第124話 茉莉ですが、なにか?
「……数日振りだな、茉莉」
声を掛けたのはしどー君からだった。
私達の前の席に座った少女、歳は私達と同じぐらい。
「お久しぶりですよ、お兄様。
六月からもう数か月たってますわよ?」
そう笑みを浮かべる顔は間違いなく私の知っている茉莉の顔だ。
整っている顔ではあるが、額によく見ればうっすらとはいえ火傷の跡があるのも変わらない。
化粧を落としたマリちん、つまり茉莉に相違ない。
しかし、マリちんとは制服が違う。
マリちんのよく来ている高校の制服は、あまりよくない評判が多い所のモノだ。
茉莉が着ているのは左京区にあるカトリックの学校で、リクちゃんもそこの中等部に通っている。
後は、髪の毛を黒くショートボブにまとめてあるのも大きく違う。
「やっほー、マリちん」
「……」
冷たく私を一瞥され、
「どちら様で?」
言われるので、どう攻めるか悩む。
とりあえず、
「貴方のお兄さんと結婚を前提とした付き合いをしている、初音・
こっちは初音・
これでいい、士道・茉莉さん?」
彼女のお父さんの居る前だ、相手の流儀に乗って置く。
確認を促すと相手は「うん」と、頷いてくれる。
「で、お兄様。
どうしてお二人何ですか?」
確かにマリちんとは言葉の話し方が違う。
間延びせず、そして凛とした声は透き通る鈴のようだ。
「僕の好いたのが二人だったからだ。
それだけだ」
しどー君はいつも通りだ。
自分の信念のまま、強気で述べる。
「悪いに決まってるじゃないですか!
基本的なルールも守れない屑に落ちたんですか?
死ねばいいですよ」
普段のマリちんからは発せられない強い言葉だ。
「茉莉。
言っておくが、内縁の妻などは法律に抵触しない。
法律に抵触するのは、届け出を二重に出すことだ。
僕は
婚姻届け……!
流石にその単語まで覚悟しているとは、私の彼氏は真面目である。
浮足立つ私よ、抑えろ抑えろ。
「これで問題があるか?」
「……あるに決まってるじゃないですか!
燦さんはそれでいいんですか⁈」
「何か問題がありますか?
確かに法律上で婚姻できないのは残念ですけど、それよりも三人で一緒に居るのが大切ですし」
燦ちゃんがニコニコと返すと、憤っていた茉莉が絶句してしまう。
「……そもそも、どこの尻軽女ですか、この人」
切り返しを考え、茉莉は私を観る。
「性にだらしないに決まってるじゃないですか。
どうせ、士道家のお金とかが目当てなんでしょうし。
貧乏くさいですし」
呆れる様に、そして突き放すように事実を言われる。
いや、確かに性にだらしないのは、言い返せないのだが……処女は知っての通り、しどー君にあげたわよ?
それに確かに初音家は貧乏なのもよーく知っていらっしゃる通りなんだけどね、うん。
「茉莉、それは初音に謝れ」
「謝る必要を感じません。
どうせあのメイドと同じでしょうし」
「茉莉……!」
流石に遺憾であるし、しどー君が怒りを代弁してくれる。
聞いてる限りでは、そのメイドみたいに非道ではないと思う。
とはいえ、
「茉莉さん」
出来るだけ落ち着いたトーンを意識し、言っておくことにする。
私に注目が集まる。
「私がしどー君が好きなのは、お金とかじゃないの。
確かにしどー君が私の心を掴むためにあれやこれやしてくれて、それには確かにお金が必要だったのは間違いない。
手段としては絶対必要だったと思う」
「ほらみなさい、お兄様はこんな女に騙されている!」
自信満々に言う茉莉。
物言いに本当に私の知っているマリちんか疑いたくなるが、人間というのは役割を演じるモノだと何処かで聞いたことがある。
「騙すためなら馬鹿正直に言わないわよ。
それにまだ、後があるから黙って聞いてなさいな。
子供じゃないんだから」
とはいえ、イラっと来たので強めの口調とレッテルを張り付けて言い、続ける。
「お金なんかなくても、しどー君はきっと何かをしてくれた。
私を手に入れるために別の手段を講じてくれた。
それが彼よ。
そしたら私は間違いなく彼に恋をした。
そう確信してるの。
だから、言っておくわ。
私は彼に恋してるし、もっと恋して欲しい。
その気持ちが判らないのは良い、けれども理解を拒否して否定だけをするならすっこんでなさい。
私としては仲良くしたいんだけど、残念ね?」
「初音」
言い過ぎだと、しどー君に諭される。
とはいえ、間違ったことは言ってないはずだ。
証拠にしどー君は私の手をテーブルの下で柔らかく掴んでくれている。
茉莉は私の気持ちばかり先行する言葉に、動揺しているのが見える。
「茉莉。
彼女は十分以上に身元がハッキリ割れているし、本来、貧乏とは無縁の生活も送れるような身分だ」
想定内と、しどー君が一枚の書面を取り出す。
一番上に調査結果報告書と書かれている。
それを真剣な眼差しでピラピラと捲っていく茉莉だが、
「お父さん、ご確認をお願いします。
私は良く存じ上げて無いので」
「……知っている家名が親族にあるな。
旧家に連なる、しっかりとした血筋であることも間違いない。
調査会社も、九条の所で良く知っているから信用できる」
太鼓判を押してくれる。
ありがたい話だ。
しどー君のお
お
私だって、最近知ったのだから、その眼は止めて欲しい。
それにお爺さんとはまだ和解どころか、孫としての面識がない。
「父親の立場としてはこのご時世でその点を気にするつもりはなかったが、彼女たちは家系としても十分以上だ。
古い話で言えば誠一が婿入りすべきかもしれないと思える程度にな」
ちょっと待て、
……そこまで言われると、逆に怖いんだけど?
役者不足ならぬ、身分や家系に対して私不足に感じてしまう。
確かにあのお嬢やリクちゃんとかと同レベルらしいので……っと、思考が深みに
「茉莉さん」
だから、言葉を切って目的を言うことにする。
「私としては、仲良くしたいんだけど」
マリちん、そう友達に向けるように笑顔をしておく。
彼女は受けて、一瞬だけ悩みを見せ、唇を噛んで、
「……する必要がございませんし、理由もございません」
そう拒否をされた。
「お兄様。
判りました。
貴方がどう生きようと私には関係ありません。
これでいいですか?」
「「よくない」」
私としどー君の言葉が被った。
「茉莉、いや、マリちん。
私にあなたを教えて欲しいの。
友達として、もっと仲良くなりたい」
「茉莉、僕も兄として聞かせてくれ。
お前は今、どんな状況なんだ?」
歩み寄りたいという気持ちを持って私達は声を掛ける。
結局、私もマリちんという人物の裏側まで知らない。
「……茉莉にかまわないでください」
けれど、拒絶を意味するように彼女は立ち上がり、そしてドアの方へと歩き、
「はつねん、さようなら」
彼女がそう呟くのが聞こえ、玄関から消えていった。
嫌な予感がした。
何処か、私がしどー君に別れを告げた時に被ったからだ。
「っ!」
後ろを追いかけたが、地理勘が無い私は追いつけなかった。
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