第10話
研究所の外に出ると涼しい夜風が肌に触れた。少し汗ばんだ体に、その風は非常に心地がよかった。
爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込み、大きく伸びをする。久しぶりに空が見える場所に出られて、私は開放感で満たされていた。
「あなたはこれからどこへ?」
助手がそう尋ねた。
「えっと……あ、そうだ!家に参考書を取りに行こうと思って……」
時間を確認しようとスマートフォンを取り出す。色々なことがありすぎて、長い間あそこにいたような気がしたが、どうやらこの研究所に足を踏み込んでから一時間程しか経っていないようだった。
「それなら送っていきますよ」
そう助手が言い終える前にイヴが
「結構です。マスターは私が送っていきます」と遮った。
助手とイヴが睨み合う。それを見て、私は困ったように笑った。
「じゃあ、三人で行きましょうか。それならいいですよね?」
私の提案にイヴと助手が渋々といったように頷いた。そんな二人がなんだか幼く見えて、私は思わず微笑んだ。
翌日、霊柩車から降ろされ、火葬場に入る父の遺体を見ながら、私は昨日研究所で起こったことを思い出していた。
母には研究所に行ったことも、そこで知ったことも何も話さなかった。これからも誰にも話すつもりはない。私とイヴと助手の三人だけの秘密だ。
(お父さん、本当は私のことが好きじゃなかったのかな)
そう思ってうつむく。それに気づいたのか、隣にいたイヴが私の背中を優しく擦った。顔を上げるとイヴがこちらを見つめていた。
……確かに、イヴを作ってからは娘の自分よりもロボットの方を愛していたのかもしれない。けれど。
(でも、お父さんがイヴを作ったのは、私のためだって信じてる)
「ありがとう、イヴ」
今までのお礼も込めて微笑む私を見てイヴも柔らかく微笑んだ。そんな私とイヴの様子を助手が黙って見つめていた。
父の葬式から二週間が経った。まだ父を失った悲しみは癒えないけれど、一つだけ嬉しいことがあった。
「芦屋さん、はい、これお弁当」
「いつもありがとうございます」とお礼を言って母からお弁当を受け取るのは助手の彼。どうやら、名前は芦屋というらしい。
彼は私たちに生活費を援助してくれるついでにここに住むことになったのだ。
……というのは建前で、彼の本音は
「人間を殺したロボットを野放しにしておくわけにはいきません。私は彼女のことを見張っておかなくてはいけません」とのことだった。芦屋はイヴを見張るために我が家にやって来たのだ。イヴは酷く迷惑がっていたけれど、私は家族が増えて嬉しかった。
朝食のトーストを食べ終え、ココアを飲み干すと、私は大きく背伸びをした。
「あー、眠い」
そう言ってあくびをする私を、机を拭きながらイヴが心配そうに見る。
「寝不足のようですね」
「昨日夜遅くまで勉強してたからね……」
そう言い、もう一度小さなあくびをした。
「そうだ、イヴ。今日、おやつにパウンドケーキでも作ってよ」
そう思いついたように言うと「いいですよ」とイヴが即答した。
「やったあ!芦屋さん、イヴの作るパウンドケーキはすごくおいしいんですよ!」
「そうですか」と芦屋が相槌を打つ。
「マスター、テスト頑張ってくださいね」
そう言ってイヴが微笑んだ。
私は大きく頷くと、パウンドケーキを心待ちにしつつテストを頑張ろうと意気込んだ。
EVE シュレディンガーのうさぎ @kinakoyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます