第123話 対お父様ですが、なにか?

「……緊張するわ」

「緊張します……」


 制服姿の私たち姉妹は二人でそう言いあう。

 しどー君も制服だが、夏服で上着を着ていない。

 昨日、しどー君の妹の正体が判明した後、家から電話があったらしい。

 明日、来い。妹さんも確保した、っとお父さんからだそうだ。

 しどー君の実家は、普通の広さのマンションの一室だった。

 真ん中には長方形のテーブルに三、三の席が構えられている。

 手前から妹、私、しどー君の順番だ。

 高い調度品は一つ、二つ、置かれているが、しどー君の家の方があるという有様だ。


「実家は、焼けたからな……」

「メイド?」


 とりあえず、当て推量をしてみる。

 士道家のこじれの原因は大抵、この人な気がしているからだ。


「……あぁ、そうだ。

 親父と母親が昔、同棲時代に住んでいた場所らしい、ここは」


 っと、説明してくれるしどー君も何処か緊張気味だ。

 珍しい。

 事前に二股をすると話していても、実際にお父さんへそれを報告するのは、しどー君でも緊張するものなのだろう。


「そういえば、しどー君。

 あまりお父さんの話も聞かないけど、お母さんの話を全くと言って聞いたことないわね」

「だいぶ前に死んだ。

 僕が物心つく前にな」

「あ……ごめん、しどー君」


 流石に私も不用意に突っ込みすぎた気がする。

 親しき中にも礼儀ありだ。

 だが、しどー君は横に首を振ってくれて、


「いや、いい。

 だから、メイドの人を雇っていた訳で」

「成程、母親代わりという側面もあったのね……」


 なるほど、しどー君もマリちんも、そんな人に裏切られたら拗れる。

 ガチャリと奥の扉が空き、観れば四角い黒縁メガネをした男性が入ってくる。

 スーツ姿でピッ知りとしたナイスひげダンディだ。

 しどー君も歳を重ねて髭を生やしたら、こんな感じなのかもしれない。

 渋くてカッコいい。


「やぁ、息子が世話になっている」


 歳は叔父さんと同じぐらいだろう。

 つまり、三十後半から四十前半ぐらいだ。

 声の響きのバリトンが重厚で、威厳がある。

 そんなお父さんは対面の席に座る。


「確か、君が初音・三駆みつか君だね?

 確か援助交際をしていたとかで息子が、保護したという」

「はい、その節は大変お世話になりました。

 色々と」


 言われ、硬めに応対する。

 ここら辺は手慣れたものだ。


「……思っていたより、聞いていたより、礼儀正しいな……」

「初音……三駆は根がマジメとも言っていた通りです」


 三駆とは呼び慣れて無くてぞわぞわしてしまう。

 私も誠一君と呼べれるように、準備をするが、何というか慣れない。 


「三駆君は、この息子のことが好きかい?」

「はい。

 私には彼、誠一君しか考えられません」


 当然だと即答する。


「なるほど、なるほど。

 ちなみに何故だい?」

「考えの部分では彼は自分のせいだと真面目に背負い込むので、私が観ていなきゃと思うことが多いですし、そういう所が好ましいと感じたりするんです。

 それに理屈ではない部分、感情の部分でも私の彼を求める心は溢れんばかりです」


 私の答えにお父さんは嬉しそうに微笑む。


「誠一はちゃんと君のためと言ったことをしていたようだな。

 その上で、そう言われるなら良いだろう。

 じゃぁ、次、えっと……」

「燦です。初音・燦と申します」

「確か、性依存症の気が出てたと相談を受けていた子だね」


 ペコリと頭を下げる燦ちゃんに目を向ける彼の眼は、品定めをするようだ。


「私の専門じゃないから詳しいことは判らないが、君は病気や痴漢から助けてくれた人という恩をはき違えているのではないかね?

 それを恋だと」

「違います!

 それは誠一さんのお父さんであろうと訂正願います。

 私は誠一さんの事が好きです。

 確かにきっかけはそれかもしれませんが、私にとって彼は、かけがえのない人です。

 彼が居なければ、私は死にます」


 いつも通り過ぎる燦ちゃんである。

 自分の命や境遇ですら脅しの材料にしていくのはどうかと思うが、認めて貰うための相手から謝罪を引き出そうと私以上に攻めている点は評価する。

 流石にこんな言葉だ。

 お父さんは戸惑いと悩みを見せながら、


「誠一……依存させてないか?

