戦後処理と弟

「動乱の責任をお取りいただくため、これより佐渡にお移りいただきます」


 ほんの少し前まで天皇だった者に向かって佐渡へ行けとはいったい何様のつもりなのだろうか、もう怒る気にすらなれない!


 北条泰時などと言う伊豆の豪族風情が、手前勝手に上皇二人を罪人と言い張り流罪にしようとしている。暴虐どころの騒ぎではない。



 この暴虐を正し秩序を取り戻すために我々は立ち上がったのだ。正直、なぜこうなったのかすら未だにわからない。


 兄上は上皇様自ら戦場に赴けばわからなかったとかほざいて来た。

 挙兵を言い出したのは自分なのだからという事なのだろうが、ふざけるな以外の言葉が出て来なかった。




 私はこの動乱の直前に天皇を辞め、我が子に位を譲った。上皇になれば自由に動けると言うのもあったが、それ以上に天皇を決定する権利などお前たち武士にはないのだと言う事を知らしめる狙いの方がずっと大きかった。


 我々の本気を見せるには、それで十分なはずだった。


 上皇が自ら戦場に赴くなどあってたまるか、そんなのは五百年以上前の壬申の乱の時に終わっている。たかが武士如きにいう事を聞かせるために、なぜ錦の御旗を掲げて出ていかねばならないのか!

 と言うか実際問題、院宣をあそこまで蔑ろにした連中が錦の御旗一本で動揺するとは到底思えなかった。あらゆる意味で笑える話である。







 それで彼奴らは罪人に天皇を決定する権利などないと言わんばかりに、四歳の幼児を天皇の座から引き摺り下ろし、天皇をやった事がない人間に院政をやらせその子を天皇にするなどと言う暴虐をなした。


 挙句北条家の連中は「罪人」たる我々の領国を取り上げ、それを自分たちに尻尾を振った奴らの報酬にした。結果、彼奴らは幕府や北条家の忠犬となる事を厭わなくなり、いよいよ幕府と言うあってはならないはずの存在が定着してしまう。


 その上源氏と言う由緒正しき武家が中心ならばまだしも、北条などと言う田舎侍を中心としてだ。とても耐えきれる状況ではない。




「兄上は天皇にならんのか?」

「その事なんですが、土佐へ向かいたいと自らお申し出になっておりまして」


 それで兄上と来たらあれだけ震え続け武士たちに許しを乞おうとしているかと思いきや、私も悪うございました父や弟と同じ罪をお申し付けくださいと言い出した。


 まったく、どこまでもどこまでも……!!二の句が継げないとはこの事だ、武士たちだけでなく、私と父の許しまで乞いたいつもりなのだろうか。



「兄上はおそらく最初から、この結末を予測していた!そして下手に口を出せば謀叛に関係していると見なされると判断し己が身を守るために口をつぐみ身を縮こまらせていた!いやもっと前、実朝暗殺とほぼ同時に父と私が討幕を考え出したぐらいの時期から、兄はこの展開を予測していたのだ!!」

「落ち着いてくださいませ、では参りますぞ」



 話をまるで聞いていない連中によって、私は都を追われることなった。


 こうなるとわかっているのならば止めればよいではないか!

 それもせず投げやりな言葉ばかりを口から吐き出し続け、朝廷が武士たちに蹂躙されて行くのを傍観し、そのくせいざという段になったら私にも責任があると言わんばかりの立派な言葉を、臆面もなく言い放つ。ああ、情けない!




「勝手にしろ」




 京を離れ、佐渡へ行かされる道中でそんな声が聞こえた気がした。


 兄だろうか。勝手に父とお前が始めたのだから、お前たちで何とかすべきだった。その代わり私も勝手に流罪にならせてもらうから、とでも兄は言いたいのだろうか。



 おそらく武士に気に入られた兄上は、流刑地と言う名の宮殿でぬくぬくと余生を送るのであろう。そんな人間が兄であると言う現実を、私は呪わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る