第5話
「先程の話の続きですが」
階段にさしかかる途中で再び助手の彼が口を開いた。
「今すぐイヴから離れたほうがいい」
「え?」
私はぽかんとして彼を見る。彼は私の視線を避けるように目を伏せた。
「実は、私は博士に……あなたの父親に頼まれたのです。もし自分が死んだら、代わりにあなたのことを守るように」
「……」
(そんなことをお父さんが言ってたんだ……)
私は階段を一段一段降りながら彼の言葉を聞く。
彼は重い口を開いて続ける。
「父親が亡くなったばかりのあなたにこんなことを言うのは酷だと百も承知ですが……。博士は事故で死んだのではなく、誰かに悪意を持って殺されたのだと私は思っています」
彼の言葉に私は目を見開く。
「え、でも……。警察の人は暴走したロボットによる事故だって」
助手が唇を噛んで俯く。
「それでも私は納得がいかなくて……生前の博士の自分が近々死ぬのを予想していたような行動も気になっているのです」
私は彼の言葉を黙って聞く。
「実は、ここに来たのは博士のデータや資料を整理するためだけでなく、彼の死因を探るためでもあるんです」
「……」
(お父さんが誰かに殺された……?)
ゆっくり階段を降りながら、彼が私の様子を伺いまた口を開く。
「……私は、博士はイヴに殺されたのだと思っています」
「!」
とんでもない言葉に私は足を滑らせそうになってしまった。
(イヴが、お父さんを!?)
私は彼の方に振り返る。
「あ、あの。私はイヴと長い間一緒にいますけど、イヴはそんなことするようなロボットじゃないですよ」
私の必死な言葉を彼が黙って聞く。
「イヴは物腰が柔らかくて、気遣いも出来て、ついロボットだってことを忘れちゃうくらい人間らしくて……」
「……」
彼は難しい顔で私の言葉を聞き終えたあと、口を開いた。
「……ロボットにはロボット三原則というものが組み込まれています」
「ロボット三原則?」
突然の話題の転換に私はきょとんとして聞き返す。
「ええ」
彼は私にロボット三原則について説明してくれた。私はそれを黙って聞いていた。
「それなら、ロボットは人間を襲わないんですね」
そうほっとしたように言えば、彼が
「……理論上は、ですが」と付け足した。
彼の言いたいことを察して、私は俯く。
「暴走したロボットはもとより、より高度なロボットになると、もしかしたらそのプログラムに逆らうことが出来るようになるのかもしれません。……そう、イヴのように」
「……」
うつむいて彼の話を聞く私の耳に、私達とは違う足音が聞こえてきた。カツカツ、とヒールが硬い床にあたる音だ。
はっとして前を見ればイヴが立っていた。私はほっとして顔をほころばせる。
「イヴ!よかった、やっと会えた!」
「マスター。……彼は」
イヴがちらりと助手を見る。
「あ、研究所の窓で見た人影はこの人だったみたい!お父さんの助手なんだって。イヴも知ってるでしょ?」
二人を取り巻く嫌な空気を振り払うようにして、私は元気よく言葉を紡ぐ。
「……イヴ」
助手の彼が低い声でイヴに声をかけた。今まで私に話しかけていたときの業務的だが穏やかな声音とは違うその声に、私は思わずびくりとした。
「マスター、こちらに来てください」
「え?」
イヴの言葉に私は戸惑う。イヴは手を私の方に差し出している。
「イヴの方に行っては駄目です」
「マスター、彼の言うことを信じてはいけません」
助手が言葉を言い終える前に遮るようにイヴが言った。
「彼は博士の一番助手でした。そして、最も信頼されているのをいいことに、功績を横取りするために博士を殺したのです」
「!」
その言葉を聞いて助手が眉をひそめる。
「な、何言ってるの?イヴ」
聞いたことがないほど冷たいイヴの声に戸惑いながらも私は尋ねる。
「あなたもご存知のとおり、博士は偉大な工学者でした。彼が死んだ今、彼が残した未発表の設計図を元にロボットを作れば称賛されることは間違いないでしょう。助手の彼がここで資料を漁っているのがその証拠です」
私は不安げに助手のほうを振り向く。自分が疑われているのが分かったのだろう、助手が苦い顔でイヴに言い返した。
「私がここにいるのは博士に頼まれたからだ。お前がいないところでこっそりとな。お前こそ、博士の言うことを聞くのが嫌になって博士を殺したんだろう!」
助手の言葉にイヴがかすかに眉をひそめ、不快そうな顔をした。そのような表情のイヴを見るのは初めてだった。
「生前、博士は最近イヴがおかしな挙動をしているともらしていたからな。お前はロボット三原則が組み込まれたプログラムを自ら壊し、気に入らない博士を殺したのだろう」
「……」
イヴと助手は睨み合っている。
私は二人を見比べた。どっちの言うことが正しいのか、私にはわからなかった。でも、今まで家族同然の付き合いをしてきたイヴが、父を殺したとは思えなかった。
私の不安そうな目を見てイヴが少し寂しげな顔をし、こちらに手を伸ばした。
「さあ、マスター。こっちに来てください」
「駄目です。言うことを聞いてはいけまません」
耳打ちするように小声で助手が言う。
(どうすればいいの……)
私は二人の間に立っているのが辛くなって、その場から逃げ出した。
「マスター!」
後ろでイヴが叫ぶ声がしたが、私は振り返らずに苦しくなるまで走った。
彼女の方に走っていこうとするイヴの手を、私は掴む。イヴが足を止め、こちらを睨むように振り返った。
「お前は一体彼女をどうするつもりだ?」
「……あなたには関係ないことよ」
マスターと慕う彼女に対する口調とは違う突き放すような口調でイヴは私に言った。
「関係ないことはない。私は彼女を守らなければならないのだから」
そう凄むように言えども、イヴの態度は変わらない。
「手を離してちょうだい」
毅然とした態度で彼女は私に命令した。
「彼女の側にいるべきなのはこの私よ」
「……」
イヴは強い力で私の手を振りほどくと早足でマスターの走り去った方に歩いていった。
(……イヴより先に彼女を見つけなければ)
私もイヴの後を追って歩き出した。
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