第127話 茉莉とマリの賭け事ですが、なにか?

「山姥にあったんはじめてー?」


 私、初音とマリの出会いは、マリからのナンパだった。

 目的を失った人生に悩み、空虚さを感じる思春期特有の症状にかかった私だ。

 確かに陸上は妹の真似をして始めたが、失ってから私の一部だったということに気付いた。

 そんな私を観て、気にかけてくれたのだ。


「ふーん、難しく考えすぎかなー」


 マリちんは、大抵のことは何でも無いことのように落ち着いていた。

 高校の制服を着ているのはカモフラージュで、中学生だという。


「なめられないよーにねー。

 あ、舐められるのは好きだけど~?」


 と、言われた私は初心だった。

 キョトンとし、意味を先輩に言われ、赤面してしまった。

 私だってそんな時期があったのだ。


「私達みたいに援助交際したい?

 やめときー、やめときー」


 先輩にどうかと言われ、マリちんは反対してた。

 妹とも仲が悪く、家にいてもやることはない。

 とはいえ、いつも先輩やマリちんに奢って貰うのは癪だ。

 対等になりたかったと言うのもあったのだろう、こんな感じのマリちんや先輩に付き合い、援助交際をするようになった。


「……懐かしいわね、マリちん」


 居た。

 そこは四条河原町から三条とは逆、五条へ下る途中だ。

 木屋町通と西石垣通が一つになった所を少し行くと小川にかかる橋がある。

 その橋にマリちんはいつかのように座っていた。


「やっほ、はつねん。

 流石に覚えてたかー」

「覚えてないとでも思ったの?

 嘗められたモノね?」

「一度きり、いつもと反対側だしー?」


 いつも通りのマリちんの口調だ。

 しかし、姿は茉莉のモノで違和感しかない。

 お嬢様が通う学校の制服に顏の化粧は薄く、黒くない。

 額に薄い火傷の跡があり、私の知っているマリちんではないのだ。


「弟君は?」

「ちょっと席を外して貰ってるわよー。

 殺したりとか危害を加えたりはしてないから安心してー?」


 物騒な言葉に反してにするマリちんの羽毛のように軽い。


「そっちこそ、兄貴とサンチャは?」

「ちょっと席を外して貰ったのよ。

 私達の会話に必要は無いでしょ?」

「確かにー」


 実際は逃げれ無い様に、回り込んで貰っているところだ。

 私の足から逃げ切られたのだ、地の利がある相手にこれぐらいは必要だろう。


「それで、私はあんたをマリちんと呼べばいいの?

 茉莉と呼べばいいの?」

「今は茉莉でお願いー。

 いかんせん、あっちの顔は色んな所に売れちゃってるからー」


 ケラケラと笑う姿はマリちんのモノだ。

 だけど、次の瞬間、マジメな顔になり、


「お葬式をするつもりだったんだ」

「……マリちんの?」

「うん」


 死ぬ気だったとあっけらかんと言うのはどうかと思う。

 精神状態が不安定なのだろう、私は緊張を顔に出さないようにしながら続ける。


「茉莉、あんたの過去は燦ちゃんから聞いたわ。

 何で私に教えてくれてなかったの?」


 落ち着かない状態の相手は否定から入らないのが定石だ。

 聞く姿勢から入るのが援助交際で学んだコツだ。


「うーん、初音の前ではそういう暗い所を見せたくなかったからかな。

 見栄よー、見栄。

 だって、最初に出会った時、死んだような魚の眼をしてたしー?」

「……私、そんなんだった?」


 自覚があるとはいえ、改めて言われるとちょっと眩暈がする。

 黒歴史という奴だ。


「結局、それに騙されてたわけだけど」


 言い放つ彼女の私を観る目が氷のように冷たい。


「茉莉としての自分がね、助けた初音に嘘つかれた!

 ウソつき! 裏切られた!

 許せない、信じられない!

 って、感情的になってね? 融通が利かないのよー?」

「……ごめん。

 嘘というか、何というか……素性に関しては判明しただけよ……私も知らなかったし。

 ママが良家から家出した訳でね?

 私自身は、うん、初音のまま」

「マリとしてはそんなことだろーって思ってた。

 兄貴もだけど、決めたら茉莉は突っ走るから……」


 他人事のように言いながら笑みに変わる。


「実は私の中の二つの性格がねー、ゴチャゴチャになってて、どうしたモノやらと。

 今はマリが優勢。

 いつもはちゃんと切り分けていたんだけど、茉莉としての空間に、はつねんが入ってきて上手く切り分けできなくなってるわけよねー?

