即売会日和

第142話 イベント開始前ですが、なにか?

「結構絞ったわね……。

 回数してないのに」


 ムクリと起き上がるとしどー君の呑気そうな寝息が聞こえる。

 立ち上がると違和感。

 下を観る。

 どっぷりと流し込まれた白いのが零れ出た後がびっしりだ。


「うぇへへ……」


 嬉しくなってしまう。

 たくさん愛してくれたのが判るからだ。

 流石に夜景観ながらの窓際プレイとかはインモラルすぎた。

 しどー君の言葉攻めも絶好調だった。


『初音、ほら下観てみ、色んな人がランドマークタワーに目線向けてるだろ』

『んっ、あ、ん……やぁ……』

『ほら、目線が合った、観てるぞ、あの子供はこっちを』


 てな具合に胸をガラスに押し付けられながら後ろからされた。

 燦ちゃんも並べてたので、よくばりしどー君である。

 ガラスにべったり手あかや型がついてるので、拭いておく。


「……さすがにね?」


 時間を観れば五時、晩御飯を食べてからしていた時間を考えれば、六時間は寝ている。

 健康的だ。

 流石に夜通しは健康的ではない。


「しどー君、おきろー」


 うにーっと頬っぺたを伸ばす。

 これで瞼が開き始めるので、下に手を伸ばして引っ張ってやる。


「初音!」

「ふふ、朝から元気ね。

 一発抜く?」


 ペロリと舌で指を舐めて、示す。


「時間が無いし、抜くわけないだろ……さて、シャワー浴びてくる」


 その背中を見送りながら、「むにゃむにゃもう食べられないよう」と寝ぼけた燦ちゃんはベッドの下に蹴飛ばしておいた。

 これぐらいの扱いで良い。

 

「ねむひ……」


 そんなわけで、私たちは会場へと向かっている。

 朝御飯を早々と終わらせ七時に桜木町駅を出、京浜東北線で東京方面へ。


「十時イベント開始ですけど、なんでこんなに早いんですか……」

「九時にサークル参加者の入場を打ち切ってしまうらしいからな。

 後、頼んでる衣装の受け取りもサークルでの現地だからな。

 一時間余裕を観ている」

「zzz」


 言われている間に眠りこけてしまう燦ちゃんである。

 横浜駅、川崎駅と通過するたびに人が増えていく。

 何というかオーラが鬼気迫る人達もいて、正直、怖いレベルである。

 大井町前で燦ちゃんを起こし、乗り換えだ。


「「「うわ……」」」


 私達三人は惨状を観て零す。

 駅内で既に長蛇の列だ。

 とはいえ、東京の便の良さもあってどんどん人を飲み込んでは、列が進んでいく。

 そしてようやくたどり着くのは、


「あれが本物の逆三角形の建物……!」


 燦ちゃんが興奮気味に言うのもわからではない。

 昨日、同じような建物を横浜ふ頭で見たが、大きさが違う。


「テレビでもよく映るわよね。

 この長蛇の列と一緒に」


 私はうんざりとしながら列を眺める。

 人、人、人、人、人、人……なんで森みたいに人三人で文字が無いのだろうかと疑問に思うぐらいの人の量だ。


「ちょっとこれは人に酔いそう……」


 今まにない混雑である。

 確か伊勢丹やら、錦通りやら、稲荷大社の狭い空間でなら年末これぐらいの密度になり得るが、ちょっとここまでの混雑、広大な駅から会場までをびっしりと人が埋めるレベルではない。

