第6話
私はある部屋の椅子に座ってぼんやりと天井を眺めていた。イヴや助手と別れたあと、どのようにここまで来たのか全く覚えていない。
(イヴがお父さんを殺した……?)
助手の言葉を思い出す。それに、助手に対するイヴの冷たい態度も。
(あんなイヴ、見たことなかった……)
父の死に、イヴの豹変に頭がついていかない。
(……なんだか疲れちゃったな)
私は背もたれにもたれかかった。そして目を閉じた。
(何も考えずに眠りたい……)
そう思って体の力を抜いたとき、不意にすぐ近くで誰かの足音がした。目を開き体を起こすと息を弾ませた助手が立っているのが見えた。
「……助手さん」
彼は私の方にゆっくりと歩いてくると口を開いた。
「良かった、ここにいたんですね」
私を見て心なしか表情が柔らかくなった彼を見て、(心配をかけてしまったな)と申し訳なくなった。
「すみません。突然走り出してしまって」
「いえ、謝るのはこちらのほうです。先程はすみません。私もかっとしてしまって……」
「いえ。いいんです。……」
そう言いながらも思わず俯く。
「……あの、イヴがお父さんを殺したって、本当のことなんですか?」
その質問に彼が押し黙る。それから重い口を開き、「恐らく」と答えた。
「ですが、まだ確証があるわけではありません。……私はこれから、モニター室に行って監視カメラの映像を見て来るつもりです」
監視カメラ、という言葉に私ははっと顔を上げた。
「監視カメラがあるんですか?」
「ええ。本当に見えないほど小さなカメラです。それを見るにはモニター室に入らなければならないのです」
彼が強い口調で言った。
「でも、監視カメラがあるならどうして警察はそれを調べなかったのでしょうか?」
私が疑問に思って聞くと、
「監視カメラがあることは、博士以外の誰も知らなかったのです」と答えた。
「え?でも、助手さんは知っていたじゃないですか」
そう言うと彼が首を振った。
「いえ。私も先程資料を読んで知ったのです。そこにカードキーが同封されていて、それで監視カメラの映像を見るように、と」
助手の言葉を私は黙って聞く。
「それを見れば真実がわかるはずです。あなたも行きますか?」
私は勢いよく立ち上がると「勿論です」と力強く頷いた。
「では、一緒に行きましょう」
そう言って歩き出す彼のあとをついていった。
モニター室に行く途中に通りかかった部屋の中を何気なく覗くと、たくさんのロボットが並んでいるのが見えた。
「あの、助手さん。この部屋はなんですか?」
私が尋ねると彼が立ち止まり振り向いた。
「ああ、そこですか。ここは作ったロボットを保管しておく場所です。恥ずかしながら私が作ったものもいくつか」
「へえ、すごいですね!」と私は声を上げる。
「そんな大したものではありません。博士のものに比べたら、赤子が作ったつみきの城みたいなものです」
そう言ってどこか恥ずかしそうに彼は言った。
「さて、モニター室に着きましたよ」
前を見れば他の部屋と同じように白い扉があった。
(ここに入れば、真実が……)
ごくりとつばを飲む私の横で、ポケットを探っていた助手が小さく言葉を漏らした。
「……ない」
「え?」
振り返ると、助手が青ざめた顔で立っていた。
「カードキーがない。さっきまであったのに……。……まさか」
助手が悔しそうな顔をし、扉に背を向けた。
「あ、あの……」
彼は私の方を見ると早口で言った。
「あなたはそこの部屋の中で待っていてください。私はカードキーを探しに行きます」
「え、でも、一人で探すのは大変じゃ……」
「しかし、あなたを危険なロボットが蔓延る研究所内を連れ回すわけにはいきません。お願いします、そこで待っていてください」
懇願するように言われて、私は頷くしかなかった。彼は私が頷いたのを見届けると、「こちらに来てください」と私をロボットを保管しておく部屋に入るよう促した。
部屋の中に入ると本当にたくさんのロボットが壁に沿って並んでいるのが見えた。こんなにも数多くロボットが並ぶと壮観だ。
「ここに扉を閉めて入っていてください。戻ってきたら扉をノックしますから、その時まで決して開けないように」
「分かりました」と私は頷いた。彼は私を心配そうに見ながらも扉が閉まると踵を返し歩き出した。
私も扉に背を向けると黙って彼の帰りを待つことにした。近くにあったロボットは、顔は愛嬌があるが薄暗がりにあるせいかなんだか恐ろしく見えた。
(こう見ると、イヴは本当に精巧に出来てるんだな……)
脳内にイヴのことを思い浮かべる。イヴは人間の私よりも肌がきれいで、プロポーションがよくて、一緒に出かければイヴ目当てに男性が寄ってくるくらいで……。
(イヴを作ったお父さんは本当にすごかったんだな)
そう思いながら壁に寄りかかった。
(イヴ、お父さん……)
このまま父だけでなくイヴまで失ってしまったらどうしよう、と急に酷く不安になる。そんな自分に気づいて慌てて首を振った。
(ううん、不安になっていたって仕方ない。監視カメラを見ればすぐに真実が分かるんだから)
そう自分を勇気づけたとき、不意にガチャと何かが動く音がした。はっとして振り向くと、置いてあったロボットの一つが音を立てて立ち上がっていた。
「えっ……?」
驚いて立ちすくむ。その間にも部屋のあちこちでロボットがゆっくりと立ち上がり始めた。そして、そのどれもが私の方に向かって歩いてきた。無表情でこちらに手を伸ばし、たどたどしくやって来るロボットたちを見て鳥肌が立った。
「っ!い、いや!」
私はロボットたちの手を振り払うと扉を開け、外に逃げ出した。
一心不乱に走っていると、少し先に見慣れた白衣姿の男性を見つけた。
「助手さん!」
そう叫ぶと彼が驚いたように振り返った。彼にしがみついた私に戸惑いながらも尋ねる。
「どうかしましたか?」
「あの部屋にいたロボットが皆動き出して……」
そう言い終える前に後ろでガチャガチャと大きな音がした。振り返ればあのロボットたちがこちらに向かって来ているのが見えた。
「なぜ保管していたロボットたちまで暴走しているんだ……?」
彼は信じられないといったようにつぶやくと、声を荒げた。
「お前たち、私だ!今すぐもとの場所にもどれ!」
しかし、ロボットたちは迷いなくこちらに歩いてくる。
「くそ、何故言うことを聞かない!?」
助手は唇を噛むと私を見た。
「逃げますよ。私についてきてください」
力強く言われ、私は慌てて頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます