第140話 観覧車な妹ですが、どうしよう。

「燦、何か思い詰めてるだろ」


 と、先手は目の前の誠一さんだった。

 私としどーさんは、観覧車に二人きり。

 いつもだったら、足が浮き立つシチュエーションなのだが、今はちょっとツライ。

 夕暮れ時、ムードは抜群だが、箱の中は棺桶のように感じてしまう。


「……」


 どう答えていいか悩んでしまい、言葉を紡げない。

 姉ぇはちょっと二人で話すからと誠一さんの言葉で、下で待機している。

 何だかんだ二人きりなのは久しぶりな気がする。


「悩んでるのはあのクラスメートの件じゃないんだな?

 自分が弱いと、何も出来ないとそう考えてるんじゃないか?」


 相変わらずちゃんと見てくれている誠一さんの言葉が私を抉る。

 正論や正解は時として凶器になる。

 とはいえ、誠一さんのそういうストレートな所は、逆に私を気遣ってくれているのは良く判る訳でして。


「……ううう……誠一さんんん……」


 私は堪えていたモノが崩壊してしまった。

 涙が零れていく。

 えぐえぐ、っと涙を零し、私は手でそれを抑えようとするが、あふれ出てしまう。

 誠一さんは私を抱きしめてくれようとするが、拒否してしまう。


「燦……」


 手を振り払われた誠一さんが私に眼を開いてくる。

 決して、誠一さんが嫌いになった訳では無い。

 むしろ大好きだからこそ、私自身がそれを許さなかったのだ。


「私に誠一さんに優しくして貰う権利は無いんです!

 あの時、誠一さんは、私を抱き締めて隠してくれました!

 それはとても嬉しくて、スゴく安心しました!」


 包み隠さず気持ちを爆発させる。

 嬉しいという気持ちは嘘偽りない。

 けれども、同時に、


「けど、私は危険に誠一さんを巻き込んでしまった!

 私が、私が未熟なばかりに!

