第141話 乙女心とマジメガネですが、なにか?
「燦ちゃん、べたべたしすぎ!」
「ふーんだ、もっとするもん」
いい加減にしろと、とりあえず頭を叩いておく。
あの後、観覧車に乗り込んだ私を含めてイチャイチャしながら、夕日を眺めた。
……と言っても流石に公共の場なので、キスだけだが。
さておき、周りは夕闇に飲まれていき、みなとみらいの遊園地もライトアップされていく。
奇麗だ。
それを横目に私達は桜木町駅方面へと歩いている最中だ。
「えへへー」
嬉しそうに、左手の薬指にはまったそれをライトアップにかざす燦ちゃん。
私とお揃いだ。
「まぁ、燦も往来の邪魔にならないようにな」
「はーい♡」
さっきから語尾にハートマークが見える。
姉としては元気になった妹を観るのは嬉しいのだが、女としてはちょっと複雑にもなる。
正直、ウザったい。
燦ちゃんならばと切り捨てている嫉妬心がムクムクと復活してくる。
それは良くないなと思いながら、
「むっ……」
自分を主張しようとしどー君の左腕に抱き着いてしまう。
しどー君はそんな醜い私にも笑顔を向けてくれる。
安心感が浮かぶと共に罪悪感も浮かんでくる。
妹の幸せを素直に喜べないのは悪い姉だ、良くない。
「ついたついた」
っと、しどー君が示すのはお目当てのロープウェイ乗り場だ。
昼間、水陸両用バスから眺めたモノだ。
しどー君としては空中散歩を気取りたいらしい。
何だかんだ、しどー君、高い所と夜景が好きな気がする。
馬鹿と煙はというが、しどー君は馬鹿ではない筈だ。
列に並んでいく。
夏休みという事もあって結構並んでいる。
「……あれ、燦ちゃんは?」
列に並ぶ前にトイレと言ったきり帰ってこない妹である。
ゴンドラの前まで来てしまった。
二度あることは三度ある……またかと思い、私は妹を探し出そうと列を離れようとするが、しどー君に手を掴まれる。
へ? っと思い彼を観ると、
「席を外して貰ったんだ。
大丈夫だ」
っと、真剣な顔で言われる。
ゴンドラに乗り込み、動き始めると下で手に持ったスマホをブンブンと振っている燦ちゃんの姿が見えた。
何というか、燦ちゃんに振り回されすぎた関東初日な気がする。
「とはいえ、奇麗ね。
やっぱり視点を変えると見えるモノも違うわ。
超高層ホテルの上からも観た景色が楽しみよね?」
「あぁ、そうだな」
それはまるで宝石箱の展覧会。
色んなビルが煌びやかに照らし、下を観れば、道の街頭もキラキラとしている。
水面もそれらの光を柔らかく照り返して、幻想的だ。
「で、どうしたの?
改めて話って」
「初音。
燦に指輪をあけたんだ」
「知ってる。
あの子、ニコニコと、いやニタニタと指輪観てたし。
良かったじゃない」
とはいえ、しどー君の顔が少し怖い。
全く、このマジメガネはと思いながら私から声を掛けることにする。
「なに思い詰めた顔してんのよ」
「……初音は僕を責める権利がある」
「今さら二股の件?
それは私が勧めたことだし、責められるべきは私だって結論よ?」
笑みを浮かべておく。
予想通りだ。
どうせそんなことだろうと思った。
「違う」
しどー君の否定が来た。
「……となると、燦ちゃんのことが本気で好きになって、私から心離れちゃって別れ話でも切り出したいの?
言ってて、嫌になるわね、これは」
冗談でもいうべきでは無いと後悔した。
別れると言われたら、私はどうなってしまうのだろう。
怖いと、震えてしまう。
私は弱くなったもんだ。
「半分正解だ」
「へ……、私と別れたいって……こと?」
意識が空白になった感じだ。
その後襲い掛かってきたのは喪失感。
しどー君を観る視界が水中にいるかのように歪んでくる。
ヤバい、胸が張り裂けそうで呼吸がマラソンの後のようにバクバクし、吐き気を催してくる。
脳がガンガンする。
「それは違う!」
っと慌てた様子で私に抱き着いてくれるしどー君だ。
彼の匂いと温かさが私を包んで落ち着かせてくれる。
思えば、しどー君も香水をつけるようになったね、っと現実逃避している思考に浮かぶ。
「僕は君を何があっても一緒だ!
