第139話 逃走中の妹だけど、どうしよう……

「そんなに私、ダメかな……」


 悩みを口にしながらトイレを済ませる。

 姉ぇや、誠一さんに言われたことが胸を締め付けている。

 確かに私は抜けることが多い。

 学校でも真面目が空転したりするのは事実だが、ああも言われたら凹む。

 とはいえ、誠一さんは、ゆっくりでいいし、燦の魅力は判ってるからと抱きしめてくれたので、わだかまりは少しだけマシになったわけだが。

 これからを考えるべきだとも。


「とはいえ、二人と比べると私だけ頼りないのは確かだし。

 これからと言っても、私に夢もないしなあ……」


 姉ぇや誠一さんのように医者になると言えれば何と楽だっただろうか。

 成績的には問題ないだろうがしっくり来ない。

 お嫁さん! というのも何か違う。

 そもそもに私は正妻ポジションではない訳だが、そうでなくてもしっくりこない。

 二人を支えるという意味では正しいかもしれないけど、なにか違う。


「なんだかなぁ……」


 青春といえば確かにだが、悩む身には大変だ。


「「あ」」


 私が二階のトイレから出て、その人に出会ったのは完全に想定外だった。

 よもや二度と会わないと思っていた人物だ。

 ニヤリと相手は笑う。


「お久しぶりね、初音さん。

 元気してた?」


 相手が笑いかけてくる。

 短くなった髪の毛がチリチリと痛む感じを覚える。

 彼女は少しやつれていたが、あのクラスメートに間違いない。

 緊張で喉が乾くのが判る。


「……お陰さまで。

 謹慎中では?」

「辞める学校に従ういわれはないよねー?

 と言っても、ちゃんと報告して許可取ってあるわよ?

 まぁ、家に居ると、会社を潰されたお父さんが暴力ふるうし、それを問題だと関東の親戚の家で居候させて貰ってるってね?

 ここに居たのは偶々だし、そこは埼玉なんだけどね?

 ちょっと気晴らしに足を延ばしに来たのよ。

 ここまでは流石に関与されないしねー」


 興奮気味で、饒舌だ。

 確かに言葉数が多い方ではあったが、マシンガンのように言うタイプでは無かった筈だ。


「なるほど……」


 親の方に手を回したのは恐らく誠一さんかもしれない。

 徹底的にやると言っていた。

 

「まぁ、それはそれで問題ないんだけどね。

 日野君は元気?」

「まぁ、いつも通りです」

「そっか、よかった」


 っと、彼女は嬉しそうに述べ、次には表情を憂いに沈める。


「一個だけ残念なことがあったからなぁ……」


 嫌な予感が私の脳裏に走る。

 足に力を籠める。

 相手はカバンの中に手を入れ、


「二度と貴方を痛め付けられないかと……それが!

 ざんねんでざんねんで!」


 手元に煌めくモノが見えた。

 ハサミだ。

 それと共に飛びかかってきたので、かわし、軽く押す。

 相手は床に倒れるが、逃げ道を探す。

 上へ行く階段が遠い。

 相手が起き上がる。

 姉ぇだけならともかく、ソラさん達を巻き込むのは下策だ。

 ならばと、私は店から飛び出した。


「まってよ!

