第8話

それからはロボットに襲われることもなく、私たちはモニター室の前まで無事に戻って来ることが出来た。助手がカードキーをかざすとピーッと音がして解錠を示す緑色の光が光った。

中に入ると、部屋中に取り付けられたたくさんのモニターが目に入ってきた。まるで映画の中でしか見たことのないような光景で、私はそのモニターを呆けたように見上げる。助手は素早くモニター下のコンピュータに近づくと、せわしなく指を動かし始めた。

「まず、このパスワードで監視カメラにアクセスして……」

独り言を言いながら目にも止まらぬ速さで何かをうちこんでいく。

「よし、これで……」

助手がほっとしたように息をついた。今、モニターには様々な名前のフォルダが並んでいる画面が映し出されていた。それらのフォルダ名には日付が入っていた。

「博士が殺されたのは三日前だから……」

目を走らせていた助手が、右上に出たメッセージを見てぎょっとした顔をした。

「まずい、映像を消すような命令が出ている」

「えっ……」

私は思わず声を上げる。助手が悔しそうに自分の前髪を掴む。

「恐らくイヴが別のコンピュータからアクセスしているのだろう。過去の映像から消えているからまだ間に合うはずだ。映像が消えるより先にこの命令を解除しなければ……」

またせわしなく助手の指が動き出す。わけのわからない文字の羅列がモニターに映し出され、私は目を白黒させる。

「くそ!パスワードが必要が!さっきのパスワードを……」

そう言って素早く打ち込んだものの、モニターに出た文字は『ERROR』の非道な五文字だった。

「パスワードが変えられている!これもイヴが……」

(パスワード……)

考え込むが、イヴが変えた後のパスワードなど見当もつかない。

「パスワードって、四文字なんですよね?」

私の言葉に彼は頷く。

「ええ。数字四文字です。何か心当たりでもありますか?」

彼が振り返り、私を見つめる。情報は無いに等しいものの、腕を組んで考えてみた。

(イヴが変えたパスワードか……)

頭をフル回転させて過去のイヴとの思い出を振り返っていると、一度スマートフォンのパスワードをどうしようかイヴと話し合った時のことを思い出した。その時、イヴは私にこんなことを尋ねてきた。

「人間は一般的にどういうものをパスワードにするんです?」

「うーん、色々あるけど……。自分にとって分かりやすいパスワードだといいね。例えば自分の誕生日とか、知り合いの誕生日とか、かな?」

そう言うとイヴは「誕生日?」と反芻した。

「うん。誕生日はだいたい四文字だし、パスワードにはちょうどいいんだよね」

そう言って笑うとイヴは納得したように頷いた。

そこまでの会話を思い出して、私はぱっと顔を上げた。

「助手さん、父の誕生日を打ち込んでみてください」

「博士の誕生日ですか?」と助手が聞き返す。

「はい!」

助手は頷くと素早くそれを打ち込み、エンターキーを押した。しかし、画面に映るのは再び『ERROR』の文字だった。

「だったら……!」

次に私の誕生日を言う。助手はまた頷き、素早く打ち込んだ。

「! 命令が解除できた!」

助手がほっとしたように言う。

「本当ですか!?」

私も胸をなでおろし、助手に近づきモニターを見上げる。残っている最も古いフォルダは一週間前のものだった。もう少し戸惑っていたら三日前の映像データまで消えていたことだろう。

「パスワードなんてよくわかりましたね」

助手の感心したような言葉に私は照れくさくなり頬を掻く。

「昔イヴとパスワードについて話し合ったことがありまして。そのときに、知人の誕生日とかにするといいって話をしたのを思い出したんです。だから、父の誕生日と私の誕生日を入れてみたんです」

その言葉に彼は「なるほど……」と小さくつぶやいた。

「とにかく、これで監視カメラの映像が見られます。本当にありがとう」

そう深々と頭を下げられて私は首を振った。

「そんな……こちらこそカードキーを探していただいたり命令を解除していただいたりして本当に助かっています。私一人ではとてもここまで来られませんでした」

そう言うと彼がかすかに微笑んだ。

「お役に立てたならよかったです」

そう言ってから再びモニターの方に振り向き三日前の日付が書かれたフォルダをクリックした。

映像がモニター全体に映し出される。助手がエンターキーを押すと画面が次々と切り替わった。ぱっと現れたある映像に、白衣を着た男性が映っていた。それが父であることはすぐに分かった。

