第109話 両親(初音家)に挨拶ですが、なにか?

「塩を撒け! 塩!」

「勿体ないから却下よ、パパ」


 っと、狭く小さなトタン屋根の家に響く。

 初音家、つまり私と燦ちゃんの生家せいかだ。

 そのリビング。

 端には、パパとママの布団が畳んである六畳間。

 そこで小さなちゃぶ台を囲んでいる五人だ。

 学生だからと制服姿(くそ暑いのにジャケット付き)のしどー君が切り出したら、パパが怒鳴りだしたのが現状だ。

 最初こそお久しぶりですとの会話でギクシャクしていたわけだが、ようやく本筋に入った形だ。

 なお、私たちも制服だが、さすがに夏服だ。

 冷房すらほぼ効かない家だから仕方ない。


「何が悲しゅうて、二股野郎に娘を二人もやらなあかんのだ……」


 頭を項垂うなだらせて、汗を滴らせるパパも珍しくスーツ。

 正論であるがこればかりは仕方ない。

 けしかけた私が悪いし、横恋慕した燦ちゃんも悪い。

 落としどころが三人でというのが、一番だったのだ。


「僕は二人とも幸せにします。

 最悪、奪っていきますので覚悟してください」


 いつものマジメガネなしどー君で、ストレートにぶちあてていく。

 何処も悪い事を言っていないと、僕が正義だと言わんばかりだ。

 カッコいい。


「殴れる立場ならどんだけよかったことか……。

 パパ自身、奪ってるからな」

「どうぞ、それで気が済むなら。

 何発でも耐えます」


 っとしどー君が、正座で覚悟完了とズズイと前に出る。


「……くっ……。

 こんだけ言われたら、お姉ちゃんだけ、燦だけなら手放しに喜ぶものを」

「パパ、同じセリフ吐いたもんねー?

 半殺しにされた上に認めて貰えなかったけど」


 ママが思い出すように言うと、パパが苦々しい顔になる。


「言っとくけど、パパが認めてくれないなら、私たちは縁を切るわよ?

 ね、燦ちゃん?」

「……そんなことないだろ、な、燦?」


 パパが妹の顔を恐る恐る観る。

 今まで基本的に親の前では真面目な良い子だった燦ちゃんはそんなことないと希望を持ちたかったのだろう。

 現実逃避ともいう。


「パパ、安心して?」

「燦……」


 ニコリと笑みを浮かべる燦ちゃん。

 それを見て安堵の息を浮かべるパパにトドメとばかしに、


「当然、誠一さんについてくし、連絡途絶するよ?

 将来、子供も孕ませてもらうし……♡

 子供たちにはお爺ちゃんは死んだよってちゃんと言っとくよ?

 パパがしたように」

「ぐあああああっ」


 燦ちゃんの頬を赤らめた言い回しにパパがパタンとちゃぶ台に突っ伏した。

 女になった燦ちゃんが、父親と男の天秤で悩む理由など無いのだ。

 日野君で慣れたのだろう燦ちゃんの台詞は躊躇すらなかった。

 流石の酷い台詞で、パパを憐れに感じてしまう。


「ぼろきれになったパパは置いときましょうか」


 私の姉でも通るママの整った顔が柔和な笑みを浮かべる。

 ママは普段通りのジャージだ。


「お姉ちゃんと結婚、燦ちゃんとは内縁よね?

 燦ちゃんはそれでいいのよね?」

「はい、ママ。

 私はそれでも姉ぇと誠一さんと一緒に過ごしていきたいんです」


 んー、っと困った顔を見せるママ。

 こんな顔をするママは初めてだ。

 基本的に、パパとラブラブして見せつけてくる姿が多い。

 確かに真面目な会話の時は、眉を寄せるが、困ったと顔に見せたことは無いのだ。


「お姉ちゃんはそれでいいの?

 二人で居る時間は減るわよ?」

「覚悟の上。

 というかね、ママ。

 三人で居たいのよ。

 私の我儘わがままを叶えてくれたのがしどー君な訳」

「後ろ指をさされ……援助交際してる時点でそれは気にしないわよねー。

 お姉ちゃんは落ち着いてくれる分にはいいわ。

 燦ちゃんは?」

「後ろ指を指す世界の方がおかしいんです!」


 ママが嘆息を一つ。


「まぁ、ママもそれは思うけど……。

 大変よ?

 常識から外れるのは」


 重みがある経験者の言葉だ。

 ママもパパも駆け落ちで苦労したのだろうことは良く知っている。


「覚悟の上です」

「子供を産むって言ってるけど、並大抵の苦労じゃないわよ?」


 ママが私達三人を観る。


「パパもママも相当大変だったのよ?

 朝から晩まで働いてね?

 今も決して裕福じゃないしねー」

「それで不幸せに感じた?」


 私が逆に問う。

 するとママは横に首を振って。


「これで良かったと、ママは思うわよ」

「なら、私達もきっと同じ風に言えるわよ。

 ママの子だもの」


 それに、と一呼吸おいて続ける。


「パパママ見てるから、ちゃんと稼げるようになるまでは避妊するわよ?

 医者にもなりたいしね!

 親の二の足を踏むようなことはしないわ」

「……お姉ちゃんはたくましくなったわ、ほんとにー。

 援助交際するって言った時からグングン行動力に拍車をかけてるし、ママ、なんか嬉し悲しね?

