第144話 絵本話と妹だけど、どうしよう。
「チコ☆マジックの最後尾はこちらです!」
ボチボチと人が増えてきて、長くなった時は防火扉から外に出た唯莉さんのサークル列だ。
ちなみに、チコとは猫の額のように小さなという意味である。
唯莉さん曰く、小さいままの自分自身の存在を皮肉しているらしい。
なお、カルフォルニアにこの名前の都市があり、そこにある世話になった店の名前でもあるらしい。
どんな繋がりなのだろうか、謎だ。
さておき、
「新刊、どれくらい余ってますか?」
「コスプレは先生の作品モチーフですか?」
っと聞かれることも多い。
また、
「〇〇のサークルは何処ですか?」
っと別サークルの位置まで聞かれたりする。
これは基本、判らないと答える。
唯莉さん曰く「お客さんではないし、ガイドでもないから、自分でさせるんや」だそうだ。
「おねーさん、可愛いですね。
終わったらお茶でもどう?」
っとナンパされることも何度目だろう。
昼も過ぎ、少し落ち着いたタイミングで増え始め、最初こそ、しどーさんにカバーして貰っていたがいい加減慣れてきた。
「彼氏居ますんで、お断りします」
と内気な私でも言えるようになってきてしまったことからも察して欲しい。
なお、大抵はこういえば、去ってくれる。
「えー、その彼氏さんも一緒にどう?」
今回、しつこい。
しかも女性で困ってしまう。
なので、
「はいはい、並んで進んでくださいね」
っと冗談だと受けて、レジへと押し込んでいく。
これでいいと姉ぇに聞いた通りで、流されていく。
「燦、大丈夫そうだな?」
っと、列が無くなり始めたころ合いに、途中を誘導していた誠一さんが近づいてくる。
どうやら対応を観てくれていたらしい。
何というか嬉しくなって笑みを浮かべながら、
「いい加減、慣れました……」
「頼もしい限りだ」
感覚がマヒしている気もしていると伝えると頭を撫でてくれる。
嬉しくなってしまう。
「燦ちゃん、また甘やかされてるー!
ずるいずるーい!」
「ほら、初音もだ」
「えへへー」
っと、レジから出てきた姉ぇが声を掛けてくる。
そして誠一さんの空いた手で甘やかされる。
道の往来で何してんだと、凄い形相で睨まれたりするがどこ吹く風だが、いつもより短く終わらせる。
「しどー君、列整理はもう必要なさそうだから休憩してだってさ。
私と自由時間ね?
燦ちゃんはレジの方にヘルプ来てだってさ」
「ん、了解。
後で誠一さんや姉ぇと回りたいから、帰ってきてね?」
「りょーかい」
っと、二人の後ろ姿を見送りながら、
「さてさて、もうひと仕事かな」
力を籠めて中へ。
日差しがやわらぎ、少しマシに感じる。
「外暑かったやろー。
これのんでーや」
「ありがとうございます!」
っと、唯莉さんにスポーツ飲料を手渡される。
ゴクゴクゴクと飲めてしまい、体中の水分が抜けていることを実感する。
小まめに水分補給はしていたが、これだ。
「毎度のことやけど、熱中症も多いさかいなぁ」
「運ばれてましたね、さっきも」
「自己責任……体調が悪いと思ったら帰ったり休憩することも覚えて欲しいわ、周りに迷惑かけてまうからな。
イベントを敵視したり、攻撃したりする人も多いからそういうのはキッチリして欲しいわ」
っと、愚痴っぽくなった唯莉さんが口を尖らせる。
見た目幼女なので可愛い。
「おっと、燦ちゃんに愚痴をいうてもしゃーないな」
その間にもお客様を捌きつつ、ついには、
『新刊小説裏本二種は完売や! あんがとなー』
と書かれた紙が机の上にペタリと張られる。
こうなるとあまり人は来なくなる。
たまに机の前に来てわ、確認して去っていく人が多い。
「さて、ここからはゆっくりや。
少ししたら回ってきたらええ、唯莉さん一人でもどーにでもなるさかい」
「あ、はい。ありがとうございます……。
でも、まだ絵本残ってますよね?」
「あはは、売れへんのは判っとるさかい」
っと、少し陰りのある笑みを浮かべる。
「唯莉さんとして名前が売れてるんわ、小説や脚本なだけやさかい。
こっちにはあまり興味持たれんのや」
その言葉にさっきの言葉が紐づいてい来る。
つまり、
「本来なりたかったものって……」
「そや、絵本作家になりたかったんや。
そっちではサッパリ食えへんかったけどな。
縁あって、脚本書いたら売れて、小説も売れて、おかげさまで
ありがたい話や」
「観ても良いですか?」
「お客さんもこーへんし、ええよ。
というか、もってけー」
「あ、ありがとうございます!」
プレゼントされた本を遠慮なく、観ていく。
内容としては小さなきっかけで姉を憎んだ妹。
姉はそんな妹の身代わりに悪い魔女に連れていかれてしまう。
妹は姉にした意地悪を後悔しながら、魔女から姉を助けるために仲間を集める。
仲間たちが提示した条件は姉にした意地悪を悔恨させるモノで、妹は成長していく。
最後には姉を無事救いだすところで終わる。
気になる点はある。
「……誰に読ませる本ですか?
読み込めばなるほどと思うんですけど……」
小学生に読む機会もあるし、ある程度触れる機会が多い私は感想を正直に述べてしまった。
確かに設定自体は凝っていると思うが、何を伝えたいかの表現が子供向けではない気がする。
特にロープで一日吊るされるところとか。
逆に大人向けで考えると何かが物足りない。
一見、よくある話にも見えてしまい、目新しさを感じられない。
とはいえ、二度三度読み返すと絵の表現から深い部分を感じ、あぁ、なるほどと感じられ、スルメみたいな作品だ。
唯莉さんの他の作品と同じ匂いも感じてファンとしてはありだ。
しかし、大衆受けはしないだろう。
「正直ものやね、燦ちゃん。
ええこや」
言われ、やらかしたと思うがもう遅い。
相手は既に商売として本を出している先生だ。
それぐらい重々承知だろう。
とはいえ、唯莉さんはそれを心底嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。
「練習して、読んで、また作品にして……大衆には受けへん、売れへんのは判っとるけど、かいてしまうんや。
誰か一人でも読んでくれたら嬉しいと。
商売気が無い部分で描けるし、あれやこれやと作る側の自由で出来るんが即売会やし、同人や」
過去を見つめるように遠目をしながら、
「上手い人ならこういうのも纏められるんやけど、でけへん。
したいと出来るってのを乖離するというのはよくある話なの判っとるんやけどね?」
そして最後を絞める。
「したいことと出来ることの差ですか……」
「そや、妥協と言うかもしれんけど」
言われ、その言葉は私の心に染み渡ってきた。
だから、私はこの人に聞いたのだろう。
「将来したいこともまだ、見つからない場合はどうしたらいいんでしょうか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます