第155話 三人の知り合いですが、なにか?
「母親の記憶はあまり無いんだ。
それこそ、亡くなったのは幼稚園より前のことだからな……」
と、手を合わせ終えたしどー君が、そうどんな人だったか問うた私に答えてくれた。
「なるほど、それでメイドに傾倒と」
「……」
しどー君が黙りこんでしまう。
虐めすぎた気がする。
「間違いない、私も慕ってたしねー」
「で、誘拐されたりしたと……」
「……」
突っ込んできた妹の方も私の言葉に黙り込んでしまう。
まだまだ兄妹の中でその事件は根が深いらしい。
「さて、私も挨拶させてね?
燦ちゃんと一緒で良いよね?」
と、燦ちゃんの手を持ちながら言うと、しどー君とマツリが墓前を空けてくれながら、
「あぁ。
僕の彼女達ですと、言っておいたから大丈夫だろう」
「よく躊躇いもなく、
燦ちゃんのことを否定する訳では無いが、非難めいためいた眼で見てやる。
「ちゃんと、一番は初音だとは言っておいた」
頬が熱くなる。
こういうマジメな所がズルいのが、しどー君だ。
さて、挨拶か……うーん。
私は悩みながら手を合わせる。
『初めまして、初音・三駆です。
誠一君には助けられてばかりですが、彼女をやらせてもらってます。
私自身、誠一君には不足が多くあるとは思いますが精進しますので、よろしくお願いいたします。
なお、妹も誠一君の彼女ですが大目に見てやってください』
これぐらいだろうと終わらせる。
横では燦ちゃんが難しい顔をしながら、まだ拝んでいる。
そんな私たちの後ろで、兄妹が、
「息子が二股野郎だと聞いて、お母さんどう思ったんだろなー……。
ジゴロ野郎だよねー……」
「娘が援助交際してたとか聞いたら、母さんどう思うんだろうな……」
この二人、仲が良い。
とはいえ、こんなに女の子に対して、ねじ曲がった態度をとるマジメガネは珍しい。基本的に私と付き合い始めてからは、イイ男になってきて、女性の扱いも上手くなってきている。それに基本的に素直で好感度が高いと、評判だ。
「仲いいのね」
「「どこが」」
「そういうところ」
「「……」」
言ってやると、二人が口をバッテンにして黙り込む。
まぁ、しばらくは仲が悪かったというか、関係性が薄かったこともありギクシャクするだろうが、それも時間が解決する気がする。
「終わりました」
燦ちゃんも終わったと振り返ってくる。
「何をそんなに長い自己紹介してたのよ?」
「えっと、ちゃんと挨拶しなきゃと思ったら、生い立ちから」
と、楽しそうな笑みを浮かべながらの燦ちゃんである。
可愛い仕草で抱きしめたくなるが、真面目すぎる気がする。
「マジメねー」
「マジメですよ?」
冗談交じりの突っ込みをマツリから受けると、自分の名前を唐突に呼ばれた犬のようにきょとんとした眼で返す。
返されたマツリは燦ちゃんを指さしながら、
「――三駆、なにこの秋田犬みたいに可愛い生き物」
「私の妹よ?
あげないからね?」
「そういうボケはいらないかなー……。
マツリはノーマルよー……」
「処女にノーマルも何もない気がするけど。
なお、日野弟……小学生相手は犯罪よ?」
ゲンナリとしてくれるマツリ。
「まぁ、仲が良いのはいいことよねー……」
「私なんか姉妹でするぐらいには仲いいわよ?」
「はいはい。
茉莉には刺激が強すぎるから、ご配慮下さいな」
「マツリだって女性同士してたでしょ。
ね、先生?」
と、からかう様に言ってやると。
「そりゃ、教えてたのマリだものー。
ちゃんとそういうこと教えてあげないと、男女双方によくないものー。
最初の
「なるほど」
「しどー君、私の話が出た所から食い入るように聞かないで……。
何というか、恥ずかしいから……」
女というモノは自分を良いモノだと彼氏に見せたいものなのだ。
過去を知られるのは気恥ずかしくもなる。
「そういえば、マツリに教えたのって……」
「お姉ちゃん」
「だよな……」
つまり私とマツリの先輩で、しどー君の元許嫁だ。
聞かなきゃよかったのにと後悔しているしどー君はメガネをしていないので曇る顔を隠せもしない。
「言っとくけど、お姉ちゃんは非処女で百戦錬磨だからね?
男女問わず」
「知ってる……改めては聞きたくなかったけど」
追い打ちされる可哀そうなしどー君である。
未練もあるだろうから、後でちゃんと私で塗りつぶすことにする。
決まりだ。
とはいえ、
「自分が未熟だから頼られなかったとか、追い詰めすぎないでね?」
「あぁ、判ってる……判ってるんだけどなぁ……」
マジメガネなしどー君である。メガネしてないけど。
「他人の人生まで背負いすぎたら潰れるわよ?」
とはいえ、私自身がしどー君の紐みたいな状況なので、あまり説得力が無いのだ……はぁ。
ちゃんと対価は貰っているモノの、貰っているモノが多すぎる。
「あら、珍し山の狸さんや」
御淑やかさを醸し出すような音色が聞こえた。
見れば、
「「「……!」」」
その姿に私達三人は息をのんだ。
そう、噂のその人が立っていた。
夏の暑さ、そして足元の悪さもここまではあった筈なのに、何でも無いように喪服を思わせる黒い着物をきている。
黒い長い髪はつややかで、まるで日本人形だ。
「誰ですか、この人?」
っと、威嚇するように前に出る燦ちゃん。
そう言えば、燦ちゃんは面識が無い。
「これが噂の燦ちゃんやね?」
ニコニコと柔和な笑みを浮かべると、アジサイのような花を思わせる。
そして燦ちゃんの態度も気にせず、
「犬みたいで食べてしまいたいわ~」
「ひえ」
頬赤らめながら、燦ちゃんに近づき、舌なめずり。
さすがにと燦ちゃんがしどー君の後ろに隠れる。
「誰なんですか、この人」
「えっとだな、何というか色々と根が深い人だ」
「根が深い人なんていややわー、根性悪みたいな言い方や。
そんな弟君に育てた覚えはあらへんで?」
「育てられた覚えも無いですが」
「えっと?」
燦ちゃんがそのやりとりに困ってキョロキョロしておる。
「私とマツリのビッチ大先輩。
……で、しどー君の元婚約者」
「元婚約者?」
燦ちゃんがオーバーフローして固まった。
うん、きっと初めて聞いたら私だってそうなるし、なった。
「どうもー、ビッチ大先輩やで?
って、何でや」
「だってねぇ?」
「そうだねー。
マツリ達に寝技を教えたり、仲介システム作ったりしてた人が何を今さら……」
マツリと言いあう。
「気を付けてね、燦ちゃん。
この人、女でも男でも食べちゃうから……」
「……ひえ」
「そんなに隠れんでもええのに。
同意した相手としかせーへんし、でけへんよ、ウチは」
と、クスクスと燦ちゃんの様子を笑う先輩の姿は狐のようだ。
「弟君もこのまえぶりやね?
ぉ、ちょっと男らしい顔になって、ええ感じやん」
「ぇっと」
いきなり矛先と褒めを振られ、しどー君が戸惑っている。
幼いながらもマジメに婚約者としての意識はあったらしいし、複雑な心中であるのも判る。
「これやったら、ちゃんと粉かけとったらよかった」
「先輩?
私のですからね?」
「とらへんとらへん。
ウチが弟君に似合わん。
ちゃんと許嫁は譲ったから、それでおしまいや」
コココと笑みを浮かべる。
相変わらず掴み所の無い人だ。
「ちょっと、参らせてもらうで?」
っと、士道家の墓の前へ。
そして手を合わせて、軽く一礼。
「……お姉ちゃん、お母さんと面識が?」
「んー、まぁ、色々や。
ウチが子供のころ、少し世話になったんや」
「世話ですか?」
「せや。
さて、ウチは仕事に戻るさかい、ほななー」
と、士道兄妹の質問に誤魔化すように答えると去って行ってしまう。
まるで答えたくないことがあったようだ。
「……嵐のような人だね、姉ぇ」
「うーん。
昔からあんなもんね。
顏はあるマリみたいに塗ってたけど、マツリと違って性格は一致してるから違和感ないわ」
「こっち側から見てもあんな感じだったな」
それは安心だ。
マツリを観て、私としどー君が頷きあう。
今ですら、マツリはマリと茉莉と幼い人格が混合していてわかりづらいことがあるのだ。特に口調。
こんなのがもう一人増えたら、面倒にしかならないわけだ。
「そういえば仕事って何してるの?」
「人材派遣会社のシャッチョーサン。
マツリの答えに納得してしまった私が居た。
恐らく私達みたいな、どうしようもない少女達を救い上げた経験を活かしているのだろう。
手段が援助交際というのはあれだが、あの人を慕っている人は私達だけではないのだ。
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