第153話 旭稲荷ですが、なにか?


 来たのは東山を超えて、清水団地側からUターン。国道一号線の道路沿いを市内の方向へ向かう途中で私たちはタクシーを降りた。


「え、こんな所ですか?」


 トンネル前。

 このまま行けば、清水寺の脇へ出る道筋で運転手さんの驚きも当然だ。

 途中、京都は長いらしく地元な話題をしどー君としていたモノの、流石にここには驚いたらしい。

 それもそのはず、一見、何もない車道だ。

 あるといえば、凍結防止剤と書かれたオレンジ色の箱が目立つ。


「こっちだ」


 そして、道路の脇をしどーくんが指さす。

 意識してみれば壁が切れて、確かに上にいける様にコンクリート舗装されている。

 なお、しどー君の手には、バケツが握られており、また中には軍手や芝狩用鎌が入っている。

 私達の格好も、汚れても良い恰好とのことで、ジーパン長袖シャツだ、


「……え、そこ、入っていいんですか?」

「元々、こっちが参道だったんだ。

 登れば判る」


 燦ちゃんの問いに、ニヤニヤとしどー君が楽しそうな笑顔を浮かべてくる。

 道路の整備用かと思うが、そうではないらしい。

 しどー君の先導で山科の風景を尻目にしばらく上がっていくと、朱に塗られた鳥居が現れ、階段になる。

 そこからしばらく行くと石造りの鳥居が観え、


「こんなところに……」


 竹林の山腹が開けるとぽつんと神社があった。

 彫刻な狐様が狛犬のように鎮座しており、稲荷系のようだ。

 清掃自体はされており、奇麗だ。

 位置的にも東山を挟んで少し南に行けば、稲荷があるので何らかしら関係があるのかもしれない。

 

「やっほほー、三駆みつか


 私達を観れば、ブンブンと手を振ってくる影。

 と、よく知っている見覚えが薄い顔の女の子が、社の前の階段に座っていた。

 なんせ、顔、黒くしていないのだ、違和感しかない。

 服装もいつもの制服ではなく、私達と同じく、ジーパン長袖シャツと汚れ前提だ。


「……マツリ、何で居るのよ」

「先ずは退院おめでとうとか、無事だったのねと心配してよー。

 まぁ、退院では無く、外出許可なんだけどねー」

「この前、東京バナナ持って行った時も元気だったから気にしてないのよ」


 そう私の親友兼ビッチ歴先輩のマリであり、しどー君の双子の妹である士道・茉莉まつりだ。


「みつかー、口調がこわいー。

 そりゃ、母親の墓には参りますともー。

 私だって、そりゃ、日本人ですしー、おすしー?」


 マリの側面が強く出ている様だ。

 口調が軽く、私のよく知っている彼女だ。


「――茉莉には今日行くと言ってなかった筈だが?」

「言われた覚えも無いです。

 お父さんに聞いたんですから」


 と硬い言葉言いながら、憮然とした表情のしどー君の空いてるほうの腕を掴む。


「ちょっと待て!」

「んー、何、みつかー?」


 ニヤニヤと意地悪そうな顔で私を観る、額に傷を薄っすら残す顔。

 確かに言われればしどー君に眼元が似ているなと思う。

 ……そうじゃない。


「なに、私の許可なく、しどー君の腕を!」

「別にいいじゃん、双子なんだしー。

 ねー、誠一?」

「不気味だからヤメロ」


 っと、心底嫌そうな顔をするしどー君。

 それもそのはず、


「死ねだの馬鹿だのと言われていた妹にスキンシップされるのは違和感しかない」


 とのことだ。

 あまり兄妹仲は良くなかったと聞いている。

 だいたい、メイドが悪い。


「えー、こんなに可愛い女の子、もとい妹が、歩み寄ってあげてるんですよ?

 少しは歩み寄ってくれても良いと思いますけど?

