第7話

どれくらい走ったか分からないが、ロボットは完全に私たちを見失ったようだった。しかし、その後も助手の彼は私をかばうように歩いてくれていた。角を曲がるときは先に様子を確認し、安全を確かめてから私に来るよう手招きをした。

(助手さん、頼りになるなあ……)

私よりも大きい彼の後ろ姿を見ながらそう思う。

(……でも、イヴは『助手さんがお父さんを殺した』って)

彼女の言葉を思い出し、ちらりと目の前を歩く助手を見る。そうなると今まで頼もしかった彼が、なんだか怪しくも見えてきてしまう。

(もしそれが本当だったら、どうしよう)

もしかしたらカードキーをなくしたというのは嘘で、私をどこかで殺害する気なのかもしれない。そして、イヴも。

「……」

私は思わず俯き、立ち止まった。

(一体どれが正しいんだろう)

そう睨むように床を眺めていると不意に強い力で腕を掴まれた。驚いて顔を上げれば目の前に助手が立っていた。

何かされるのではないかと思わず身構える。そのことが分かったのだろう、彼がはっとして居心地悪く腕を離した。

「いいですか、私から離れないでください」

彼が言い聞かせるようゆっくりと言った。

「私のことを信頼できないのは分かっています。けれど、あなたに何かあったら、私は博士にもあなたの母親にも顔向けができません。ですから、今だけは私から離れないでください」

真剣な彼の目は嘘を言っているようには見えなかった。

「……分かりました」

私は頷いた。それを見て彼はかすかに微笑み、

「ありがとう」と言った。

今まで無表情だったので、なんだかその笑顔が新鮮で私は思わず目を瞬かせる。

「……なんです?」

じっと私に見つめられていたのに気づいたのか、彼が怪訝な顔をした。

「……助手さんって、笑えるんですね」

そう言うと、彼が顔をしかめた。

「それは……笑いますよ。私だって人間ですから」

「あはは、そうですね」

なんだか彼に親近感を感じて笑みがこぼれてきた。

彼はそんな私を見て

「少し緊張がほぐれたようですね」と声をかけた。

心配してもらっていたと思うとなんだか疑ったのが申し訳なくなり、私は頭を下げた。

「はい。ありがとうございます」

「ただし、気を抜きすぎてはいけませんよ。早くカードキーを見つけて、監視カメラの映像を見なければ」

助手の力強い言葉に私はこくりと頷いた。


「あとは、二階はこの部屋か……」

助手がそう言って扉から中を覗き込んだ。

「ここもすでにロボットたちが徘徊してるな……。しかし、なぜ施設全部のロボットが暴走をしてるんだ?」

彼が疑問そうに呟く。それから私の方を見た。

「幸い、ここは荷物がたくさんあります。それらに隠れながら行けばロボットに見つかることはないでしょう」

それに、と助手が続ける。

「念の為ということでスタンガンを持ってきました。数体ならこれでダウンさせられるでしょう」

ポケットから取り出した小型のスタンガンに私は息を飲む。ロボットには悪いけれど、身を守るため仕方ない。

彼と一緒にゆっくりと荷物に隠れながら進む。ときどき床がみしりと音を立てては助手と共に立ち止まったが、なんとかロボットに気づかれることなく奥の部屋まで行くことができた。

次の部屋には突き当りに大きな装置が置いてあった。その装置は上下に分かれており、まるでプレス機のように見えた。なんだか物々しい雰囲気の場所に私はごくりとつばをのむ。

「! あそこに……!」

助手の指さした方を見れば、装置の下にカードキーが落ちていた。

駆寄ろうとする私を彼が手で制す。その後ちらりと近くにあった機械を見た。

「電源は入っていないな……」

そうつぶやくと私の方を振り向き、

「あなたはここにいてください」と言った。

私が頷くのを見届けると、助手はそのカードキーに近づき拾い上げた。そしてほっとしたようにこちらを向く。

「ありました。これでモニター室を開けられます」

「良かった……」と私はほっと息をついた。しかし、それも束の間。

重低音がしたかと思うと、私と助手の間に檻が落ちてきた。何が起こったか分からず目を瞬かせる間に、さらに重低音がして、ゆっくりと装置の天井が下に降りてきた。

「!? 何故動く!?電源が入っていないはずなのに……」

助手はそれからはっとしたような顔をし、顔を歪めた。

「……まさか、イヴのやつ、制御室を乗っ取って、機械を操りだしたのか!?」

助手の言葉に私は目を丸くする。

「と、とにかく助けないと!」

慌てる私を落ち着かせるように彼が言う。

「いいですか、私の言うとおりに機械を操作してください」

そう言われて私は戸惑う。

「私に出来るでしょうか?」

「ええ、きっと出来ます」

勇気づけるように言われ、私は自分を落ち着かせるように息を吐くと頷いた。

「やってみます」

そう言って回れ右をしようとしたとき、扉からロボットが飛び出してきた。それが私の方に向かって走ってくる。

「これを!」

助手が私にスタンガンを差し出した。慌ててそれを受け取り、ロボットに当てる。まばゆい光が走ったあと、ロボットはプスプスと音を立て、その場に座り込んだ。

ロボットが動かなくなったのを確認したあと、素早く先程助手が見ていた大きな機械に近づく。

「助手さん!これですか!?」

「ええ」と助手が頷く。

「左上にある赤いレバーを手前に倒してください」

私は頷き、素早くレバーを倒す。すると、ローディング画面からいくつか文字が並んでいる画面に変わった。

「『STOP』の文字が右下にあるはずです。それを押してください」

手を伸ばし、『STOP』の文字を押す。すると警告音がなり、エラーが出た。

「助手さん!エラーが……」

「駄目か……」

助手は唇を噛んでうつむく。必死に打開策を考えているだろう彼の頭のすぐそこに天井が迫ってきていて、私の心臓はバクバクとうるさい音を立てる。

彼は苦肉の策を思いついたようで素早く顔を上げた。

「今度は『EMERGENCY』を押してみてください」

私は慌てて言われたとおりに押す。すると、迷路のようなものが画面いっぱいに現れた。

「これは……」

目を見開き、それを見つめる。

「私の言うとおりにして下さい。まず……」

助手が何かを言う前に私の手は動いていた。

このパズルは高校生のときイヴとともによくやったパズルだった。頭の体操になるからとイヴがパソコン上に書いて問題として出してくれたのだ。これは少し難易度が高いけれど、イヴに教えてもらった解き方ならきっと解ける。

所々迷いながらもパズルを解くと、錠が開くことを意味するアニメーションが流れ、再び文字の書かれた画面に移行した。その中に『STOP』の文字を見つけて、素早く押した。

ガチャンと重い音が背後でして、機械が止まった。振り返れば助手の頭ギリギリのところに天井が迫っていた。

彼が無事だったことにほっとすると、続けて『OPEN』を押した。機械音がして、檻がゆっくりと開いた。

「……」

助手が驚いたように目を丸くしてこちらに歩いてきた。それを見て私は照れくさくて顔を赤らめた。

「えっと……勝手に解いちゃってごめんなさい」

「いえ。……あのパズル、どこかで見たことがあったんですか?」

彼の言葉に私は頷く。

「はい。高校生の頃、暇つぶしにこのパズルをイヴに出してもらっていたんです。これはちょっと難しかったんですけど、イヴに特訓されていたのでなんとか解けました!」

そう笑う私に助手は複雑そうな顔をすると「そうですか」と呟いた。

「とにかく、ありがとうございました。助かりました」

そう言ってポケットから見つけたカードキーを取り出した。

「これで監視カメラの映像を見ることができます」

助手の言葉にいよいよだ、と私はゴクリと息を飲んだ。

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