第145話 決めた妹ですが、どうしよう!

「つまり目標やねぇ……」


 唯莉さんは私の質問を受け、悩み始めた。

 真面目な顔。

 そして、


「判らへん」


 っと達磨大師のようにあっけらかんと述べた。

 私は拍子抜けしてしまう。

 クフフと笑みに変わりながら、私が眼を見開いているのを楽しそうに観てきて、


「燦ちゃんは燦ちゃんでという話や。

 なお、決めないのもありやと思うで?」


 っと、一変し、真剣な表情で私を射貫く。

「決めない……ですか?」

「確かに早くモノを決めた方が、有利や。

 それで恋愛において唯莉さんは姉に負けて、それで後悔したことがあるんや。

 ……最後は勝ったんやけどな……死んでもうたさかい」


 遠い目。

 何だか、姉の存在で恋愛に悩まされたと聞くとますます親近感が湧いてくる。

 私も誠一さんが二股をしてくれなければ、ずっと先んじれなかったことを引きずっていたかもしれない。

 なるほど、唯莉さんは私に境遇も似ているのかもしれない。

 だから惹かれているのではないかとも感じる。


「あ、殺してへんで?

 殺せる相手でも無かったし、病気や、病気」


 さて、っと冗談混じりに切り替えて続けてくれる。


「何かを真剣に行った経験もそれはそれで役に立つんや。

 最後に馬力が効くようになるさかいな?

 とはいえ、人生は何が役に立つかは判らへん。

 遠回りで培ったものが役に立つこともあるさかい」

「……唯莉さん自身のご経験ですか?」

「せやで。

 ウチは息子や娘みたいなホンマモンの天才やあらへん。

 色んなものの話にいえるんやけど、物語を作ってると特にや。

 ゼロから一を作れへん。

 せやから、既存の経験、アイディア商品を分解し、混ぜ、再構築する、誰でも出来るようなことで商品を作らなあかん。

 大デュマさんを真似ることは出来るんや」

「アレクサンドル・デュマ……モンテクリスト伯や三銃士の作者ですか」

「せやで。

 偉人やけど、彼が多作な理由の一つやね」


 成程と思う。

 新幹線の中、私の話を聞いてくれたのもそう言った理由だろう。


「んでやな、結論や。

 今を噛みしめて生きていれば、ええと思うで?」


 そう締めくくる。

 やはりこの人、見た目は幼女だが中身は今まで会ってきたどの人よりもマトモな大人に感じる。

 パパママは安定はしているが、中身子供のままな既知外だ。

 六道さんは姪に援交させる変態だし、六道さんの奥さんもヤバイ。

 誠一さんのお父さんも、マツリさんの件で言えば一番無い。

 何というか、落ち着いていて安定している。


「……唯莉さんみたいにはどうなったらなれますか?」


 ふと、私はそう言っていた。

 けれども、言って湧いてくる気持ちがある。

 私の言葉は本気だと。

 この人みたいにカッコよくなりたいと。


「あはは、それは光栄やね?

 唯莉さんの自己評価はダメ人間やで?」


 本気でネガティブに言う。


「先ず家事がでけへん。

 次に娘との付き合いを間違えてこの前まで死ぬほど、嫌われた。

 極めつけは好きな人に、死んだ姉と同じくらいに好きになったとプロポーズされたらネガティブすぎて死に物狂いで逃げた。

 ダメダメなんや、ほんま」


 どういう状況なのだろうと、興味は沸くが今ではない。


「唯莉さん、そういう自分への客観視がスゴいと思います!

 カッコいいです!」

「あはは……そういうてくれるとくすぐったいわ」


 満更でもない顔を浮かべてくれる。

 そんな彼女を観ていたからだろう、


「弟子にしてください!」


 私は勢いがついていた。

 いきなりな発言に、唯莉さんは眼を見開く。


「えーと、何のや?」

「全部です! 全部!

 格闘技されてますよね?

 キックに魅了されました!

 小説も好きです!

 それに貴方の生き方も惚れました!」

「あはは……物凄いラブコールやね?

 んー……どないしよ」


 なお、唯莉さんが小首を傾げて悩む姿は幼女らしい姿で可愛い。

 そして真剣な眼差しを私に向け、上から下へと目線を巡らせ、


「素質は士道の息子から聞いた話では三塚やからあるやろし……。

 体付としても問題なさそうやしなぁ」


 三塚と呼ばれて、ん? っと思う。

 この人も祖父との関係者なのかと。


「格闘技に関しては、かなりしんどいことするで?

 息子の例をあげれば、秩父の山奥に置き去りにしたり、東京湾に沈めたで?

 唯莉さん自身、姉によく舞鶴湾されたさかい」


 舞鶴湾されるという動詞は良く判らないが、何だか恐ろしいモノを感じた。


「構いません」


 それでも私は即答してた。


「小説に関しては、教えれへんで?

 創作論や唯莉さんがどうやって学んだかを教えるぐらいや」

「構いません」

「……セクハラするで?」

「それはイヤです」

「いけずや! いけず!

 そんな娘と同じ大きなんを垂れ下げといて!」

「そんなんだから、娘さんに嫌われるんじゃないですか?」


 くっっ、と唯莉さんが悔しそうに唸るが、これは譲る必要は無い。

 セクハラはよろしくない。

 とはいえ、相手は完全に冗談口調なのでボケという奴だろう。


「セクハラはさておき、唯莉さんは出来た大人や無いで?

 さっきも言った通りやけど、ええん?」

「はい。

 私に二言は有りません」

 

 一度決めたら突っ走る。

 姉によく見た傾向だが、これは私もな気がしてきた。

 そもそもママも突っ走って、パパと結婚してる。

 間違いなく遺伝だろう。

 そもそも誠一さんの件で突っ走った私である。


「……せやったらその制服を正規に着られるようになったらや。

 編入、受けるんやろ?

 推薦状も夫のを一つ追加したるさかい、気張りや」

「えっと、既に二つ貰って提出はしてるんですけど」

「六道と三塚のじーさんのやろ?

 旦那ので九条も追加されるさかい、後は完全に学力勝負や」


 ……言われれば、確かに、ママや六道さんの言っていた三家の書面が揃うことになる。

 スタンプラリーかな?

 さておき、


「弟子入りさせたところで唯莉さんも付きっ切りという訳にもいかへん。

 姉弟子の娘なら体捌きの基礎的な事を教えれるし、舞鶴で道場もやっとるから都合がええんや。

 一番頼りになる息子には娘のこと任せとるしな……。

 こんな感じでもよければ、弟子入りさせたる」

「はい!

 がんばります!」


 感極まった私はペコリと頭を下げて、ゴンと机にぶつけてしまう。

 そんな私を観ながら、唯莉さんは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。

 こうして私は一つ目標が出来たのだった。

 これは大きな大きな一歩であった。


  



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る