お兄ちゃんお帰り、鍵忘れたの?」


「ただいま、鍵持っていくの忘れてたわ、ありがとう」


 普段は自分で鍵を開けて家に入っている。今日だって別に鍵を忘れたわけではない。だが、ここが本当に俺の家だと証明するためにも、こうしてインターホンを鳴らしたのだ。


 このまま家に入って良いのだろうか。もうここが俺の家だと証明できたし、これ以上できる事もない。疑い深い桜木でも流石に信じてくれるだろう。そう思いながら2人がいる方向をチラリと見る。


 すると少し下を向きもじもじとした様子の二階堂と、何か悪巧みでもしてそうな嫌らしい笑みを浮かべた桜木が隣のアパートを過ぎてこちらに向かってきているのだ。

 

 俺はまさかの展開に、驚きとともに、何か嫌な気配を感じとる。そして思わず2人の方を凝視してしまう。


「うん? どうしたのお兄ちゃん?」


 2人の方を見ながら固まっている俺を不審に思った美憂は、俺の視線の先を確認しようと玄関から身を乗り出した。そして美憂と目が合ったであろう桜木は、何故か親しげに話しかけて来たのだ。


「あれ? もしかして村瀬くんの妹さん? 初めまして、お兄さんと一緒のクラスの桜木って言います。今日は村瀬くん家で勉強を教えてもらう事になっているんだけど、大丈夫かな?」


「えっ、ええっ!? は、はい、も、勿論大丈夫ですっ」


 美憂は驚愕の表情を浮かべながら、反射的に桜木の問いに返答した。そしてアワアワとした様子で、桜木と二階堂の2人を交互に見ている。


 そして桜木はポンと二階堂の背中を叩き、挨拶するように促した。その合図に合わせ、今度はいつものように凛々しくキリッとした表情で二階堂が挨拶の言葉を述べた。


「あの、初めまして、二階堂です」


 端的にまとめられた挨拶は、どこか冷たさすら感じる。先程までの印象からガラリと変わった二階堂に驚きつつも、隣にいる桜木の鋭い笑顔が目に入ってきた。


 『もちろん大丈夫だよね? 拒否権はないけど』そういう意志の強い笑みに圧倒され、俺も桜木の発言に合わせるように美憂に言葉をかけた。


「美憂、急にごめんな。そういう事だから」


「え!? あっ、うん。大丈夫、分かった。お、驚いただけ。さぁ、どうぞどうぞ」


 美憂はそう言いながら、俺達を出迎えてくれたが、動揺しているのか、直ぐにリビングに逃げてしまった。


「可愛い妹さんだね」


「あんたと違って可愛いじゃん」


 二階堂の先程までのきりりとした表情は鳴りを潜め、柔らかい表情でそう言った。そして桜木に関しては、妹を褒めてくれるのは嬉しいが、『あんたと違って』は蛇足すぎる。


 そうして俺の部屋に案内する事になったのだが、恥ずかしながら俺の心は嬉しい悲鳴をあげていた。まさか女子2人を自分の部屋に招く事になるなんて想像すらしていなかったからだ。


 どうして桜木が俺の部屋に来ようとしたのか、理由は理解できなかった。それでも俺のワクワクは止まらない。


 俺はこれから起こる悲劇など予想すらできず、ただスキップを踏みそうになりながら、階段を登っていくのだった。


 


 

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