次期将軍と兄

 どうにかならないものだろうか、そういう声がもう随分私の元へ飛び込んできている。



 正直言って、どうにかなる物ならばとっくにそうしている。実際、父や弟にずいぶん諫言して来たつもりだったが、二人とも私の話など全然聞いていない。


 父の無茶な要求は、案の定撥ね付けられた。しかも、幕府は使者一人寄越せば済む話に対し、わざわざ千人も兵を引き連れてやって来た。生半な否定ではない。はっきりとした拒絶であり、強い意思を滲み出させていた。


「身の程知らずが!」


 父はそう憤りを隠そうとせずに叫んでいた。こっちから見れば父も同等の身の程知らずだと思うのだが、それは口が裂けても言えなかった。


 結局将軍になったのは頼朝の妹の曾孫、九条三寅(頼経)だった。確かに源氏の縁者ではあるが、その時数え二歳である。二十歳だった雅成親王ならともかく、乳飲み子同然の幼児に何ができると言うのだろうか。


(そんなに将軍が欲しいのか?だったら源氏の縁者を使えばいいだろう?ほら、義朝の玄孫がいるぞ。そいつをくれてやるから、感謝する事だな)


 もっともその三寅とて父が拒絶すれば通らなかっただろう。それを許可したのは、明らかに将軍を軽く見ているのは自分たちではなく北条家であり幕府なのだと言う事を、世間に向けて声高に宣伝したいという理由があってこそだ。




「考えてみてください。三寅には源氏の血がきちんと流れています。それに対し雅成は源氏でも何でもありません、ただの皇族です。どちらが将軍にふさわしいか、そのような事は明白でしょう。最初から三寅をくれと言えばよかったのです、でしたら父上もあんな要求はしなかったでしょうに」


 すっかり熱くなっている弟の言葉を、まともに聞く気は起こらない。確かに血統の正統性を重視するならば、三寅の方が良いのは間違いないだろう。


 しかし、血統の正統性と言う物を彼らが重視しているようにはとても思えなかった。いくらお手盛りに過ぎるとは言え、血統を重視するのならば義時の息子を立てた方がまだ筋が通る。それなのに三寅でも義時の息子でもなく雅成を求めて来たと言う事がどういう事なのか、父も弟も全然わかっていないらしい。


「要するに、向こうに別に我々と争う気はなく、朝廷の長たる天皇の一族を将軍に据える事で、幕府はきちんと朝廷を尊重していますよと言う事を世に示したいだけなのだ」

「へぇー」

「そして幕府の内政は北条家にお任せ下さい、そう言っているのだ。そんな幕府を目の仇の様に潰しに行く必要が、どこにあるのか?」

「大丈夫ですよ、きちんと兄上の意見も聞き入れて差し上げますから。我らの敵は幕府ではありません、北条義時です。義時などと言うほんの相模守、院宣一枚で孤立無援に導いて見せますよ。そう、我々が鎌倉武士団を相手にする事などないのです」



 私のいかなる諫言も、父と弟には鎌倉武士団恐ろしさの怯懦の言に聞こえるらしい。

 天皇とは思えぬ平服でやって来ていること自体、まったく私を舐め切っていると言う事でしかない。

 確かに彼らは恐ろしい。しかし二人とも明らかにその恐ろしさの意味をはき違えていた。それをどう説明したらいいのか、もうどうにもわからなかった。



 逆賊・北条義時を討て、それが父と弟のやり方らしい。確かに今や幕府の実権は北条義時にがっちり握られている状態だ。


 一番得をしている人間が怪しいという論法からか、実朝暗殺も義時が仕組んだことではないかと言うまことしやかな噂も流れている。

 それに乗っかろうとするのを悪いとは言わない。


「しかし、それにしても古臭いやり方だな。貴族と武士は違うのだぞ」

「事後には兄上にも一働きしてもらう事になると思います。皇族の中で幕府と親密である兄上しか、鎌倉武士団を抑えられるのはいないでしょうから」


 あくまで私を馬鹿にしたような弟の物言いに、知った事か、勝手にしろ、好きにすればいいと言う言葉しか出て来なかった。


 父と弟には私の諫言が怯懦の言に聞こえるように、私の鎌倉との穏健な関係を求める動きが鎌倉へのへつらいに見えているらしい。


 どうしてそんな風に思わせてしまったのだろうか。それは私の罪でもあるだろう。


 未だに答えはわかっていないが、天皇の時にいや上皇になってからでも、するべき事をしなかったその結果が今こうやって跳ね返って来ているのだろう。

 その罪は従容として受けねばならないだろうし、そしてその時は遠くはないだろう事を実感させられた。

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