第4話
「ねえ、イヴ、そっちは何かあった?」
私はシャッターの向こうにいるであろうイヴにかすかな希望を持って話しかける。
「……いえ、何も」
しかし、イヴの答えはそっけないものだった。私はがっかりと肩を落とす。
(イヴなら何か見つけているかと期待していたのに)
「そっか……。分かった、もうちょっと探してみるよ」
私はイヴの答えを聞く前に回れ右をし、また歩き出した。
「うーん、階段を見つけたのはいいけどシャッターが閉まっちゃってて入れないし、どうすればいいかなあ」
そう腕を組んで独り言を言いながら階段の方に向かう。
(『開けゴマ』って言ったら開かないかな……)
そんなことを思いながら駄目もとでちらりと階段の方に視線を送って、思わず首を傾げた。
「あれ?」
先ほどまで閉まっていたはずのシャッターが開いていた。
「ここ、さっきは開いてなかったのに……」
もしかしたら、例の人影が制御装置を動かしたのかもしれない。
(ということは、やっぱり誰かが……)
私はごくりとつばを飲み込むと、ゆっくりと階段を上がっていった。
(ここが二階……本当に広いんだなあ)
足を止めあたりを見回してみると、薄暗い廊下に面した扉の一つから白い光が漏れてきているのが見えた。
(あそこに誰かいる!?)
私はそっと近づき、扉を少し開き中を覗き込んだ。
そこは他の部屋と同じように白い壁と床に囲まれた部屋だった。あちこちにデスクがあり、その上には書類らしきものが積み上がっている。
ゴソゴソと音がして私はハッとして視線を巡らせる。
すると、こちらに背を向けて引き出しをあさる白衣を着た誰かの姿が目に入った。
(あの人がもしかして人影の……?)
その人がゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。隠れようと思ったときにはもう遅く、私と目が合うと彼は目を丸くした。
「!? あなたは……?」
(しまった、見つかっちゃった!」
どうしようかと目を泳がせるが、見つかってしまったなら仕方ない。私は腹をくくり、彼に向かって叫んだ。
「あなたこそ、勝手に人の研究所に忍び込んで、一体なんの用ですか!」
威勢をはって叫ぶと、彼は私を見てはっとしたような顔をした。
「あなたは、博士の娘さんの……」
「えっ?……お父さんのことを知ってるんですか?」
彼は私の方にゆっくりと歩いてきた。聡明で真面目そうな顔の若い男性だった。
「ええ。今日のお通夜であなたのことを見かけましたから」
「私のことを?」
「ええ。……私は、博士の助手です」
「お父さんの……助手?」と私は彼の言うことを反芻する。
「ええ。今日は、生前に博士に頼まれていた資料の整理に来たのです。……それにしても、あなたはどうしてここに?」
怪訝そうに言う彼に私は答える。
「私は、研究所の窓に人影を見つけて、それが誰かを探ろうと思って……」
そう言うと彼が静かに口を開いた。
「そうでしたか。……とにかく、勝手に研究所内に立ち入ったことについては謝ります」
そう言ったあと、彼は顔をしかめて私を見た。
「ここまでは何事もなく来られたようですが、研究所内はまだ暴走したロボットたちが徘徊しています。危ないのであなたは早く立ち去ったほうがいい。ここは子供が来るところじゃないですよ」
「子供って……私は大学生ですよ!それに、玄関が閉まっていて出られないんです」
そう言うと、彼は考え込んだ。
「なるほど、確かにそのとおりですね。誰も入ってこられないよう防衛プログラムを再び起動させてしまいましたから」
「あ、そうだったんですね」
私の言葉に彼は頷く。
「ええ。では、これから制御装置のほうに行きますから、ついてきてください。玄関が開いたら、早いうちに出ていってもらいますよ」
ぴしゃりと言われ、私は「はい」と大人しく返事をした。
私は助手の彼のななめ後ろをついていった。端正な顔だちをした彼は大人びていて、私より年上のようだった。
静かな廊下に私たちの足音だけが響く。なんだかこの静寂が心地悪く、助手への興味があるのもあって私は思い切って口を固く結んだ彼に話しかけた。
「あの、助手さんはどうしてお父さんの助手になろうと思ったんですか?」
そう尋ねると、彼はちらりとこちらを見てから口を開いた。
「私は元々、大学で機械工学を学んでいた学生でした。研究室見学で一度彼の研究室に行ったとき、彼は作りかけのロボットを見せてくれました」
彼はそのときのことを思い出すようにゆっくりとした口調で言う。
「一生懸命体を動かすロボットは、なんだか不気味にも、愛おしくも見えました。そのロボットを博士は愛情のこもった優しい瞳で見ていたのです。この人は本当にロボットが好きなんだと、そのとき私は強く思いました」
私は黙って彼の話を聞く。
「博士のロボットへの情熱は私の心を強く動かしました。ただロボットが好きなだけでなく、天才でもあった彼に、私はすっかり惹かれてしまったのです」
「それから私は必死に勉強をし、博士の研究室に入ることが出来ました。博士が自分の研究所を持つことになったときはそこで働かせてもらえるよう頼み込みました。……彼は私の目指すべき星であり、ロボット界を照らす太陽でもあったのです」
「……」
厳しそうな見た目からは想像が出来ないほど今の彼は饒舌に話した。その目は子供のようにキラキラしている。本当に彼が父のことを好きだったのだと思うと、まるで自分が愛されているかのように嬉しくて、私は黙って彼の話を聞きながら微笑んだ。
「……着きました。ここが防衛プログラムの制御室です」
気がつくと目の前に扉があった。助手の彼は先程の表情が幻だったかのように再び冷たい顔に戻っていた。
「制御室には専用のカードキーがないと入ることが出来ません。カードキーを持っているのは博士と私を含む一部の助手だけです」
そう言いながら彼は白衣の胸ポケットから取り出したカードキーを押し当てた。短い電子音がして扉が解錠されたのが分かった。
彼の後について中に入る。壁際に大きなモニターがあり、そこにはここの研究所が3Dで描き出されていた。
彼がそのモニターに据え付けられたキーボードを叩く。しばらくカチャカチャという音があたりに響いた。モニターにいろいろな文字が次々と浮かび上がったが、私には何がなんだかさっぱり分からなかった。
「……なんだか難しそうですね」
助手がキーボードを叩きながら答える。
「ええ。外部からの侵入者に悪さをされないように、博士直々作ったプログラムですからね。私も説明を受けるまで全く分かりませんでしたよ」
なるほど、と私はモニターを見つめる。助手の彼がこの状態なら、私なんかもっと操作出来るはずがない。
(イヴったら、大したことないとか言ってたけど、大嘘じゃない)
そうイヴに心の中で文句を言っていると、カタンと小気味よい音がして、遠くでガチャという機械音が聞こえた。
「……よし。これで外に出られます」
「ありがとうございます!」
私は彼に深々と頭を下げ、お礼を言った。
「助手さんは、しばらく研究所にいるんですか?」
「ええ。もう少し回収しないといけない資料がありまして」
「そうですか……」
もうちょっと父のことで話していたかったな、と私は残念に思う。その気持ちを感じ取ったのか、彼は少し黙ってから口を開いた。
「暴走したロボットに見つかると危険です。玄関まで送っていきますよ」
「ありがとうございます。……あ、でも、先にイヴに会わないと」
そう言うと彼が驚いた顔をした。
「イヴ?」
私は頷く。
「はい。途中まで一緒にいたんですけど、シャッターが落ちてきて離れ離れになっちゃって。……そういえば、お父さんの助手ということは、イヴのことを知ってるんですよね?」
彼は私の質問に答えずに、強い口調で私に尋ねた。
「イヴはあなたと一緒にいるのですか!?」
その覇気に押され、私は目をぱちくりさせる。
「は、はい。そうですけど……」
「……」
彼は何かを考え込んだ。それから少しして口を開いた。
「イヴは博士について何かを言っていましたか?」
「え?特には、何も。まあ、お父さんが立派なロボット工学者だったと称賛してくれてはいましたけど……」
そう答えると彼は更に深く考え込んでしまったようだった。
「そうですか……」
何故そんなことを聞くのだろう。なんだか不安になって私は彼を見つめる。その視線を受けて彼ははっとしたように私を見たあと、
「変なことを聞いてすみません。……さあ、早く玄関に向かいましょう」と促した。
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