 お陰様でメイドみたいに裏切るからもう付き合うなって言う茉莉と、はつねんなら大丈夫だよーっていうマリとしての感情がこうせめぎ合ってるのよー?」


 表情が冷たくなったり、笑みになったり忙しい茉莉である。


「結局さー、兄貴のことも同じ。

 私も援助交際という道から外れたことをしてるんだから、二股ぐらい別にいいんじゃねーってマリは思うのだけど、茉莉としての部分があの兄貴もやっぱり信用できないって思う訳」

「二重人格なんて今日日きょうび流行らないわよ……」

「そんな大層なものじゃなく、演じ分けみたいな感じよー。

 性格や考え方って、人間は環境に合わせるモノだし。

 よくあるじゃん?

 仕事と家庭の顔の違いとか」

「珍しく頭よさそうなこと言ってる……」

「今は茉莉も混ざってるからいいの。

 能ある鷹は爪を隠すと。

 とはいえ、確かに表しかしらなければ裏には驚くし、裏しか知らなければ表には驚くわよねー」

「まあ、確かにさっきの茉莉には驚いたわよ」

「でしょー?」


 言葉数が多いマリちんである。

 良い傾向だ。

 話すということは相手に理解して欲しい、そういう一面が少なからずあるということだからだ。


「だから、茉莉はマリを殺そうと思ったの」


 だが、次の一言で空気が冷えた。


「確かに私は、悪い奴に壊されている」

「それはそのメイドが悪いのよ!」


 死が近いと焦り間違いないと断言してしまい、思う。

 これは悪手だ。

 否定は相手の意思を固めてしまうだけだ。


「悪い悪くないというか、今なのよねー。

 その茉莉が死のうと街に出たときに、援助してたお姉ちゃん……つまり先輩と偶然会ってねー、はつねんと私の出会いと同じで見てられない子を助けるためにと拾われた訳よ。

 そこで顔や火傷を隠すことを覚え、自分として見てくれる人を探しながら、同じような人生に悲観した子を拾い上げてた訳だしー?」


 気づく。

 まるでマリちんは自分に言い聞かせるような口調だ。


「先輩自体が何かあったらしいから、同じ轍を踏まさないようにとかで今のグループがあったわけだしねー。

 兄貴との解消もそこがあるんだろうし……っとこれは内緒ねー?」


 ごめん。

 携帯がオンになってるので、しどー君には筒抜けです。

 後で口を封じておこう。やぶ蛇の臭いがする。


「んで、マリを殺そうとした茉莉は色々と整理してたわけですよ。

 はつねんしかり、ネットワークしかり、ノノちゃんしかり……日野きゅんしかり」


 ふと、頬を赤らめて乙女な顔になる茉莉。


「けどね、止めてくれたんだ。

 あの子は。

 会ったら開口一番、『まさか、死ぬ気ですか?』って言われたから茉莉がビックリして引っ込んだわよ。

 んで、『死ぬなら、僕に下さい』とか言うものだもの、ぐへへへ」

「乙女のしちゃいけない顔はやめなさいよ……」

「日野っちも、バカなこと言いながら、弟を理由に止めてくれたから、まあ、感謝。

 あの兄弟に助けられる形でマリとして、今、ハンドル握れてるのよねー」

「……で、日野兄に携帯禁止で伝言させのは……自分の人生でも占うつもりだったの?」

「そっ、マリと茉莉ではつねんが、ここに来るかで賭けたのよ」


 そして、マリはVサインを私に向けて、


「賭けはマリの勝ちよ。

 うん、私は消えないから安心して、はつねん」


 笑顔になる。


「よかった……」


 ほっと呼吸が漏れる。

 短くない付き合いだ、マリちんが真意でいっていることが判る。


「さーて、解約したヤツ戻さないとなー……。

 いんや、引き時かなー、お姉ちゃんに一回返すのはありだなー。

 こっちの顔にするならなおさら……」


 そう言いながら、橋のヘリから降りる彼女に、少年が近づいていく。

 その後ろにはしどー君。

 どこかで合流したらしい。


「弟君、ありがとう。

 おかげでマリちんが助かったわ」


 声をかけるが、無視される。

 をや?

 真剣な眼差しで、マリちんに抱きついたぞ?


「マリさん、茉莉さんを殺すつもりですか?」


 彼の言葉にマリちんと私は動きを止めた。

 マリちんの顔は、困った顔をしていた。

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