実朝暗殺と兄

 初めて聞いた時はまさかと思った、だがどうやら事実のようだ。



「源実朝が暗殺されました」

「誰がやったんだと」

「公暁でございます」


 公暁と言えば、謀殺されたと言う噂のある前将軍源頼家の息子だ。まったく、甥が叔父を殺すなどこれだから武士は、とか言う気分にはならない。



「まあ、征夷大将軍暗殺の咎により死罪は免れますまい」


 そうだろう、それが道理と言う物だ。

 しかしそれは、源氏から男子がいなくなると言う事に他ならなかった。無論源氏にも分家は山といるのだろうが、それの内から探し出してはいそうですかと四代目に据えることなど誰にもできるはずがない。

 まったく、えらいことになったものだ。食事もうまくない。







「頼朝め、今あの世で己が報いの付けが巡って来た事を知り嘆いておりましょう。そう考えると甘ったるい兄の考え方も案外正解だったかもしれませぬな」



 弟は相変わらずだ。

 いくら天皇になったとは言え兄に対する礼儀と言う物がまったくない。


 甘い甘いと、同じことばかり言えるものだ。父上とどうしてこんなに仲が良いのか、これは溺愛とかではなくまったく同じ性格の人間だと言う事なのだろう。


「あのな、私とてそれなりに幕府には憤っておったぞ。だからその力が減退する事は喜ばしいと思っている。喜ばしくないのは、あまりにも急に起き過ぎたと言う事だ」

「驚きましたな、兄上が幕府を素直に受け入れておらなんだとは!」

「もう少し落ち着け!」

「おやおやおや、これは貴重な瞬間でございますな」

 


 自分なりに怒っているし膨れてもいるつもりだと言うのに、この弟には全然危機感がない。


 頼朝は幕府権力を安定させる為か、義経や範頼など自分以外の兄弟に対し粛清とも言える措置を施した。まったく、数十年前の保元・平治の乱のように身内を殺した。

 ああ、後で崇徳院の祟りを鎮める手はずを整えておかねばな。


 とにかくその結果源氏には頼朝の系譜しか残らず、そしてその頼朝の二人の男子が相次いでこの世を去った。



「あのな、また保元・平治の乱のような事態になったらどうする?ますます世の中は混乱するではないか」

「頼朝が作り上げた幕府などと言う俄作りの政府など、所詮は頼朝ありきの代物だったと言う事。ご存じでしょう、頼朝亡き後の混乱ぶりを」




 梶原景時、比企能員、畠山重忠、北条時政、和田義盛。




 確かに頼朝が死んでからたった十四年の間に、時政を除くこれだけの幕府の創設に関わった人物が内部抗争で命を落とし、時政もまた伊豆に追い払われ四年前にその地でひっそりと亡くなった。

 挙句、征夷大将軍である頼家と実朝兄弟さえも、相次いで非業の死を遂げた。


 確かに傍から見て、こんな政府に国は任せられないと言う考えに至るのも無理からぬ事と言えそうだ。




 だが幕府にはまだ北条義時と大江広元がいる。義時は父時政をも追放して執権となり幕府の実権を握っている強かなどと言う次元では片付けられない、刀を振るうだけとはとても言えない男だ。

 もう一人の大江広元は元々武士ではなく貴族で、義時と同じく他の武士と一緒くたにしてはいけない人物である。彼らがどういう手を打って来るのか、正直及びもつかない。



「で、その二人は一体何をする気だ?」

「皇室から将軍が欲しいと言っているそうで」

「誰だ?」

「弟の雅成ですよ」



 弟の言葉に、鼻が膨らんだ。


 絶好の機会ではないか。


 我が弟の雅成親王、すなわち父の息子だ。父の権限でたっぷり近臣を付けてやる事ができるだろう。

 彼らに主導権を握らせる事ができれば、幕府など骨抜きにする事ができよう。




「すぐやれ」

「やはり兄上はそうおっしゃいましたか、まあ父上はとっくの昔に返事を出しましたけれどね」


 ……ああ、覚悟はしていたがやっぱり事後報告だったか。強引に天皇を退位させられて八年余り、正直最近は何もやっていない。

 まあそれでも父の事だからこの好機を見逃す訳はないだろうと思っていた。


「どんな返事だ」

「側室に領国にずけずけ入り込んで来た地頭とやらを廃止し、その上に自分寄りの武士の処罰を撤回しろと」


 わかりやすい形で朝廷の意を示そうという理由なのはわかるがそんな過激な要求をする必要はないはずだ。

 将軍不在では幕府も何もあった物かと言いたいのだろうが、現に頼朝が死んでから三年もの間幕府には将軍がいなかったではないか。

 確かにその間梶原景時が粛清されたが、それ以上の混乱が幕府にあっただろうか。

 無論その時は既に後継者が定まっていたという理屈はわかる。が、征夷大将軍が不在であっても、現に三年間幕府は動いていたのだ。



「主導権はこちらにあるんですよ、兄上は相変わらず甘いですね」

「お前な、将軍を出すのを渋ったとか言う理由で戦を吹っ掛けられたいのか?」

「では兄上は唯々諾々と弟をいけにえに差し出せと?情のない方ですね」

「だから私はその弟の側近を大量に送り込み、内部より何とかせよと」

「はいはい、わかりましたよ。その旨父上に申し上げておきます」



 こっちが拒否すれば幕府は八方塞がりだとでも言うのだろうか。

 皇族で駄目ならば、他の手を何か考えて来るはずだ。そうなったらどうなる?


 相手は理由さえあれば、ためらいなく命の奪い合いができる集団だ、その集団に名目を与えるぐらいなら下手に出たふりをして内部から骨抜きにしても良いと思うのだが。


 この自信がいったいどこから来るのか、弟の頭の中を見たくてしょうがなくなった。

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