第129話 観想戦ですが、なにか?

「多重人格って診断されたら仕方ないわね……」


 結論から言えば、マツリは入院した。

 しどー君にあのまま連れられて緊急的に診断されたマツリは、隔離性障害と診断された……つまり、多重人格だ。

 あまり起きないと言われる記憶の共有は完全に行われており、普通の生活には支障が出ないタイプらしい。

 とはいえだ、衝動的にならないとでも言えないので、念のために入院だ。


「燦には、迷惑を掛ける……」

「しかたないわよ。

 今回に関しては適任だし」


 なお、燦ちゃんは手伝いに任命され、茉莉の家に簡単な荷物を作り、病院に再び向かったところだ。

 私としどー君はその代わりに、ノノちゃんと日野兄の元へとメッセンジャーを任された。

 日野兄は話しを聞いていたが興味無さそうに、弟君の手を引き帰って行った。

 ちなみに弟君はマツリともっと話したがっていたが、今日はマツリの混乱もあるからと、義父おとう様に帰るよう促されていた。

 私としどー君も同文で、だからこそ刺激の少ないだろう燦ちゃんが手伝いに任命されたわけだ。


「大丈夫だとは思うが、そうとは親父は言えないのだろう。

 今までの反動で過保護にもなるよな……」


 っと呆れるようにしどー君が言い、タバコ屋のベンチで瓶コーラを煽る。


「僕も親父も、何というか距離を置きすぎた。

 反省だ、反省……。

 あんなになるまで妹に気付かないなんて」


 そして次にはため息。

 こんな調子だ。


「これからでしょ?

 少しずつ、お互いの距離を縮めればいいんじゃない?

 私も茉莉としてのマツリは知らなかった訳で」

「まぁ、そうなんだが。

 茉莉も作られた人格とはな……」

「……全く、子供だけどね?

 言い方と言い、思考と言い……」


 義父おとう様も専門家から聞いた話になるが、曰く、今の茉莉という人格も、事件のある前の元々の性格を模した人格だとのこと。

 つまり、トラウマを回避するためにマリを作り、次に家族を安心させるために茉莉という人格を作り出した。

 それをしたのが基礎人格であるマツリだ。

 結局、茉莉とマリの二人格の隔離に悩まされた幼い彼女は、マジメに考えどっちかという択を迫られたという訳だ。

 それが今回の顛末だ。


「それ本人の前では禁止だぞ?

 子ども扱いしたら、マリが出てきて怒られた」


 っと、赤くなった頬を示す。

 病室前、診断の後にマリに殴られたのだ。

 診断後、頭を撫でたしどー君は後は「兄貴、子ども扱いすんなーっ」て、顔を赤らめながら思いっきりだ。

 まぁ、それが入院の決め手になったのは言うまでもない。

 結局、二人が消えた訳では無いのだ。


「何というか一番最初の初音以上に距離感が判らない。

 困った。

 親父も慎重になるわけだ。

 初音は初音で好きな相手なのに体だけ遊ばれてたが、最初の立ち位置が判っていた。

 今回は僕が何処に立てばいいのか……」

「まぁ、それは仕方ないわよ。

 しどー君の二の轍は踏まないよう、参考にさせていただくわよ」


 っと、言う私も複雑だ。

 そんな私は彼は心配そうにのぞき込みながら、


「初音?」

「結局、今回の事件は……私が、彼女の分別を壊したからだし」


 イケナイと思いつつも、はぁ、っとため息をついてしまう。

 そもそもを辿れば原因はメイドだし、今の彼女にしたのは士道家の面々。

 だが、今回の事件の発端は私の存在だ。

 マリ側に居た私が、茉莉側に侵入したことで二つの生活を分けることで安定していた彼女をひっかきまわして壊した。

 少なからず責任を感じてしまう。


「初音。

 ある意味で良い機会だったんだから、責任を感じなくていいぞ?」

「そうだと良いけど……」


 っと、うなだれた私を包み込んでくれるしどー君は優しい。

 ちゃんと私の悩みも汲んでくれる良い彼氏さんだ。


「初音がしたのは検査薬みたいなモノで、それが過敏に反応しただけだ。

 あのまま大人になったらいずれぶつかった問題だろうし、もしかしたらもっと酷かったかも知れない」

「しどー君……」


 そう言ってくれると少なからず、気が楽になる。

 体重を彼に任せて気を楽にする。


「ただいまです。

 はつあねぇさん、ラブラブ?」

「そうよ、ラブラブなの」


 と、いつも通りだと戻ってきたノノちゃんにのろけておく。

 マツリが話したいと、電話の連絡先を渡してくれと言われたのだ。


「マリはどうだったかな?」

「うーん」


 少女は悩み、その綺麗な黒目を空に向けて悩む。


「あまりかわらないかんじ?

 でも、どこかなんかへん。

 マリシショーとはなしてるかんじがしなかった。

 なんで?」


 ノノちゃん鋭い。

 ノノちゃんを安心させるためにマリとして電話で話したかったのだろうが、元の人格であるマツリを自覚したため、ブレが生じたことが容易に想像つく。


「化粧落とした時には話したことある?」

「さっき、ここにきたしんこくそうなかおだったマリシショー?」

「そうそう。

 今度はそっちと話してあげてね?

 茉莉をお願いしますって言ったら変わってくれるから。

 そしたら最後に幼いマツリとも」

「うーん……?

 とりあえず、わかったの!

 茉莉とマツリ、うん!」


 何かを察したように元気一杯に笑むノノちゃんはパタパタと、また中に入っていく。

 

「末恐ろしい子ね……。

 明らかに何か勘づいた感じよね、あれ」

「だな」


 とはいえ、っとしどー君は続ける。


「ちょうど良いかもしれない」

「ちょうどいい?」

「あの事件は小学三年生の頃の事件だ。

 ノノ君は小学二年生。

 人格形成に欠けていた同じぐらいの歳の子と付き合うことで人格統合が上手くいくかもしれない。

 その付近、マツリは人を寄せ付けなかったから」

「なるほど」


 言われれば都合のイイ話だ。

 道理も通っている。


「……ところで二つ疑問が」

「なんだい?」

「一つ目。

 暴力を使った洗脳みたいな……やくざみたいなことを教えたのは、叔父さんと委員長のどっち?」

「委員長だ。

 妹さんが自身のアルビノを否定する傾向を見せた時にやったらしい。

 彼女の全部否定して、感情的になった所に暴力で返して、その後に全部肯定して自分だけは味方だと優しくしたとか。

 参考程度に聞いといて助かった」

「ガチでヤクザか、カルト教団のやり口じゃない……自己肯定感を下げて、依存させる手法とか……」


 実例としては家庭内暴力の関係なんかも出てくる。

 口や暴力で、相手を貶めて、視野を狭めて、そこに付け込むのだ。


「今度、妹ちゃんに凄い事教えとこ……。

 で、二つ目。

 しどー君は、二重人格じゃないわよね?」

「ちがうぞ?

 何でそう思った?」

「理由としては普段はルールを重んじるのに、覚悟決めたら人が変わったように極端に突っ走るから」

「うーん……」


 しどー君が真剣に悩み始める。


「初音の言う通りかもな。

 もしそうだったら、初音はマジメガネな僕と猪突猛進な僕を好いてくれるか?」

「馬鹿じゃないの?」


 私は、しどー君の鼻をポンとつつき、


「馬鹿って……」

「今ですら全部好きなのに、どっちかを嫌いになる訳ないじゃない」


 言ってやった。

 彼が赤面するのでニヤニヤと笑みを浮かべながら、私は続ける。


「しどー君だって、私達二人の事を好きになってくれたじゃない。

 それと一緒よ」

「……惚れてよかった、と心底思った」


 いつもの素直なしどー君だ。

 頬が赤くなる私が居る。

 だから、誤魔化すように話題を変える。


「そう言えば、しどー君。

 何でマリちんが日野弟君のこと、惚れたのか判る?」


 しどー君が一寸悩み、


「……判らん」

「多分だけど、しどー君に似てる部分があるからだと思うわけよ。

 それが恋心と紐づいたんじゃないかと」


 言われ、しどー君が悩み始める。


「確かに観察をしっかりする所や、素直な所なんかは似ている気がするが……」

「そういう所は昔からでしょ?

 基本的に幼い恋心って、身近な人に似ている人を選びやすいのよ。

 安心だからね?」

「……なるほど」


 考え、合点がいったようだ。

 コクリと頷いてくれる。


「それにマリちんは言ってたのよ、ちゃんと見てくれる人が良いと。

 義父おとう様はそういうタイプでは無さそうだし、するとしどー君な訳よね。

 泣いて走ってきた子を見て、自分に被せて、共感が生まれたのもあるだろうけど……」


 もしかしたら、マツリがそれに気付いたら、弟君から離れるかも知れない……と続ける言葉は瓶コーラと共に飲み込んでおく。

 万一、そうなったらマツリの好意はしどー君に向く可能性もあるとも浮かんだ。

 実はこれ、頬を赤らめて子ども扱いに怒った理由も説明できるが、仮定を仮定に重ねた馬鹿馬鹿しい話で、しどー君を悩ませるだけだ。


「さて、ノノちゃん終わったら帰ろうか」


 私は気を切り替えようと場所を移すことを提案する。 


「そうだな」

「ちなみに妹……燦ちゃんじゃなくて、マツリのことは好き?

 あぁ、渋い顔しないで、家族としてよ」


 私の唐突な問いにもしどー君は真面目に悩み、


「好きだろうな、僕が真剣になって助けたいと思える相手だ」

「そっか。

 ならちゃんと観てあげないとね?」

「ああ。

 家族だしな。

 今度こそはちゃんと観てやらないとな」


 しどー君はそう言いながら拳を強く握った。

 そんな彼氏に頼もしさを覚える私は、笑みを浮かべるのだった。



 


 

 


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