 あれがなっていたように」

「元からです。

 燦に関しては元からこんな感じです」


 といけしゃあしゃあと言うしどー君であるが、調教していることは黙って置こう。

 割と依存させている気がする。

 とはいえ、


「……確かに燦ちゃんは重い女よね」

「姉ぇも人の事言えないくせに……」


 言うと言い返された。

 ぐぬぬ。

 確かにしどー君が他の女性と話していると嫉妬めいた感情が沸く。

 イケナイと思うモノの、最近は特にだ。


「まぁ、イイ。

 誠一、確かにお前が彼女らにとってなくてはならない存在のように見える」


 そう一旦、言葉を切り、彼は再びしどー君を観て続ける。

 射貫く様な眼光がしどー君に浴びせられ、


「誠一、お前は何故、一人に絞れないんだ?」

「絞れないからです。

 確かに僕は三駆が好きになりました。

 一目惚れです」


 真剣な眼で私を観るしどー君は、続けてその隣へ。


「しかし、燦にも惚れました。

 付き合っていく内に、惹かれたんです。

 三駆に抱いたのとまったく同じ感情でした」


 燦ちゃんの手を握り、握り返してくれる。

 私達のことをこんなにも熱く思ってくれるのだと、この人を好きになってよかったとそう姉妹で気持ちを伝えあう様に。


「逆にききますが、絞る必要は有りますか?

 風聞上や道徳上という話では無く、そして子供の権利という点でも無くです」


 しどー君は笑みでお父さんに返し、


「子供にとって幸せの条件は何より、親がちゃんと愛すことだと思います。

 お父さんは結局、僕らをあの人に預けっぱなしだった。

 今は確かに僕らのことをよく考えてくれることは判っています。

 けれどあの頃は僕は親が身近に感じられず、惨めでした。

 お父さんの顔という課題が書けなかったことが何よりの証左だと思います」


 彼の強弁は続く。


「……ちゃんと寄り添ってあげること。

 今のお父さんみたいに物理的な距離はあっても良いと思いますが、ちゃんと子供に自分が居る、そしてだから安心だと示すこと。

 そうした上で環境を作らなければ、形を作って魂を籠めない仏像みたいなものです」


 言い切って、大きく息を飲み込むしどー君。

 そして深呼吸をするが、手が震えている。


「誠一」


 お父さんは、無表情で彼を観る。


「お前は正しいことを言った。

 確かに世間では正しくないことだ。

 しかし、正しいというのは誰にとってという視点が欠かせない。

 他人に迷惑を掛けず、そして自分たちにとって最良を選ぶために考えての事だろうことは良く判った」


 そして、彼は立ち上がり、


「だが、一発は殴っておく」


 いうや否や、拳が振りかざされ、テーブル越しにしどー君へと狙いを定めて、


「!」


 私はその前に立ちふさがると、顔目の前で拳が止まっていた。


「……あえてお義父とうさんと呼ばせてもらうけど、暴力は止めて下さい。

 貴方にとっては外道に落ちた息子でそれを覚えさせておくために殴るべきかもしれませんが、私達にとっては大切な選択をしてくれた人。

 私達が居る限り、そんなことをしなくてもずっと覚えていますよしどー君は。

 それが出来ないような息子さんですか?」

「……判った。

 あと、構えている燦君も宥めてくれ」


 言われ観れば、燦ちゃんが拳を構えて横から殴りかかろうとしていた。

 傍から見ればやべー奴すぎる。


「燦ちゃん?」

「私達の家族を傷つけた一点だけで、親だからって私たちの誠一さんを傷つけるなら、容赦しなくていいと思うからだよ。

 私にとっても確かにお義父とうさんは家族になるべき人だとは思うけど、私達から観て理不尽な理由で誠一さんを傷つけた時にいきどおれない関係は違うと思う」

「まぁ、それは確かに」


 燦ちゃんに同意だ。

 家族だからって、言いたいことを言えない関係はイヤだ。

 初音家が自由すぎる話でもあるが、言いたいことは言える家族だ。

 しどー君と私達だってそうだ。


「……誠一、本当に慕われてるな。

 イイ子たちじゃないか」


 彼はそう言うと、頭を下げて、


「誠一を支えてやってくれ」


 そう述べてくれた。

 そして、


「茉莉、お父さんは終わった。

 後はお前だ」


 そう、隣の部屋へと続くドアに声を掛けると、黒くない顔が恐る恐る私達を観ていた。



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