鎌倉幕府と弟
正直見るに堪えなかった。何なんだ、あの弱腰は!
「お前もそう思うか」
「当たり前でございます!」
「お前が長子ならばよかったのになと本気で二、三度思ったぞ」
父はそう言って私を褒めてくれる。そうなのだ、何をおびえる事があるのだろうか!
兄は何か勘違いしているのではないだろうか。
源氏とやらにまるで同輩のようにふるまい、北条とやらの書に平然と目を通している!
確かに丁重にして礼節を欠かさぬ振る舞いは無論大事だが、それは相手による物。
と言うか、自分たち天皇家が礼節を尽くす相手などこの国のどこにいるのだろう!
大体征夷大将軍征夷大将軍などと向こうは偉そうに言っているが、位階としては四位程度であり、従三位である中納言よりも格下だ。
それで中納言以上の公卿など十指に余る数がいる。中納言に天皇が礼を尽くすなどと言う馬鹿馬鹿しい話がある訳がない!
……ああ、なくはなかったか、かつての藤原道長とか言う男の時代。まったく面倒くさい!
「兄上、中納言にこびへつらう天皇がどこにいるのです」
「どうせよと言うのだ、よくぞ来てくれたな礼を言ってやるとでも言えばいいのか?」
「まあ、そうですね!」
その事を問い詰めると、兄は呆れたように首をすくめながらそんな事を言い出した。
完全な間違いでもないのであえて否定はしないことにすると、ずいぶんといい笑顔を向けて来た。ああ、実に腑抜けた笑顔だ!
「あのな、もう戦いは終わったのだぞ?これ以上無駄な摩擦を起こす必要があるか?」
そりゃ私だって摩擦は少ないに越した事はないってのはわかる。しかし、理想のためには多少なりとも摩擦を起こす事は仕方がないじゃないか!
あんな教養の乏しい、刀を振り回す事しか頭にない様な連中と対等に付き合う必要がどこにある?
元々武士など天皇家や貴族の警護役に過ぎねえ、その警護役にこの国を統べるような政治ができるはずがあるかい!
確かに幕府とか言う武士が作ったにわかづくり政府の頭は源実朝と言う皇室の分家である源氏の首領だけど、それ以外の連中はほとんどが東夷の集まりじゃないか。
「源氏はまだしも、その取り巻きどもの連中に耳を貸す必要などございませぬ!兄上は暇なのですか?」
「お前の言いたい事はわかった。
では逆に聞くが、何を奴らに要求すれば我々の威厳を示した事になる?頭を下げろでは通用せんぞ。奴らとて貴族と同じように、実利を得る事ができると判断すれば平然と頭を下げて心の中で舌を出す位の事ができる。
そして奴らは貴族と違っていざとなれば平然と自分の命を投げ出す事ができる。お前にそんな事ができるか、私はできん。貴族と同じように対処すれば必ず痛い目に遭うぞ」
もう、兄が何を言いたいのか皆目わからない。
これまでと同じ、天皇家は天皇家にふさわしいやり方で世に威を示すだけだろうに。
相手が貴族から武士に変わった所で、やり方を変えてもどうにもなるのやら!
「何を要求すればよいとお考えで!」
「それがわかれば実行している、お前も父上と共に考えてくれ」
「わかりました、考えておきます!」
わかればやっている、だがわからない?
こんな投げやりな答えがどこにあると言うのだ!
もうこれ以上話す気も失せてしまい、私は適当な言葉を投げつけて兄の下を去った。
何と臆病なお人なのだろう、そう思わずにいられない!
確かに自分の命を惜しまず敵とみなした者に遠慮なく刀を振るえる武士とか言う連中の心持ちを、私も理解する事はできない。
しかし征夷大将軍征夷大将軍と声高に言っても、我ら朝廷が与えた肩書ではないか。
こちらの心持ちひとつでどうにでもなるようなそんな脆い相手に何を怯んでいるのか。
「あれもな、悪い息子ではない」
「悪くないだけで務まりますか!」
「その通りだな……あまりにも汚すぎて理解できないのだろうな」
父に向けて思いのままをぶちまけ、そのままそのついでに北条の横暴を語り合いながら煽る茶は、実にうまかった。
味わえない兄が実にかわいそうだ、ああかわいそうだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます