兄弟
@wizard-T
鎌倉幕府と兄
「お前では心許ない。お前はこの現状を何とも思わんのか」
私はそんな言葉をまるで僧侶たちが唱える念仏のように聞かされてきた。しかも、実の父親からだ。
どういう事ですと反論を試みれば、必ず現状を何とも思わんのかと言い返される。私も痴れ者ではないつもりだから、今の状況が自分たちにとって決して歓迎すべきそれでない事ぐらいわかる。
しかしどうせよと言うのだ。
「では聞くが、お前はそんなに奴らが恐ろしいか?」
彼らは別世界の人間だ。
自分たちの手で命を奪う事も、また命を奪われる事も何とも思っていないのだ。
確かに決まりに則らず理由もない命の奪い合いには嫌悪感を示しているようだが、それは則ってさえいれば、理由さえあれば彼らは平然とそういうことができる。
その別世界の人間と付き合わねばならないなど恐ろしくはないか、父はそう言いたいのだろうか。恐ろしがっているから弱腰になっているのだろうとでも言うのか。
「だったらもう少し強気に出ろ!」
そして恐れていないと言い返せば、父はいつもこう言い捨てて私の元を去って行く。
強気に出ろと言うが、だったら自分でやればいいではないか。私は仮にも天皇だ。確かにまだ十五の小童だが、もう十二年もこの地位にある。
いい加減、私なりの権威を定着させ、私自身が政に当たってもよいはずではないか。
それができないのが現在の天皇家と言う物であり、院政と言う物なのであろうことは理解しているつもりだ。しかし、それにしても父は何かを勘違いしているように思えてならない。
「兄上は何をご遠慮なさっているのでしょうか」
父が下がったと思ったら、今度は弟が出てきた。弟は血の気が多く気が強い。そのせいだろうか、父はやる気がないのならば弟に皇位を譲れとうるさい。
「大将が源氏だから怯んでおいでなのですか?」
「そんな事は関係ない。単に摩擦を起こしても何の意味もないからだ」
「兄上はいつもそうですね、源氏がいかにも皇室の分家と申しても所詮はただの武士の頭。我らと同じ目線で立つなど逆立ちしても叶わぬ身。その事をお忘れで?」
この弟はまったくこちらの気持ちを汲む気がない。
確かに、天皇家の人間の気概としてはわからない訳ではない。
この六十年余り、源平とか言う家に振り回されて生きる事を余儀なくされ、皇位の権威などもうどこにもなかった。
「それでだ、何を突き付ければいい?」
「それはご自分でお考え下さい、まさか将軍の首とでも?」
「真面目に物を言え」
「どうやら兄上には奴らが鬼神の集まりに見えるようですな、まあお気持ちはお察しいたしますが」
だが一体、彼らに何を求めれば我々の威厳を示した事になるのだろうか。
これまでの貴族たちとはまるで勝手の違う連中に、同じ要求をして通るのだろうか、通った所で威厳を示した事になるのだろうか。
その答えは私にはわからないし、たぶん父上にも弟にもわからない。
だから開き直って素直にぶちまけてやると弟は嫌味な笑みを浮かべながら私は臆病者だと言い放った。
見ろ、私の取り巻きたちが目を見開いているじゃないか。
それが兄であり天皇である人間に取る態度かと怒鳴ってやろうかとも思ったが言っても無駄な事がわかってるから口をつぐんでやった。
この父にも弟にも、これから悩まされるのだろうと思うと、正直こんな年にして胃痛を覚えた。やがて何か起こる、この二人がきっと起こすと言う予感が、外れる事を願うばかりだった。
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