 あははは!」


 明らかにヤバイやつだ。

 人混みを避けるために裏道をかけていくこともり、元とはいえ、陸上部だった私が逃げ切れない。

 大通りに出、川を渡り、登り道へ。


「くっ……!」


 最近、運動してないツケが出ている。

 自分自身の体が重く、呼吸が上がってくる。

 坂を駆けあがった時点で大分ツライ。

 後ろを観れば、相手は精神が体を超過しているらしく、速度こそ遅いが意気揚々とまるでスキップするかのようにも見える。

 視界が広がる。

 海の見える丘公園だ。

 人もある程度いる。

 ドラマなどでよく見たことがある場所で、感慨深いものを覚えるが、よくヒロインがここで捕まることを思い出すと、嫌な予感めいたモノが脳裏に駆け巡る。


「ん、燦?」 

「誠一さん!」


 ふと聞き覚えのある声に私は彼の体を見つけ、思わず飛び込んでしまうが、状況はマズい。

 とはいえ、一度安心感を覚えてしまったからか、私の足が動かなくなっている。


「なんや、さっきの燦ちゃんやんけ。

 慌ててどないしたん?」


 ふと、聞き覚えが少ししかない声も心配声を掛けてくれる。

 眼を向ければ、小さな白い姿、平沼・唯莉さんだ。

 それにその隣には、いつぞや見たことがある白い委員長さんも居る。

 打合せはここで行っていたようだ。


「あの、逃げて!」


 私は声を振り絞り、走ってきた道を指さすと、そこには彼女の姿があった。

 幽鬼のように揺らめいても見える。


「あいつは……!」


 誠一さんが私を隠すように抱きかかえて、前に出てくれる。

 体力は増えてきたとはいえ、運動系ではない誠一さんなのに、私のためにだ。

 場を弁えず、嬉しくなってしまう。


「……んー、なんや鬼気迫るもんかんじるわ」

「確か、お父さんが依頼されてた対象だと思うが……抜かったようだね?」

「そーなん?」


 はぁ、っと委員長さんがため息をつく。


「士道、これは借り一でいいかね?

 この前までの貸しは違う件で返して貰う約束してしまっているし。

 親の不手際はちゃんとした上でだ」

「それで構わない」


 委員長さんが前に出ようとするが、


「ええよ、唯莉さんに任しとき。

 夫の不手際やし、燦ちゃんにはさっきの恩もある。

 カッコつけたい。

 それに人目もあるさかい、その後の説得力は必要やろ?

 望、これまわしててな?」


 っと、それを抑えて更に前へと出る小さい体。

 委員長さんにビデオカメラを渡しながら、運動会で気張る子供のように腕をブンブンと振る。


「え、あ?」

「手加減わすれないように」

「そりゃ、もち」


 クフフと笑い、自然体で立つ、


「やろか」


 小さい後ろ姿からは想像できない感覚が私に襲い掛かった。

 ブワっと体中の毛穴が開いたような感覚だ。

 恐怖。

 そう恐怖だ。


「……っ!」


 彼女もその幼女の姿に気圧されたのか、距離を詰められずにいる。

 目標である、私はここに居るのに、その前の障害が小さいのに、熊のように強大に見えているのかもしれない。


「邪魔だあ!」


 大きく振り上げられるハサミ。

 そして加速して、振り落とされるようにし、


「そんな簡単に大振りで飛び込んだらあかんで?」


 そんな言葉と共に、ハサミを持った手が弾き飛ばされていた。

 蹴りだ。

 空中にポンと軽く飛んで放たれた唯莉さんの右足蹴りが手を横からはたき飛ばしたのだ。


「手加減するさかい、耐えてや?」


 そして続けざまに斜め横一回転するように放たれた左足回し蹴りが、顎を捉える。

 ガッという鈍い音がした。


「終わりや」


 唯莉さんの言葉とともに、マリオネットの糸が切れたように地面に倒れこむ彼女。


「……生きとるな?」


 ガクンガクンと痙攣してる彼女をみて、一瞬、焦ったように見えた唯莉さんであったが、


「というわけで、資料撮影終わり!

 望、ビデオとめてやー?

 皆様、ご迷惑おかけしました!」


 と、声を張り上げる。

 すると「なーんだ、撮影か。小さい子が本気で勝てるわけないもんな」「あれ、あの人、テレビでみたことが……」「だれだっけ……えっと、小説家だったか?」「サインほしい……」と、周りで見ていた人達から拍手が巻き起こる。


「サインならするで?」


 列が出来る。


「スタッフは先に撤収しててや?

 張り切りすぎてのびたその子も忘れんように」

「心得た」


 と、手慣れた委員長さんは倒れたままのそれを担ぎ、私と誠一さんも中華街へと降りていく。

 途中、姉ぇ達と遭遇し、事情を話すと泣かれたし、とても申し訳ない気持ちになった。

 なお、元クラスメートは事情を聞いてスゴい笑顔になったリクちゃんに引き渡された。

 もう二度と会うことは無いかもしれない。

 それは残念には微塵も感じず、代わりに唯莉さんの見事な蹴りを思い返していた私であった。


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