第108話 性教育と妹だけど、どうしよう。

「なんで、日野さんが居るんですか」


 小学校のプールサイド。

 足を水につけながら、子供たちを見ていたら不審者が隣に現れた。


「一般にも解放されてるし、部活の休みで弟の付き添いがついでに、初音さんを見に来たんだ」


 いつも通りの正直な日野さんである。

 好意的だし裏表もないので、悪い感情は湧かないが、


「クラス違うし、見れて良かった。

 似合ってる。

 胸の辺りがパツンパツンなのは小学生には刺激的すぎだとは思うが」

「通報でいいですか?」


 全体をジロジロ見られるのは流石に嫌だ。

 胸だけをチラチラと見られるよりは幾分かマシではあるが、誠一さん以外有罪判決である。 

 彼は私の判決にイケメンスマイルで誤魔化そうとしながら、


「ところで弟はまだ話せてない感じなん?」


 気になってる話題を振ってくる。

 こういうところは野生の勘が働く、日野さんである。

 いつも通りやりづらい。


「……そうですね。

 引かれているというか、距離を置かれていると言うか」

「弟も話したく無い訳じゃなさそうだがな。

 家でどうやったら話せるか、聞いてくるし」

「良かった……」


 安堵の吐息が漏れる。


「初音さん、やっぱり優しいな。

 俺も含め、振った相手のことを気にするなんてな?

 まだ、脈ありだな?」

「勘違いしないで下さいね?

 全く、可能性なんて無いですから。

 折角の縁なんですから友達としては仲良くしたいだけなんです」

「ツンデレ頂きましたー!」


 ああ言えばこういう日野さんである。

 困ったものであるが、慣れてしまった。

 基本的に彼はヘタレで口だけだ。


「人の彼女に何してるんだ、日野……。

 燦、困ったらちゃんと言えよ?」

「誠一さん♡」


 っと、私の彼が水中から顔を出して、声を掛けてくれる。

 珍しいことに誠一さんが来てくれたのだ。


「お前こそ、何で居るんだよ……マジメガネ……」

「彼女が居る所に理由が必要か?」


 正論だ。

 流石の日野さんもグヌヌと悔しさで顔を歪める。


「お前、変わったよな……。

 何があった」

「彼女が出来た。

 それだけで男は変わるモノだとしみじみと実感した。

 初音と燦のお陰で、世界が広がったし、自信がついた」

「くそ、惚気か」

「当たりだ。

 非童貞だが、なにか?」


 っと、プールサイドに上がって、私の隣に腰を押し付ける誠一さん。

 初めて会った時より確かに筋肉質になってきている気がする。

 特に鍛えてるようなことは無い筈なのだが、たくましさを感じる。

 夜だって私たち二人を満足させてくれるから、凄い。


「燦の初めても僕だ。

 柔らかい胸も、ねっとりとした……」

「うわあああああ」


 耳を塞いで頭を抱える日野君。

 何事かと、注目を集めてしまうので、とりあえずビート板で叩いてプールに叩き落す。


「……きっつ、マジメガネから聞くのはダメージしかないわ……」


 プカプカと水面に浮かびながら、そんなことをのたまう日野さん。

 まだ余裕がありそうだ。


「人の恋路に横恋慕した報いだ」

「一対一じゃないくせに。

 お前、それ不義理じゃないか?」

「西洋の宗教感や慣習から来る近代価値観での義理が全てではない理由を述べればいいのか?」

「……くっ!

 何だか良く判らないが、丸め込まれるのだけは判った!」


 知識とは武器である。

 全くもってそれを体現する誠一さんだ。

 カッコいい。


「言っておくが、僕は燦のことが本気で好きだからな」


 心臓が飛び出てしまうかと思った。

 プールサイドの縁で大の字に立って、大きな声でそう宣言したのだ。


「あれは三角関係……?」「いや、みてたかぎり、まおとこが沈んでるほうかなー」「男らしい……いいなぁ」「やっぱり高校生は大人か……」


 周りの小学生の子にも聞こえてたのか、視線を集めるが誠一さんは気にしていない。

 むしろ、僕のだと誇示したいがために言ったようにも思える。


「誠一さん……ありがとうございます。

 私も好きです」


 そう返すと、小学生達が最高潮に達した。

 流石に騒ぎになりすぎて、監督の先生に怒られました。

 イチャツクなら、小学生のいない所でと。

 はい、ごもっともです。

 さておき、


「あれ、ノノちゃんと弟さんが居ない……」

「ホントだ。

 二人でしけこんだか?」


 キョロキョロと見渡す。

 居ない。

 トイレの方は誠一さんが行っているから、反対側を見る。

 更衣室の隣、壁と建物の間のスペースにチラッとノノちゃんのタオルが入っていくのが見えた。


「?」


 不審に思い、日野さんを伴って角へと。

 その奥の方に二人はいたが、


「ノノ、やっぱりダメだよ、こんなこと……」

「はつねーさんもしどーさんのものだってあんなこうげんしちゃったんだお?

 だからね?」

「……?!」


 日野さんが絶句してしまった。

 私もだ。

 見ればノノちゃんが、日野君の胸をいやらしく舐めているのだ。

 頭が、丁度の位置にあり、遠目で見れば抱きついているようにしか見えない。


「くろいひとがとくべつじゃないのー」

「っ!」


 モゾモゾと自分の下半身を動かす日野君は戸惑いの表情だ。

 ノノちゃんはそれを知ってか知らずか、あるいはメスの本能がそうさせるのか、右手で日野君の太股を抑える。


「きもちいーでしょ?

 ノノもね、じぶんでさわるときもちいーの♡」


 と、頬を赤くし、眼を潤ませながらスク水の上に左手を置いてさする。


「ん♡」


 それは間違いなく女の顔をしていた。

 小学生がする表情では無く、甘えるように上目遣いという武器を振りかざし、


「さわってほしいな……ひのくんに……♡」


 日野君が腕をピクリと動かし、拳を握る。

 だが、誘惑に負けそうなのか、その封印がパーになりそうになる。


「……最近の小学生はませてるな……」

「流石に止めろよ、日野」


 っといつの間にか後ろに居た誠一さんが前に出る。


「二人とも、そろそろお昼に行こうか。

 僕が奢ろう」

「あ、士道さん!」


 助かったとばかしに、誠一さんに走りよりその後ろに回る日野君。


「わーい、おひるたのしみですー。

 おかあさんがきょうはそとでたべてこいってたんでー」


 可愛い笑顔と台詞なのに、凄い気迫を誠一さんにぶつけるノノちゃん。

 奥歯をギリギリと噛みしめているのが判る。

 小学生のする表情ではない。


「それは良かった」


 っと、誠一さんは気にも留めないマイペースぶりだ。

 そのノノちゃんの頭をポンポンと叩く。

 完全に子ども扱いだ。


「その浮いたお金で、自分を磨くといい。

 イイ女と言うのは、男に求めるだけではなく、求められるモノだからね」

「……むずかしいの。

 はつあねぇさんみたいのはあこがれますけど」


 私が上がらないのが少し悔しい。


「独り言をいうが、気持ちいいだけの関係は、それ以上にならないんだ。

 もし、その道を選んでいたら退廃しかない」


 その言葉で思い至ったのは、性依存のことだ。

 確かに私は快楽に負け、誠一さんを求めようとしてしまった。

 発情状態は酷いモノで後先も考えず、どうなっても良いとも思っていた。

 あのまま処女を失っていたら、私はきっと壊れていた。

 セックスすることでしか誠一さんとのつながりを確かなモノだと感じられなかっただろう。


「はつねーさん、きもちいーのはだめ?

 しどーさん、こむずかしいこといってたけど、そういいたい?」


 呆けていた私に声を掛けてくる不安げなノノちゃん。

 今は更衣室で着替えている最中だ。


「うーん……」


 ダメと言うのは簡単だ。

 とはいえ、この一言で潔癖になるのは過去の私ルートだ、良くない。

 結局、姉ぇの痴態を観た上でだが痴漢に淫乱にされてしまい、反動が酷いことになった。


「ダメじゃないけど、ノノちゃんは彼に好いて欲しいんだよね?」

「うん!」

「だったら、誠一さんのいうことは正解。

 体だけ求めあっても、お互いに成長することは出来ないし、愛がそこで止まっちゃうから」

「あいがとまる……むつかしい……」


 悩みと表情に浮かべるノノちゃん。

 確かに、私自身も難しい話だ。

 簡単にするにはと考え、


「日野君とは気持ちいいこと以外にご飯食べたり、遊んだり、勉強したり、一緒にいて色々したいでしょ?」

「うん!」

「気持ちいい関係だけで相手を手にいれると、他のことをしなくなっちゃうの。

 それだけが恋や愛を確かめる手段と錯覚しちゃうから」

「そうなの?」

「私がそうだったから」

「はつねーさんが……」


 今もではないかとは不安に思うし、私が壊れている自覚はある。

 ただ、誠一さんに好きだと本気になって貰えた上で処女を失えたことで、心の充足を覚えた。

 そのおかげで一緒に生活していると確かに、性行為をしない穏やかな時間すら幸せに感じている。


「それに今、きもちいーことをしすぎると、胸が大きくならないよ?

 マリさん、ちいさいでしょ?」

「たしかに……はつねーさん、まじめだったからむねおおきい……?」


 ムンズとブラをしている最中にノノちゃんが下から持ち上げてくる。

 真面目すぎてストレスが溜まり、過食したのは間違いない。


「少なくとも私はそうだったよ」

「でも、はつあねぇもおおきいよ?」

「マリさんはしすぎなの。

 なにごとも程々だよ」

「わかったの……ひのくんとはきもちいいことだけじゃなく、いっしょにたのしくするの!」


 判ってくれたのか、私に抱きついてくれる。

 尊い。 

 そんなかんなで着替え終わり、外に出ると誠一さんらは既に居た。

 待たせてしまったようだ。


「あのひのくん……?」


 誠一さんの後ろ、ノノちゃんの声にビクリと体を震わせる日野君の頬がほんのりと朱を灯す。

 男子更衣室でも、何かアドバイスがあったのだろう。

 日野さんならともかく、誠一さんなら大丈夫だろう。

 誠一さんが信頼を得たことは、彼らの距離が近いことから判る。


「ごめんなさい、ひのくん!

 ノノばかりワガママいって!

 ノノいっしょにいたくて、あせっちゃって!

 きもちいいこともしたいけど、でもそれよりひのくんといろいろとせいちょうしていきたいの!

 おっぱいもおおきくなって、はつねーさんをわすれさせたいの!」


 ペコリと謝るノノちゃんから目線を外し、一旦、私を見、前に出る日野君。


「……いいよ、ノノ。

 僕もノノのことは考えるように頑張って、ちゃんと向き合うよ」


 その頭を撫でた。

 誠一さんのような台詞だ。


「えへー♪」

 

 すると芝桜のような可愛い笑顔が花咲いた。

 尊い。

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