 それにおかーさんの前では仲良い方が良くないー?」


 っと、後半ビッチぽい口調でズズイと密着を強くすると、


「可愛いかどうかはさておき、確かにそれは一理あるな……。

 家族仲は良い方がいいな」

「えへへー、お兄様ー♪」


 考え込んでしまうマジメなしどー君に追い打ちをかける様に、無い胸を押し付ける口調おしとやかになったビッチ。

 ちょっと待てぇ!


「しどー君、そこ、私の定位置!」


 憤りながら言ってやると、


「なに、取られると思ってんの?

 誠一が浮気者だって言いたいんだー、薄情なかのじょー」

「ぐぬ……っ」


 その可能性があるだろうと言い返したくなるがぐっとこらえる。

 万一でも自覚させるようなことをは言わないのが良い。

 それにマツリが日野弟君に好意を持っているのは、しどー君に似ている部分だと言うのはドラマなどでもよく拗れる原因だ。


「姉ぇ、キッチリ言わないとダメだよ!

 日野君に悪いと思わないんですか!

 実の兄に対しての態度じゃないですよ!」


 っと、燦ちゃんが言いながら、引き剥がす。


「んー、まあ、これはこれ、それはそれ。

 誠一を改めて観てたらしたくなったからしてるだけだもーん」


 ニヤニヤとまごうことなき尻軽処女ビッチな発言をしながら、燦ちゃんを振りほどく。

 なお、しどー君は呆れ顔だ。


「そもそもひのきゅんとサンチャが付き合えば、私も弟子も諦めたんに。

 なまじお互いに勝てると思っているから何とも」

「ノノちゃん……?」


 あの幼女は傑物だ。

 燦ちゃんが疑問を口から零すのも無理はない。


「正直、女としては私も弟子もサンチャには勝てんよ?」

「買いかぶって頂くのは良いんですけど、私は誰にも勝てなくて劣等感を募らせてる凡庸なんですよ?」

「ふーん。

 私の眼は確かなんだけどねー?

 素直に褒められたと喜んでよー?」

「わーい、これでいいですか?」

「うーん、塩対応あじゃまるー」


 と、マツリの眼が面白そうなモノを観る眼で燦ちゃんを観る。


「まぁ、いいや、三駆、はなそ?」


 そして、しどー君から離れて、私の腕に巻き付いてくる。


「暑いからやめて欲しいんだけど?」

「いいじゃんいいじゃん」


 と、強引にペアにされて、しどー君と燦ちゃんを前に行かせる。


「サンチャに何かあった?」

「横浜で何か目標を決めたらしいわよ」

「なるほん。

 花が開いたような感んじで、女として華がある。

 元々、素材としてはいいなーって思ってたんだけど。

 少しすれば凄くなりそねー」


 私の耳元にそう言われ、心臓が跳ねた。


「なにそれ」

「マリとしてのビッチの勘」

「処女の癖に」


 と軽口で返すモノの判る私がいる。


「まぁまぁ、先輩からのご忠告よ。

 仲介してたから三駆なんかよりずーっと人を見てきたんだから。

 男子三日会わざれば刮目せよというモノの女子もよねー」


 ニコニコと嬉しそうに話す。

 援助女子が搾取されないように奮闘していたマリを観ていた私には、そのニコニコが保護者とか、そんな印象を思い出す。

 基本的にマツリは面倒見がイイ。


三駆みつかも、うかうかしてるととられるよ?」


 だが、次の瞬間、真顔になった彼女の言葉は、十分に冷えたナイフのように感じる羽目になった。


「――っ」

「まぁ、誠一は私こと茉莉と同じでクソ真面目だから大丈夫だと思うけど。

 とはいえ、隙が無いわけでは無いけど――ふふっ。

 実際、半分は盗られてるんだから、気をつけなさいよー」


 言い返せなかった。

 うすうす気づいていた事実だ。

 今回の件で、マツリ――師匠に裏打ちされてしまっただけのことだ。


「だから、ちゃんと気持ちを切り替えて、母親に挨拶してねー?」


 とはいえ、言いたいことはこれだったらしい。

 何とも回りくどい言い回しの親友様であった。





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