二十一年後の弟
あの忌まわしき年から僅か二十一年後、あの時北条が立てた天皇家は断絶した。
結局、天皇は父の系譜に戻るしかなくなっていた。北条などによって祀り上げられた天皇家がこうも簡単に絶えた事に、心の中で喝采を上げずにいられなかった。
当然、次の天皇が必要となる。
「次の天皇にはぜひ忠成王様を」
佐渡にいても情報は入る。京より鎌倉に近いこの地には、あるいは京より先に情報が入って来るのかもしれない。
その情報によれば、九条道家がそんな事を言っているらしい。
道家と言えばあの飾り物将軍の三寅こと九条頼経の父親であり幕府にこびへつらっているだけの情けない男だと思っていたが、鎌倉幕府にとって謀叛人である私の子忠成を天皇に推すとは意外に気骨のある男らしい。
武士によって隠岐に幽閉された父も、同じく武士によって天皇を引きずりおろされた懐成ももうこの世にはいない。
だが、我々が幕府の暴虐に対し義兵を挙げた事は決して無駄ではなかった。その事が、今証明されようとしているのだ。
「北条泰時は別の天皇を立てるつもりです」
だが、その喜びは数日で消えた。
何!?あの北条泰時が忠成王の天皇即位に反対しているのか!?あの男め、また我々の邪魔をしようと言うのか!?しかし実際問題、他に天皇の候補がいると言うのか?
一方通行の情報を待つ日ももどかしく、京の方角ばかり眺める私。従者もまともにいないこの寂れきった建物を含め、何もかもがうらめしく腹立たしかった。
「申し上げます……!」
「何だ!」
だからこそこんな風に悪くもない人間に向かって吠えてしまう。ああ、不愉快だ。
「それがその、次の天皇なのですが……」
「ああすまんすまん、それで」
「北条泰時いわく、次の天皇は鶴岡八幡宮の神託により邦仁王様と決まったそうで」
邦仁王?そんな王がいたか?忠成より一つ年上だそうだが…さては父の血脈絶ちたさにどこぞの没落宮家から引っ張り出して来たなと一瞬思い、すぐにその正体に気付いた。
そう言えばそんな名前の子がいたのだ、あの兄に!
懐成や父上より先に亡くなったと聞いた時はいい気味だと思っていたのに!
確かに兄の子なら、父の直系の血を受け継いでいる事は間違いないのだが……間違いないのだが!
「何故です、兄上!田舎武士共の集合体に過ぎない幕府に追従し続け、父と弟の挙兵にもそっぽを向き続け、挙句私にも責任があるとばかり武士共に言われもしないのに勝手に島流しになって!」
私は所かまわず吠えた。草花が怯もうが知った事かと言わんばかりに吠え、従者からやめてくれと言われても口を閉じる気はなかった。
田舎武士共に媚び続けて朝廷の威を落とし続け、北条の暴威を正すため挙兵と言う段になっては刃を恐れて震え続け、そこまで臆病を極めながら立派な事を言って自ら進んで流人となって私の心を逆撫でした挙句、早逝していい気味だと思わせておいて天皇の父の座を手に入れるとは!兄はどこまで私の邪魔をする気なのだろうか!
「こうなる事は最初からわかっていたのだ」
あの世の兄にはそういう風に嫌らしく威張っていてもらいたい。しかし、兄が私のその最後のお願いすらも叶えてくれそうもない事も、わかりたくもないがわかっていた。
「すまなかった、悪気はなかった、私の力不足だった」
そんな真摯な言葉を遠慮なく吐いているであろう兄の姿が頭に浮かび、その度に腹が立って仕方なかった。
私に対しての悪気など欠片もなく、それでいて私が望んだ事など何一つ叶えてくれない、そんな兄が私は憎くて仕方がなかった。
「何が悪気はなかったですか……何が力不足でごめんなさいですか……兄上、あなたは私の望みを何一つ叶えてくれないのか!!」
もう現世に未練はない。いや思い残す事は山とあるが、今はただ一つの事だけを考えていた。
今度生まれ変わった時は、何があっても親兄弟の意向を悪気なく阻む真似だけは絶対にしない、と。
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