戦後処理と兄

「何の責任があるのですか?」

「責任がないのならばこんな事を言わず、黙って京の都に居続けるだろう」

「わかりました、上皇様のお考えがそうであるならば……」




 この数日でなんとなくはわかっていたつもりだった。


 武士と言う人種が戦場では異様に荒々しい一方で、朝廷のようなかしこまった場所では下手な貴族よりはるかに大人しく真面目な姿を見せるであろう事を。


 数百年の政争に明け暮れてすれてしまい、繫文縟礼に慣れ切って実を顧みない貴族と違い、武士たちは純粋で、かつ現実的なのだ。







 父と弟は、いや我々朝廷は惨めすぎる敗戦を喫した。戦いが始まってからひと月もしない内に、京の地に北条家の象徴である三つ鱗の旗が翻った。

 父と弟によって打倒北条義時と言う名目で始まった戦が、完全に失敗に終わった何よりの証明である。




 当然、乱に参加した者たちには厳罰が与えられた。首謀者である父と弟はそれぞれ隠岐と佐渡へ流され、荘園も根こそぎ取り上げられた。他にも乱に参加した貴族や武士たちは次々に領土を取り上げられ、その領土は乱の鎮圧にあたった武士たちへの恩賞へと生まれ変わった。

 武士たちは領土を加増してくれた幕府に対し、ますます忠義を尽くそうとするだろう。それは自然、幕府の力を強める事となる。




 正直、父と弟のやった事を肯定する気にはなれない。そして、その愚かな挙兵に私はまるで参加していない、いや参加させてくれなかった。



「何もないのか?」

「理由がございませんので」



 実際に何の関与もなく、元よりその気もなかった人間を処罰する、そんな理由などどこにもないと言わんばかりに幕府は私に対し何の処分も下そうとはしなかった。


 関係も責任もない人間に罰を与える必要はないと彼らは言っているのだ、実にわかりやすい。

 意地悪く言えば武士たちの生活が誰かが罪を犯したからと言って犯人の親族縁者を一蓮托生に処罰していては成り立たなくなるぐらい切迫した環境にあったからこそ身に付いた慣習だとも言えるが、実に無駄のない合理的な判断である。

 しかし、私はあえてその合理的判断を拒絶した。




 四国・土佐、これから私はその地へ向かう。華やかな京の都からは想像も付かないほど淋しい暮らしになるだろう。


 本音を言えば、私とて朝廷が武士のほしいままにされる事を歓迎している訳ではない。雅成にお気に入りの側近を付けて幕府を傀儡にしてやろうと考えるほどには腹の黒いつもりだった。




 この結果を招いたのは誰の責任なのだろうか。




 世間は私の諫言を無視し無謀な挙兵を行った父と弟の責任と言うだろうが、私はそうは思わない。

 私が息子として、兄としてこの挙兵の無謀さをきちんと説いていれば、父も弟も流人になる事もなかったし、朝廷が武士たちの思いのままになる事もなかった。


 それをできなかった、いや放棄した。これが罪でなければ何なのだろう、私に責任がないと言える訳がない。







「参りましょう」


 父と弟が乗るそれよりはずっと豪華であろう船に乗り、私はこれより罪人として土佐の地へ向かう。それが私なりの父と弟への償いだ。おそらく武士たちは私にそれなりの建物をよこしてくるだろう、そしてその事を世間に言い触らすだろう。


 その結果世間はともかく父と弟は私の事を武士に媚びた臆病者と断定し、二度と私の気持ちを酌もうとしなくなるだろう。その事に関して私は何の反論をする気もなかった。


 私に諫言をする度胸があれば、父や弟を隠岐や佐渡の住人にする事などなかったのだから。私は紛れもない臆病者であり、そして保身家なのだ。そんな事を考えている間にも船は陸を離れて行き、京の都は海の向こうの手の届かぬ地となって行った。

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