実朝暗殺と弟

 まさか位打ちにこんな力があるとは思わなかった。


「フッ、いくら源氏の正統とは言えあんな武士の頭目如きにあんな官職…罰が当たるのも当然と言う物だな」


 身に合わない官職を強引に与える位打ち、かつてより朝廷に伝わるその呪詛の成果が覿面に出た、そう父上は喜んでいた。


 しかも、その犯人が残されていた源氏の一族である公暁だとは、望外の結果だった。

 これで、源氏はおしまいだ。


 頼朝も全く馬鹿な事をしたものだ。他の兄弟が残っていればここで源氏が終わる事もなかったろうに。







「皇族から将軍を迎えたいのです」


 と思ったら、幕府の連中がこんな事を言い出して来た。我が弟雅成親王を将軍にしたいと言うのか。まったく何様のつもりだ。




「よいではないか、これでそなたは将軍の兄となる、弟が兄の命に抗う事はできまい。朝廷は幕府の兄となるのだ、好都合だと思わないか?」

「相変わらず甘いお方ですね」


 ……どこまでこの兄の考えは甘いのだろうか。本当に同じ血を分けた兄弟なのかと思うぐらい、兄の思案は甘かった。


「源氏ならばともかく北条とか言うたかが伊豆の豪族風情の頼みをはいそうですかと聞き入れれば、世間から朝廷が安く見られてしまうじゃないですか。もう少し、将軍の座を高く売りつけてやってもいいと思いますけどねー」

「欲が深いなお前は、私は北条義時と言う男を甘く見てはいかんと思うぞ」


 私が甘いだと?


 頼朝の死から十年少々の間に幕府の中核を作っていた人間がばたばたと、しかも全て政争で倒れ、残ったのは義時を除けばもう七十を過ぎている大江広元ぐらいだ。


 要するに、今の幕府を支えているのはその義時ぐらいで、もう幕府など屋台骨だけのような有様なのだ。その屋台骨の壁を塗ったくるのが我々の仕事であり、自分好みの家に変えてやればいいと言うのが兄上の物言いらしいが、世の中には無駄と言う物があるのを知らないのだろうか。



「所詮は源氏ありき、頼朝ありきの幕府であり、源氏のなくなった幕府に何の価値があると言うのです?そんなまもなく沈む事がわかっている船に、どうして熨斗を付けて弟を送らなければならないのですか?そのまもなく沈む船に乗せるための代金を要求して、何が悪いのですか?」

「沈めるにも沈め方があるだろうに」



 口ばかりとはこのことを言うのだろうな。内心では武士に怯えているくせに、よくもまあここまでの事を言えるものだ。


 父が決断する前に相談しなくて本当によかったわ!


「ああもう、すべて終わりましたけどね」

「何をやったんだ」

「守護とか地頭とか言う意味不明な代物を皇室に金輪際持ち込むなと申し上げておきましたが何か」

「ちょっと待て!そこまでする必要があると思っているのか!?」



 九条兼実は守護・地頭を差して「およそ言語の及ぶ所にあらず」と言ってた。


 実際問題、守護・地頭と言う考え自体が、我々天皇家の損得を差し引いても理解に苦しむ物だった。そんな訳のわからない制度を、皇室領にまで持ち込まれたくない。

 それが父上の要求であり、天皇家の偽らざる本音だ。


 だから、たかが愛妾でも天皇に連なる者の領国に手は出させない、天皇家の配下たる北面の武士に手は出させないと言う事を、この機会に強く言うべきなのではないか。


 大体、将軍を出すも出さぬもこちらの自由なのだ。兄はそれを忘れているのではないのだろうか。そして、将軍がいなければ困るのは向こうなのだ。

 どう考えても、主導権はこちらにある。何も遠慮をする事などないのだ。困っている足元を見るなど卑怯だとでも言うのか?

 天皇家が武士如きに遠慮をする、その感覚がまずわからない。



 将軍がいなくなった幕府では北条義時が執権となって政治を執っているようだ、それはまあ実朝が殺される前からそうだから別にいい。


 しかし、将軍の代役が北条政子というのが笑わせられる話である。確かに彼女は実朝の母で頼朝の妻だが、だからと言って出家した尼が将軍の代役などあり得ない話だ。


「それぐらいなら政子の弟であり頼朝の義弟である義時の息子、つまり実朝の従兄弟でも将軍に立てた方がよっぽどましだと思いますがねー」

「そんな事ができるか」

「させるように高く売りつけるまでです」


 もちろんそんな事をすれば北条家の独裁だと責められる事ぐらいはわかっているだろうが、最悪そこまで追い込む事も可能ではないだろうか。



「あーはいはいよしよし、鎌倉武士がそんなに恐ろしいんですねー、まあ何とかしときますからねー」



 結局の所、やっぱり兄上には奴らが鬼神か物の怪の集まりに見えてならないらしい。下手に刺激してこちらに刃を向けられたらとか怯えているのだろうか。ああ悲しい。


 あんな朝廷がくれてやった征夷大将軍と言う、朝廷の頂点と言うには程遠い官職を頂点として群がるような連中など、我が綸旨や父上の院宣一枚で吹っ飛ばせると言うのに。源氏の正統後継者ならまだしも、北条義時とか言うたかが伊豆の豪族の相模守や、大江広元とか言う下級貴族などの何が恐ろしいのやら。


 いわんや、北条政子とか言う尼一人に何を遠慮しているのだろうか。奴らは我らから追討の綸旨や院宣をされないだけでも感謝すべきだ、少なくとも私は本気でそう思っているし、父もそう思っているに違いないだろう。


 なのに、兄だけがその事実を分かっていない。これが同じ血を分けた兄弟なのかと、私はつくづく失望した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る