 私なんかいない方が!」


 はぁっと、誠一さんが呆れたような吐息を私に零す。

 当然だろう。

 私は出来損ないだ。


「すまない」


 だが、私の思考は止められた。

 誠一さんが、頭を下げていたのだ。


「燦はネガティブになる必要は無い。

 そんな風に考えさせてしまう僕が悪いんだ」

「そんな……。

 私が悪いんです、私が!」

「悪くない!」


 睨み合ってしまう。

 お互いがお互いの事を考えているのに、自身が悪いと言いあっているのだ。

 まるでハリネズミが相手を傷つけないように距離を取っているようにも感じる。


「聞け」


 誠一さんが怒気を含んだような命令口調で私に言う。

 私の体が命令の通り、ピタリと止まってしまうのはよく調教されているという事でもある。

 体が覚えてしまっており、ジュンと体の奥が火照ってしまうが、同時に意識ははっきりしてくる。


「イイ子だ」


 誠一さんがそんな様子を観て、笑みを浮かべてくれるのが嬉しくなってしまう。

 どうしたって私は彼のモノなのだ。


「僕は初音と燦の両方を選んだんだ」


 強い眼差しを私に向けて続ける。


「もし燦が不足を感じるようなら僕は君を助ける。

 不足点は指摘するが、それだけで終わる無責任はしない」 


 笑顔が崩れて、力が抜ける。

 弱弱しさを感じる。


「確かに唯莉さんたちみたいに、卓越した格闘センスはない。

 それに僕は正直、天才ではない。

 努力してようやくそういう人たちと対等になれる程度だ。

 頼りないと思う」


 自分の力の無さを言う彼が私に被った。

 姉ぇと比べて、誠一さんに比べて……私は弱気になっている。

 何度も何度もだ。

 その比べてしまう対象も上が居るのだ。


「今日の件は不甲斐なさも覚えた。

 好きな女を庇うぐらいしかできないのかと。

 それを謝りたかったのも有るんだ。

 不甲斐ない所を見せた、もっと頼れるようになると言いたかったんだ」

「あ……」


 誠一さんが自分の弱さを私に吐露するのは珍しい。

 いつもなら姉ぇの役目だ。

 私だけでは無いという、誠一さんの吐露が私に安心感を与えてくれる。


「だから頼ってくれ。

 燦の盾ぐらいにはなれるし、矛にもなれる」

「せ、いいちさん……」


 あ、感情が、溢れそうになってくる。

 凄く暖かかくて、嬉しくて。

 誠一さんは私のことを本気で考えてくれている。


「燦が悩むなら僕も悩むし、初音も悩む。

 燦は僕が選んだ人だ。

 それだけは覚えておいてくれ」


 強い眼差しに切り替わる。

 決意が見える、私が好きになった誠一さんだ。


「いいんですか……誠一さん……。

 私、もっと迷惑かけますよ、きっと」

「いいんだ」

「いいんですか、誠一さん。

 私、お荷物ですよ?」

「いいんだ」

「えっとえっと……」

「いいんだ、だから、身を委ねてくれ」


 ポフンと私を抱きかかえる誠一さん。

 一番上に到達した観覧車が一方向に重量が偏り、少し傾く。 


「……誠一さん、ごめんなさい……。

 ネガティブになってしまいました」

「僕と初音が悪い。

 追い詰めるようなことを言った後のフォローが足りて無かったんだ。

 僕自身が思い当たる所があって、そこまで気が回らなかった。

 申し訳ない」

「誠一さん、ずずず……そんなこと……ずず……なひでふ……」


 愛しい人の胸に顔をうずめながら、表情を隠しながら言う。

 いま、顔を観られると気まずい。

 鼻水まで垂れてしまっおり、ムードの欠片も無い。


「燦の魅力な、改めて答えておく」


 そんな私に気付いて、ハンカチで拭ってくれる。

 何というか、凄く気まずい。

 同時に嬉しくなってしまう。


「はふ?」

「力を貸したくなるところだ。

 君には人を惹きつける力がある。

 ある種の天性の才能だと思うが……思い返して欲しい。

 悪い例だと、痴漢されたり、虐めの対象になったりする。

 良い例だと色んな人に好かれている日野兄弟や小学生の子供達、それに他にもだ。

 燦は何だかんだ、人の注目を集めるんだ」


 言われれば、確かにだ。


「それは初音には無いモノだ。

 初音は何だかんだ、自分から切り込んでいかないと切り開けない。

 だが燦、君はその魅力で色んな人の助力を得ることが出来る。

 頼めば、きっと誰であろうと、転がすことが出来るだろう」

「傾国か何かですかね……」


 歴史書や小説に出てくる国を滅ぼした美女が浮かぶ。

 妲己とか、楊貴妃とか。


「あー、良い例だ。

 多分、その類だと思う」

「……持ち上げすぎですよ……。

 流石に歴史上の美女と同じレベルだとこそばゆいです」


 でも、言われていて悪い気分にはならない。

 どこかしっくり来ている部分があるのだ。


「……やりたいことも見つかってないですし?」


 言っていて違和感があった。

 ん? なんだろう?

 自分に問いかけるが答えは出ない。


「いいさ、ゆっくりでいい。

 僕と初音が速かっただけだ。

 燦のなりたいがあるのなら、僕は全力で応援する」


 優しく私の頭を撫でてくれるしどーさんの手が温かい。


「それとこれな、もうちょっとムードがある所で渡したかったんだが、

 燦は僕のだとちゃんと示しておいた方が良い気がするから、後悔が無いうちに渡しておく」


 っと箱が出てくる。


「溜まったから買っておいたんだ」

「へ……?」


 彼が開けると、姉ぇのつけてるのと同じリングだ。

 つまり、婚約指輪でして……。


「えあ、え……」


 変な言葉が漏れてしまう。

 誠一さんが、私の左薬指に着けてくれるとピッタリだ。

 嬉しいを通り越して、泣けてきてしまう。


「す、すみません。

 不意打ちすぎて、本当にこんな私で、不安に思ってたのに……。

 ズルいです……。

 こんなことされたら、ずっと頼りきりになっちゃいますよ?」

「僕も頼らせてもらうから良いさ」


 誠一さんがギュッと抱きしめてくれる。

 離さないぞと、言わんばかりだ。

 それが伝わってきた私は今までにない、充足感を得ながら、彼に口づけを求めるのだった。


「お熱い事で」


 っと、深いキスの最中に開かれた扉から姉ぇが呆れて観てきたオチは付いたが。

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