これは誓って言う!」
「あ、うん……ごめん、ネガティブになってた。
あんまり私も燦ちゃんの事言えないわね。
ホント、私、しどー君のことに関してはネガティブになりやすいわ」
弱い私すぎる、らしくない。
ビッチで似合わないと悩み、姉として妹への嫉妬に悩み、今だって女として捨てられる想像に悩まされた。
これが恋や愛のなせるものと言うのなら、神様は人間に意地悪すぎる。
こんなにも自分を追い詰めるように作らなくてもいいのに。
「で、何が半分なのよ」
私は八つ当たり気味にしどー君へ強い視線を向ける。
睨みつけになっているのか、しどー君がうっと、狼狽える。
「本気で好きになった所だ」
「それは前からでしょ……はぁ……」
ため息をつくと落ち着けてくる。
いつも通りの私達だ。
こんなことでも一般的にはすれ違いが起きるらしいが、慣れたものだ。
「私の言い方が悪かったのか、しどー君が真面目過ぎるのが悪かったのか、きっと半分よね?」
「僕が悪いんだ。
すまない」
「私も悪いのよ」
お互いに笑みを浮かべあう。
大抵、お互いが悪いし、意固地にならないのが良い。
それにウチの彼氏の場合は、自分の悪を認めることに躊躇が無い。
良い彼氏さんだ。
「で、結局何なのよ」
「燦のことを、一瞬とはいえ、初音よりもと考えてしまった。
暴漢に襲われた時に庇おうとした時、それとそれに対して僕が今後、強くなると約束した時だ」
「なーんだ、そんなこと……」
っと、軽く流そうとし、
「うーん、殺すわ」
私の中で明確な嫉妬が産まれて言葉を変えた。
「しどー君、何! それ!
私よりも胸が大きい妹の方が良いって!
ああん?
絶対、今日寝かさない、搾り取る。
改めて、私の魅力をしどー君に植え付けてやる!
胸で絞る!
生でやってキュッキュと締め付けてやる!
絞り殺してやる!」
「おちつけ、初音!」
「落ち着いてられるかー!
戦争じゃ、戦争!
性戦よ! 性戦よ!」
っと、私は既に臨戦態勢だ。
ジーパンシャツに上着を羽織っていた私は、まず上着を椅子に投げる。
そしてシャツの前二つのボタンを外し、抱き着いて押し倒す。
ゴンドラが大きく揺れるが、構うモノか。
「しどー君……私が一番なの……」
そして私はエグエグと泣き出してしまう。
何というか、私自身、初めての感情で戸惑いを覚える。
悲しいでも無く、怒りでも無く、純粋に私が一番だと訴えかけたいだけだ。
メンドクサイ女になっているのは重々承知だ。
「すまない。
悲しませるつもりは全くないんだ。
責めてくれていい。
僕だって初音が一番だし、これは義務感でも何でもなく、心から湧き出る衝動だ。
正直、僕も一瞬、なんでそんな考えが浮かんで悩んでしまった程だ。
そして、初音には嘘をつきたくなかった。
だから、伝えたかったし、初音と話をして安心したかったんだ」
「マジメガネぇ……馬鹿よ、ホントあんたは……」
この彼氏、マジメガネすぎる。
言わなくても良い事なのに、私に悪いと気を使いすぎてくれたのだ。
「女を騙しとおすことぐらい覚えなさいよ……。
そんなことを思ってもおくびにも出しちゃいけないの!
いい女は気づいても黙っててあげるんだから!
私の所に絶対戻ってくれると信じられるから」
「初音は自分で気づいたらネガティブになりそうだし。
事実、初音の元に帰ってきた今も襲い掛かって来たしな?」
「……否定できないのがあれよね」
私の事を私以上によく理解してくれるしどー君だ。
く、嬉しい。
「初音にだけはちゃんと言う。
これからもだ」
「うう、どう反応したらいいか判らないわよ!」
イライラと嬉しさが私の中で共存している感情が渦を巻いていて、どうにもならなくなってしまう。
顏はニヤニヤとしている私だが、拳を振り上げてポコポコとしどー君の胸元を叩いてしまう。
『ゴンドラで大きな揺れを感知しました、安全の為、緊急停止します。
しばらくお待ちください』
「「あ」」
そしてついには動きを止めてしまうゴンドラというオチが付いた。
突発的な強風が吹いたという話を後で聞いたが、その時の私たちは慌ててしまったのであった。
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