第134話 偽幼女と妹だけど、どうしよう。

 事件としてはこうだ。

 新幹線のデッキで幼女が大人の人に詰め寄られていた。

 肩をつかまれた幼女はイヤイヤと首を横に振っている。


「せんせ……!」

「ちょっとしつこいで、かんにんしてや!

 はなしいな!」


 女性の方は顔が必至で鬼気迫るものがあり、危ないと感じた。

 親という感覚でも無い。


「あっと!」


 だから、よろける振りをして女性を突き飛ばした。

 すると逃げ出す幼女。

 私もフォローするように、後ろを追いかける。

 一つ向こうの車両へ。

 そして幼女が新幹線から降りるに合わせて私も降りてしまったのだ。


「ふぅ……これで一安心ですね?」


 姉ぇへ連絡を取り、一息し、自分に言い聞かす。

 私は違和感を覚えている小さな姿を観る。

 不思議な白い髪の毛をゴムで一つに纏めて後ろに流している少女の目元はかなり鋭く、意思の強さを感じる。

 ノノちゃんも確かに幼女離れしているが、種類が違う。

 洗礼されていて体さばきが綺麗で、何かスポーツをしているようだ。


「あんたええ人やな?

 見ず知らずのウチと一緒に降りてくれるなんてなー」


 大阪弁と北京都系のイントネーションが混ざった関西弁だ。

 ちょっと変な感じを覚える。

 とはいえ、礼を言われるので、懸念していた事項も吹き飛ぶ。


「いえ、何というか浅慮したかなと……。

 親という雰囲気でも無かったので、突き飛ばして逃げちゃいましたが……」

「追われとったのは確かやしな。

 あんがとさん。

 あのおばさんは悪い人なんや」


 クフフと笑う幼女(?)はそう言い、ため息を一つこぼした。

 私も安堵の息をする。


「……ちょっとお聞きしていいですか?」

「なんや、お姉ちゃん」

「――あなた何歳ですか?

 見た目は小学生なんですけど、違和感があってですね……?」


 幼女の笑みがニタリとしたモノへと切り替わる。

 何かが彼女に会心したように思える。


「レディーに歳を聞くのは感心せんなー。

 ただ、あんたの抱いている違和感は正しいで?

 四十付近やし」


 ――観る。

 どうみてもノノちゃんと同じような歳にしか見えない。

 しかし、言われ直して観れば、自信満々に両腕をクロスさせてムフーと立つ姿は威風堂々、歳相応の貫禄が滲み出ている。

 ただ、可愛くも見えて、何というかチグハグだ。


「興味本位やけど、何で気づいたか聞いてええ?」

「……知り合いにとても賢い小さい子が居るんです。

 その子と比べて何処か獰猛や剣呑な感じを覚えたので。

 年輪というのでしょうか、深みというか」

「なるほど。

 あんたおもろいな。

 娘と同じ歳の頃なのに、よー出来とる」


 私に興味を持ったように、ジロジロと観てくる。

 特に胸のあたり、青少年な男子生徒と同じ目線で、


「娘もやけど、最近の子は発達ええなぁ……。

 ゲヒヒ」


 幼女の姿で、下世話な涎を飲み込まないでくださいーーとは言えないので、気になっていた話題を振る。


「……何処かでお会いしたことありませんか?」


 記憶を探るが解らない。

 小骨が引っ掛かったような感覚なのだ。

 とりあえず、イエスでも、ノーでもいい。

 骨を飲み込みたいと質問を言葉に載せる。


「んー。

 この本、知っとたら、それかもしらんなー」


 っと、少女のカバンから出てくるのは見覚えのある一冊の小説。

 家族内のドロドロ恋愛を書いた内容で昼ドラにもなった私が大好きな小説だ。

 著者近影を観れば目の前の人に似ていて、


「あれ……紫色に髪の毛してませんでした?

 舞鶴の夏祭りの時に電柱に吊る下げられてた時に姿を見た時は確か……」

「なんや、観られとったんか。

 せや、平沼・唯莉ゆいり

 これの作者で、本名な唯莉さんや」


 言われてみれば、確かにその人だ。

 有名人である。しかも私が好きな、おぉ……っと、感慨深いモノが沸いてくる。


「ファンです!」

「あはは、光栄やね?

 とはいえ、若い子が好き好んで観るもんじゃないきもするんやけど?

 性描写もあるし、過激やしな」


 一度、回収されて再発行された巻もある。

 下手なエロ本よりエロかったらしく、プレミアムがついている。

 誠一さんが持っていたので見せて貰ったことがある。


「……あの結構な剣幕をしていたのはまさか……」


 そういえば、突き飛ばした女性は先生とか言っていた気がする。


「……実はあれ、ある出版社の担当さんや……」

「をう……」


 私が悩んでいると答えを頂けるが、私が実はお節介をした可能性があると言われ、頭が痛くなる。

 それに私だってファンだ、新刊は早くみたい。


「とはいえ、ちゃんと仕事しとったから、コミケ終わりまではオフ言うとったから、唯莉さんは悪ない。

 追加の仕事を押し付けるために待ち伏せして拉致缶詰しようとするんがわるいんや。

 結婚式の前後ぐらいは好きにさせてほしーわ」


 気を使ってくれる。

 なんというか、親しみやすくしてくれているのか砕けた口調だ。


「あ、ご結婚おめでとうございます」

「あんがとなー。

 あんたええ人やな。

 名前、聞いてええ?」

「初音・燦です」

「燦ちゃんな、よろしゅう」


 と、ニコニコと手を差し出してくるので、恐れながらと手をゆっくりと出そうとすると、


「気楽にしてや?」

「あ……」


 ムンズと心と一緒に力強く掴まれた。


「……よく読んでいる小説家の先生にええ人と言われると……そのこそばゆいです」

「ちちち」


 小さな彼女は頭をぶんぶんと横に振り、


「先生言わんといて、唯莉さんでええよ?」

「それでは……唯莉さん」

「改めてよろしゅうな、燦ちゃん」


 ニヤリと笑う唯莉さんの笑顔は子供の見た目らしくない口元。

 でも、嘘はなくスッキリと嬉しそうに見えた。


「そやそや何で見ず知らずの唯莉さん、子供の身なりのウチを助けたんか、聞いてええ?」

「……ほっておけないじゃないですか。

 そう思ったら体が」

「ホンマええ子やな。

 そんなあんたにはこれあげるわ」


 取りだしたるは一冊の小説。

 見たことがないタイトルで、『依存性のある家族計画』とある。

 家族計画……といえば、避妊具を思い起こさせるが、どんな無いようなのだろうか……。


「さらっとな」


 そしてポケットからボールペンで、何かを書いてくれて渡される。


「八月発売される新作や。

 サイン付きにしといたから……今回のお礼とお付き合いの印にや」

「あ……ありがとうございます!」


 うん、この人スゴい。

 ズンズンと勢いよく踏み込んでくる。


「あんたみたいなスレてないんわ、珍しいからなあ?

 ついついおまけしてまうわ」

「えっと、何かお返しできることは……」

「気にせんでええよ?

 どうしてもというんやったら、恋愛話、兄弟姉妹とかの話あったらきかせてーや。

 ネタはなんぼあっても困らへん」

「あ、それなら……」


 っと、私はマリさんとノノちゃんの三角関係の話をし始める。

 もちろん、プライベートは嘘を混ぜてだ。

 それでも、唯莉さんは楽しそうに話を聞いてくれたのであった。

 ただ、その時、この出会いが大きく私の運命を動かすとは思わなかったのだが……。

 さてさて……。


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