私はごくりと息を呑む。助手の彼も緊張しているのが分かった。

不意に扉の開く音がして、父がそちらを振り返った。その部屋に入ってきたのは……。

「イヴ……」

私は思わず声に出してしまった。喋っている内容までは聞きとれなかったが、映像内のイヴは父と何か口論をしているようだった。

(そんな、イヴ、まさか……)

怒鳴るように何かを父が言ったあと、イヴが手を上げた。すると、彼女の背後から何体かのロボットが飛び出してきた。イヴが何かを言ったかと思うとロボットたちが一斉に父に飛びかかった。

父が叫び声をあげ、まとわりついてくるロボットを引き離そうとする。しかし、ロボットは一度突き飛ばされてもすぐに向かってくる。イヴは黙ってロボットに殴られ蹴られる父を見つめていた。

監視カメラの角度ではイヴの後ろ姿しか見えないが、その表情は酷く冷たいことが容易に想像できた。

しばらくして父が床に倒れ伏した。赤い血だまりが床に出来ている気がして、私はめまいがした。ロボットたちは父から離れると、その場で立ち止まり動かなくなった。それを見届けたあとイヴが方向転換をし、静かにその場を立ち去った。

映像が消え、再びフォルダ一覧に戻った。映像が終わってもなお、私はその場からショックで動けなかった。

「そんな、イヴ……」

信じられなかった。夢だと思った。けれど、監視カメラの映像がそれが真実だと物語っていた。

「やはり、あいつが……!」

助手が悔しそうにキーボードを叩いた。

目の前がチカチカする。信じたくない、けれど信じないといけない。

(どうして、イヴ……)

そう心の中でイヴに問いかける。あんなに父のことを称賛し、私のために尽くしてくれているイヴがどうしてこんなことをしたのか、私には全く分からなかった。

「危ない!」

不意に大声がして我に返ると、いつの間にか目の前に助手がいた。手を広げ、私を庇うように立っている。

なんだろうと肩越しに覗き込めば先程父を殺したのと同じようなロボットが扉の前に二体立っていた。

「!」

先程の映像がフラッシュバックし、恐怖で足がすくんだ。私も父のように殺されるのかもしれない。

「逃げなさい!」

助手の彼が叫ぶ。

「で、でも!」

「いいから、早く!」

必死な形相の彼の気迫に押されて私は走り出した。心の中で助手に謝りながら振り返ることなく走る。

いくつかの角を曲がってから立ち止まった。はあはあと肩で息をして、足りない酸素を補給する。

落ち着いてくると、助手のことが頭に浮かんだ。

(助手さん……ちゃんと逃げたかな)

もしあのロボットに殺されてたら……と考えて慌ててその考えを打ち消した。

(ううん、見てもないのに勝手に決めつけちゃ駄目)

昔イヴに言われたことだ。やる前から無理だという決めつけは駄目、と口を酸っぱくしてよく言われたものだ。

(イヴ……)

どんなときもすぐに頭に浮かぶのはイヴのことだ。それくらい、今まで彼女とは長く濃密な時間を過ごしてきたのだ。

こうして少し落ち着いて考えてみると、あの映像に映っていたのは本当にイヴだったのだろうかとも思えてきた。後ろ姿しか見えていなかったから、イヴではなかった可能性だってある。

先例が無いほどイヴが精巧なロボットなら、恐らくそこに至るまでの失敗作がたくさんあるはずだ。父を殺したのはイヴではなくその失敗作の一つだったのかもしれない。それか、あれはイヴに似た人間だったとか……。

(そうだよ、イヴの口から聞いていないのに勝手に信じたらだめ)

私はそう自分に強く言い聞かせた。

(とにかく今は助手さんを探さないと!)

そう思って物陰から顔を覗かせたとき、誰かが向こうの角を曲がっていったのが見えた。ひらりと見えた白い服は恐らく白衣。そしてその後ろには私たちを襲った、あの物々しいロボット……。

(助手さん!?)

私はそっと彼らの後を追った。曲がり角で再び様子を見る。ロボットに連行されているのはやっぱり助手だった。

(良かった、生きてた……)

私はほっと胸をなでおろす。ロボットたちはある部屋に着くと、扉を開け中に入っていった。私も慌ててあとに続いた。

不意に耳に入ってきたのは聞き覚えのある重低音。ガシャンと鉄の塊が床に落ちてあたる音。

「助手さん!」

助手がはっとして私の方を見た。そして檻をつかむ。

「あなた、どうしてここに……!」

「待っていてください、今助けます!」

そう言って近くにある機械に走り寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る