 ちなみに二の足は躊躇の意味よ?

 言いたいことは伝わるけど」


 ママが寂しそうな表情を浮かべ、近づいてきて私の頬っぺたを人差し指でなぞる。


「ホント、大きくなったわ……」


 ぎゅっと抱き着いてくる。

 まるで宝物を扱う様に優しくだ。

 そして離れ、妹を観て、


「燦ちゃんは?」

「……えっと」


 言い淀みながら燦ちゃんは言葉を考えて、


「姉ぇみたいにまだ何になりたいとかはないけど、無責任なことはしない。

 ちゃんと彼女として、母として、自信を持てるようする。

 ママ、約束する」

「……はぁ、痴漢にあってから一時期、娘が狂ったのを聞いたし、観てたけど、ちゃんと治ってるみたいね?」

「まだ、ちょっとおかしいけど」


 っと正直に応える燦ちゃんにママは安堵の笑顔を浮かべて、柔らかく抱きつく。


「そしたら、ママとしては良いわよ。

 好きになさい。

 もし、何か最終的に、ホントにどうにもならない場合は戻ってきなさいな。

 アンタたちのパパママなんだから」


 そう離れながら、言ってくれる。


「パパ、いいわね?」

「パパとしてはそもそも落としどころは決めてたから反論は無い。

 この前会ってから、ずっと考えてたからな……。

 三人で覚悟を決めれてるなら、本気では反対するつもりは無かった」


 はぁ、っとパパはため息をつく。

 それはまるで抱えた荷物を降ろした時に吐くようなモノであった。


「……ママ、三塚の話するんだろ?」

「判ってるわよ、パパ」


 ママが正座を直して、私達三人に対して軽く一礼をする。


「お姉ちゃん……三駆みつか、聞いて?」


 名前で呼ばれるのは久しぶりな気がする。

 三に駆けるで、みつか、初音・三駆。

 これが私の本名だ。

 漢字で書いたり、本名で呼ぶと変だし硬いが、ミクか、サンクと読むと途端に女の子らしくなる。

 特にミクの読み方は好きだったが、あるキャラクターと同名だと気付いた後、オタク扱いで揶揄されてから嫌になったのは古い話だ。


「知っての通り三塚という古い名家の跡取りがママだったの。

 燦ちゃんにも、お姉ちゃんにも名前に『さん』に関わる文字を含ませてるのは分家のしきたりなの。

 跡を次げる予定の子につけるの。

 鳳凰寺も、元々は『ろく』の家の分家で、だから私の義兄は六道りくどうだし、その娘は六でリクな訳」

「名前が嫌いと言ったら、リクちゃんが警戒を解いてくれた理由か……。

 あとお嬢のソラは妾の子だし継がさないと明言されてるからか……」


 リクちゃんは自分の母が嫌いで、だから坊主憎ければ袈裟まで憎しと三塚も警戒していたのだ。


「あと『』の九条家があるけど、割愛するわ」


 九条という苗字でクラスの委員長が浮かび、何とも嫌な気分になる。

 あんなのと親縁か何かだったりしたら自分の血を呪いたくなってしまう。

 ただ、お嬢と婚約理由かと思いいたるとそうなのだろう。

 さておき、


「ママ的には継がなくてもいいけど、もし子供が生まれたら『三』に関する文字を入れてあげて?

 あと、お爺ちゃんに会わせてあげて?

 そうすれば何かあっても、最悪、三塚の人間に助けて貰えるから」

「……つまり、ママが私たちの名前を決めたのは……」

「もし、パパママに何かあった時に、助けて貰えるようによ」


 なるほど、と思う。

 パパママなりにちゃんと保険を打っていた訳だ。


「さて、難しい話はおしまい」


 パンっと拍手を一回して、ママが立ち上がる。


「じゃあ、士堂君、いや、誠一君、これからは貴方のママでもあるから、何か娘で困ったら相談なさい♪」

「ありがとうございます……っっっ!」

「やっぱり男の子も産むべきだったわねー」


 と言いながらしどー君に抱きつくママ。

 やめてほしい。

 ジャージで色気は抑えてるが、精神衛生上、大変よろしくない。

 最近には珍しくしどー君が動揺を顔に浮かべているので、後で絞る。


「誠一さんは私たちの……」


 燦ちゃんから黒い影が立ち上っている気がするし、パパが嫉妬でグヌヌしてる。

 カオスだ。

 とはいえ、


「パパのこともパパと呼んでくれて構わないぞ。

 確かに男子も欲しかったし、息子が増えたよ、やったねママ!」


 いつもの調子に戻るパパ。

 何だかんだ大人で、ママも安心したようにパパの胸元に帰る。


「あ、パパ。

 この前、祭りの後でやったのねー……多分だけど出来たわよ?」

「な、んだと……」

「検査薬したら、陽性なのよねー。

 ちゃんと病院に行って診て貰わないとぬか喜びかもだけど」


 パパの胸元に抱きつきながら、ママが爆弾発言をかましてくる。


「ママ愛してる!」

「パパぁ……私もよ」


 私たちそっちのけで二人の世界を抱き合って作り始める。

 いつも通りではあるが、


「コホン。

 私たちが帰った後にして下さい!」


 燦ちゃんが切れた。

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