 ちょっと甘く見ていた気がする。


「離れるなよ、流石にはぐれたら回収できない」


 っと、私たちの手を繋ぐしどー君。

 時折、なんだこのハーレムメガネという視点も向けられているが、大抵は手元の分厚いカタログにすぐ視線が戻る。

 皆、その眼は血走っており、まるで宝の地図を観ているかのようだ。

 トランシーバーを持っていたり、まるで戦場のようなカッコの人たちもいる。


「サークル参加はこっちだってさ」


 入場口付近なんかは特に鬼気迫るモノを感じる。

 聞いた話だが、徹夜組なんかが前に居るらしい。

 確かに寝ている人もチラホラ。

 体調は万全にしてから参加しないと危ないのによくやるものだとは思うが。

 さてさて、そんな狂乱の場から逃げる様に入場していく。


「やっほー、燦ちゃんと士道の息子ー」


 っと、西口会場の壁際。

 見知った顔でブンブンと手を燦ちゃんとしどー君に振ってくる。


「誰、この幼女……」

「平沼・唯莉さん。

 委員長妹の母親だ」

「はは……おや?」


 どう見ても幼女である。

 年のころはノノちゃんぐらいにしか見えない。

 肌の張り、背、顔つき、全部が幼い。


「はじめましてやでー。

 噂は鳳凰寺の所と、美怜ちゃんから聞いとる」


 ペコリと頭を下げてくれる姿は小学生姿だが、体さばきが奇麗だ。


「おどろくわなー。

 こんな小さな体やし。

 今日も若いスタッフに間違えられたわ……」


 私が眼を見開き驚いていたのに気づいたのだろう。

 そう説明してくれる遠い目の唯莉さんである。


「いや、あの、平沼ちゃんと比べて胸の辺りが寂しすぎて、そのイメージがですね?

 白い髪の毛だけみれば、あ、親子なんだとは思うんですけど。

 あと背がミニマムサイズに収まっている所とかですかね」

「あはは、そやね。

 それと内容と一緒で砕けた口調でええで?」

「わかりま……判ったわ。

 よろしく、えっと」

「唯莉さんでええで?」

「唯莉さん」


 っと握手をする。

 ……かなり、力強い手の感じがした。


「さておき、今日は手伝ってもらえるって話で、ホンマ助かるわー。

 先ずは鳳凰寺から預かったコス渡すさかい、きがえてきてやー」


 っと渡される、唯莉さんの体程あるトランクケース一個。


「事前にルールは読んできたんやね?」

「はい、大丈夫です!」

「私も平気よ」

「なら、行ってらっしゃいやでー、きをつけてやー」


 っと、唯莉さんとしどー君に送り出される私達。

 迷いそうになりながらも、同じような目的の人を見つけて流れに乗り、そのまま辿り着く。

 既に体は疲れている気がするが、精神的にはワクワクしている自分が居る。

 周りから伝わるお祭り前のソワソワとした盛り上がりに当てられている気がする。

 周りを観れば、いろんな人たちが居る。


「あれ、初音さん」

「おいっす、平沼ちゃん」


 っと知り合いを見つける。

 全体的な白い姿の委員長妹こと、平沼・美怜だ。

 素の状態でもコスプレっぽく見える、アルビノ天然素材である。

 しかし、今来ているコスチュームが近未来的なテカテカした学生服っぽい何かと白い猫耳をつけている。

 あと胸が強調されている。


「デカい……」


 燦ちゃんが何か言っている。

 私が知っている限り、この百五十㎝満たない白い体に備わっているのはJカップだ。

 何というか、規格外なので気にしても仕方ない気がするし、そもそも私は可愛い系ではない。


「初音さん達の方がバランスよくて羨ましいんだよ」

「ソラの方が背丈とか、スラリとした感じで大人っぽいでしょ?

 確か百七十超えてるんだっけ。

 私達は何とか百六十の後半よ」


 ちなみにしどー君は百七十二だ。


「ソラさんは胸が無いので……奇麗だとは思うんだけど」

「あぁ……」


 嘆きの壁とまではいかないが、かなり薄めのお嬢である。


「で、平沼さんは唯莉さんのお手伝い?」

「学校のコンピュータ部の方だよ。

 アバターでの販促も兼ねて」


 言われて思い出すのは夏祭りのブースだ。

 委員長シスコンが全力で妹似のアバターを作り出し、それに学校案内させていた。

 あの情熱は何というか、凄いと思う。


「Vチューバ―でもやるき?」

「ぼちぼちと、ゲーム実況をお試しがてら」

「それはそれで面白そうね、今度見せて」


 っと、こんな話をしながら私達も着替えていく。

 祭りが始まろうとしている。

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