第143話 イベント開始ですが、なにか?

「おかえり、初音、燦。

 迷わなかったな」


 っとブースを整えているしどー君が迎えてくれる。

 主催者の唯莉さんは、開始前の挨拶だと、本を持って出かけて行ったらしい。

 良く判らないが、そういう風習があるのだそうだ。

 スタッフにも知り合いがいるとか、何とか。

 さて、


「……似合う?」


 私達を観て感想を悩んでいた、しどー君へ促す。


「似合わないわけ無いだろ。

 見惚れてた。

 言葉が出てこなかった程だ」

 

 っと、言ってくれる。

 私は、私の名前の読み替えの例のあれだ。

 青? 翠? 色の長いツインテールウィッグをし、近未来的なテカテカな上着。

 アームカバーには、基盤が付いている。

 なお、ちょっと胸を締めて小さくしている。

 つまり初音・三駆。

 これ以上はヤバいので言えない。


「いえーい」


 とはいえ、しどー君が褒めてくれたので嬉しくなってしまう。

 抱き着いておく。


「キャラは踏襲……いや、マスターが自由に設定できるからいいのか」

「そうよ?

 だから非現実的な髪の毛の色らしいし。

 つまり、しどー君色に染め放題!

 たっぷりと白いのでも!」

「初音!」


 久しぶりに頭を抱えるしどー君である。

 ちょっと祭りの雰囲気に当てられて興奮気味かもしれない、反省。


「じゃぁ、次、燦ちゃん」


 っと、前に出す。

 いつもつけている後ろリボンよりサイズが一回り大きな白い蝶型をつけた燦ちゃん。

 私の後ろからおずおずと前に出る。

 しどー君が完全に止まってようやく、言葉を切り出す。


「……制服?

 似合ってはいるんだが、あれ?」

「ん?

 ウチの学校の制服でしょ、これ?

 燦ちゃん用のを編入前に用意してくれたオチかとも思ったんだけど」

「いや、燦のコスチューム内容は六道氏に任せる約束でな?

 初音とどのキャラでお揃いにするか悩んでたのを観ているから意外で」


 しどー君が珍しく戸惑いを見せている。

 燦ちゃんへと書かれていたので、間違いない筈なのだが。

 私達は三人で顔を見合わせてしまう。


「おー、やっぱしイメージ通りや」


 ……と、そこに関西弁幼女もどきこと唯莉さんが帰ってきた。


「勝手に変えさせてもろた、ウチの作品のキャラに。

 これも売り子としての役目の内やと思ってや?」

「あ、はい」


 クフフと笑う雇い主に、呆気にとられてしまうしどー君である。

 なんというか、自由な方らしい。


「そもそもウチの学校の制服ですよね、これ……」

「せやな。

 ひとつ前の作品の舞台がそこで、イメージを膨らませるために久しぶりにうてたんや。

 知っての通り、内容は何でも出来る姉に嫉妬して、彼氏を寝とって自信をつけようとする真面目系な巨乳妹の話やけどな」

「あ、読みました!

 空回り具合に親近感を覚えてました!

 周りが勘違いしていき大事おおごとになるドミノ!

 それがいつ崩れるのがハラハラでした!」

「ふふー、そう言ってくれると作者冥利につきるわー。

 そこの姉さんは読んで無いようやし、ネタバレはご法度やで?」


 その話を聞いて興奮気味な燦ちゃんに何ともピッタシ過ぎるお話である。

 なお、ヒロインの設定だけ聞くとエロ本な気がしないでもない。


「あれ、久しぶりって……もしかして舞高のOB?」

「せやでー。

 当時、ウチは小さすぎて着れへんかったんやけどな!

 ……はあ……青春……」


 ズーンと机に突っ伏す唯莉さん。

 小さい体も悩みが多いらしい。


「さて気を取りなおそ、今日は売れ残らんとええけど」

「ぇ、何本もドラマ化してて小説家としても脚本家としても有名なのに、売れ残るんですか?」

「裏設定本とかは売り切れるんやけど……趣味、というか本来成りたかったものの方が……」

「本来、成りたかったものですか?」

「せや。

 人生ままならんという話やけど……」


 っと、燦ちゃんに唯莉さんが答えようとしている間に館内放送が流れ始める。

 すると、周りの人たちも色めきだつ。


「ぉ、始まるで。

 凄いからよーくみといたらええ」

『これより開始いたします!』


 っと、掛け声とともに、ゲートから大きな音が鳴り始める。

 ドドドドドという音が鳴り響き、まるでオジサンに連れられて行った京都競馬場のようだ。


『走らないでください! 走らないでください!』


 人の波が競歩レベルの速さで押し寄せてくる。

 そしてそれがスタッフの誘導のまま、外に回される様は氾濫する一歩手前の川の流れのようだとも感じてしまうほどの迫力がある。


「凄いわね……何というか鬼気迫る感がヤバい」

「あぁ……」

「ウチのサークルは二番、三番手以降が多いさかい気楽にやでー?」


 大抵は外の壁サークルに並んでいる様だ。

 人気のあるサークルは列で邪魔にならないように外に列を形成できるようにしていうらしい。


「いつもお疲れ様ですー」


 っと言っている間にも、人が来る。

 女性だ。


「ありがとなー、こんなところにいつも最初にきてもうて」

「いえいえ、ファンですから!

 あれ、こっちのコスの子は先生の作品のヒロインですか?」

「せやせや、そのモデルや」

「イメージ通りですね、ほんとに……」


 燦ちゃんがジロジロと観られる。

 顔を真っ赤にする燦ちゃんが可愛い。


「あ、長居してもあれなので今回も新刊下さい!」

「うら本二種各五百円と絵本一冊千円であわせて二千円でよろしゅー」


 っと、お客にニコニコと対応している。

 そして去っていく最初のお客さん。


「常連さんやあれは。

 ほんま励みになるわ。

 さてさて、レジはこんな感じで真似してくれたらええ。

 この小冊子が二種類あるから気をつけてな?

 一五分後ぐらいから、列が長くなると思うさかい、それの整理をマジメガネと燦ちゃん。

 そうなったらレジは姉ちゃんと唯莉さんでやるで」

「判ったわ」「了解」「はい」


 っと、指示通りに動いてく。

 さてさて、しばらくすると人が集まってきて、小さな列ができ始める。

 知名度という奴だろう。


「ちょっとごめんな」


 っと、唯莉さんの姿が消えた。


「お兄さん、あかんで、盗撮は」

「く……!」

「データ消しいや。

 スタッフ呼ぶで?」


 柱の陰に居た人物に対応して戻ってくる。


「ごめんなー、一人で対応させてもうて」

「いえいえ。

 あぁいう無作法な輩は結構いるの?」

「昔からおるな。

 まぁ、最近はスマホの普及もあって増えてるような気もするわ。

 母数が増えたからかルールを読まん人もそれに比例して増えとるし」


 寂しそうに笑う唯莉さん。


「こんなこと言うてると、年取ったと思うわ。

 体は成長せんのやけどな?」


 京都人らしい自嘲ネタで締める唯莉さんであった。

 こんな感じで祭りが始まった。



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