第106話 決意の初音ですが、なにか?

「ふぅ……」


 今日の勉強終わり。

 パタンとしどー君ノート虎の巻を閉じ、クタッと机に倒れ伏す。

 リビングの時計を観れば一七時。

 一時間半毎に休憩を挟んだり、シーツを干したりしたが、それでも都合五時間は勉強したという話だ。

 ベランダに干したシーツはちゃんと乾いている。

 お日様の匂いがする。


「しどー君、そろそろ買い物いこっかー」

「ん、もうこんな時間か……」


 トントンと、しどー君の部屋へと入る。

 まだ昨日の匂いが染み付いている気がすると、ちょっと頬に熱を覚える。

 夏休みに入り、勉強のスタイルは二つになっている。

 しどー君とするか、しないかだ。

 一人の時は答えが判らなければ、答えと解き方を観て、それでも判らなければ溜めて置き、しどー君と一緒の時間にまとめて聞く。

 そして反復を忘れない。


「今日、判らない所はあったか?」

「何とか何とか、大丈夫よ。

 英語だけはやっぱり何とも直観と言うか理解がつけにくいんだけど」

「まぁ、英語は国語と一緒で慣れも必要だからな……。

 口語ならそこまで文法は気にしなくても通じるんだが」

「ほーん?」


 言われ考えながら、シーツを取り換えていく。


「日本語でも最低、動詞があれば判るだろ?

 プリン、食べたいとか」

「なるほど……しどー君、デートしたい」

「僕がしたいのか、僕としたのかが謎ではあるが、通るだろ?」

「確かに。

 ちなみに私はしどー君とデートしたいけど、しどー君は?」

「したい」


 こういう所が素直で良い。

 私は一旦、部屋の外に出て隙間時間で、軽く机や隙間を拭きにかかる。


「帰り際か行き際に燦ちゃんを拾うかなー」


 燦ちゃんは例の小学校でプール当番に十四時から参加している。

 その前と後は特別な許可を得て小学校の図書館で勉強しているという話だ。

 実家からだと毎日は大変だったろうとは思うが、こっちに来たので増やして貰ったとのことだ。

 何だかんだマジメであり、生徒会やらボランティアなるものも大変だ。

 さておき、朝昼兼用だった燦ちゃんのことだ、お腹が空ている筈だ。


「私もさすがに……お腹減った……」


 昨日の夜、体力を使っていたから猶更だ。

 お腹がキューっと鳴り、空腹を認識してしまう。


「昨日はグリーンカレーだったし、何にしようかな……」


 献立を悩んでしまう。

 あれは鶏肉だ。

 だから今日は魚が妥当な訳だが、イマイチ魚という気分ではない。


「ガッツリ食べたいのよね……。

 昨日体力使ったから。

 まぁ、出モノで安いモノか良いモノがあればそれで考えよ……」


 流石に今日は昨晩のペースでは無いと思いたい。

 あれはオーバーペースだ。

 しどー君もよく枯れ果てないモノだと感心してしまう。

 まぁ、私も、燦ちゃんも、しどー君も燃え上がる要因があった訳でして。

 左の薬指を観る。


「えへへへ」


 顏が緩んでしまう。

 銀色の輝きが眩しい、婚約指輪だ。

 今まで、本当にしどー君にふさわしいか、悩むことがしばしばあったし、今もかげることがある。

 私自身、いい加減にしろとは思うが病気みたいなモノだ。

 彼のことになると途端に弱気になってしまう私なのだ。

 そんな私でも婚約指輪を観れば、しどー君が本気で私を必要としてくれていることが判り、だいぶ気が楽になる。


「イイ女にならないとなー」


 伸びをしながら、そう決意を口にする。

 今でも私は十分、イイ女だとは思う。

 とはいえ、今で満足したらそこで終わりだ。

 ただでさえ最近はしどー君の成長に置いて行かれている気がしている。

 うん、頑張らねば。


「初音、何でガッツポーズ取ってるんだ?」


 おっと恥ずかしい所を観られたぞ。

 顔が火照ってしまう。


「しどー君にふさわしいお嫁さんになるために頑張ろうと思ってたのよ」

「……そうか」


 こういう時は下手に隠さず、素直に言った方が良い。

 変なすれ違いフラグだとかにしたくないのだ。

 しどー君も頬を紅くしてくれて、ポリポリと人差し指でメガネの無い頬をかく。


「僕の方こそだけどな」

「いやいや、私の方こそ」

「いや、僕の方こそ」

「まだまだ、私の方こそ」

「僕の方だって」

「私の方だって」


 言い合いになったのを二人で笑ってしまう。

 お互いの為を思って言っているのに、意地の張り合いになってしまった。


「お互いに成長する方向でいいよね?」

「そうだな」


 そう言いながら、しどー君の胸元にポフンと身を寄せる。

 そんな私を彼は軽く抱きしめてくれる。

 本当に良い彼氏さんだ。嬉しくなってしまう。

 だから、私は一つ決意して言葉にする。


「しどー君、しどー君」

「なんだ、初音。

 真面目な顔をして」


 少しだけ見上げて、寄り掛かりながら彼の整った瞳を私を捉える。


「真面目な話だからよ」


 深呼吸して頭の中を整える。


「……しどー君の家に、挨拶行きたい」

「……⁈」


 驚いてくれる。

 いつもしどー君のことに関して弱気だった私だ。

 その私が覚悟を決めたのだ、そりゃ、しどー君も眼を見開く。

 そして彼はクシャっと頬を釣り上げて、


「嬉しいな」


 っと言ってくれる。

 これだけで覚悟を決めた甲斐があるというモノだ。


「何だかんだ、あんな形だけど、しどー君は私の両親と会っちゃったしね。

 不平等でしょ?」

「あれは挨拶というか、何というか……」


 思い出しながらしどー君の表情は苦笑い、珍しい表情だ。

 確かにあの日はイベントが多すぎた。

 私のあるオジサンが叔父であることが判明したり、お嬢と血の繋がりは無いが親類だということが判明したりイレギュラーではあった。

 それでも、私の両親としどー君が出会い、面識を得たことには間違いない。


「しっかりとした場で会う必要があるだろ?

 そのための踏ん切りにと婚約を送った訳だ。

 そこまではしっかりしておく必要も逆にあったと考えてたし。

 ケジメだな?」


 マジメガネらしい理由だ。


「首輪はどうかと思うけど?

 ママならともかく、パパが発狂する気がするわ」


 自分の娘に首輪がさせられている状況を観て正気を保てる父親なんぞいない気がする。

 特殊性癖な人は確かにいるかもしれないが、パパはそっち方面の特殊性癖ではない。日野君とは違う。

 天気予報が血の雨になってしまう。


「初音、そしたら僕が先でいいか?」

「私が先でいいわよ?」

「いいや、僕が先で」

「私が先!」


 さっきと同じやりとりになってしまう。

 何だか何だか気が合うと、笑いあってしまう。


「この件は譲って欲しい。

 先に僕が行動してないのに、何事かと言われるからな」

「それなら判ったわよ。

 私も先に婚約のお返ししないといけないし、ちょうど良いわ」


 私の言葉に、驚きを見せてくれるしどー君。


「婚約返しなんてモノはほぼほぼ廃れている文化だぞ?

 よく知っていたな」

「あ、そんな文化あったの?

 ビッチは不義理が嫌いなの。

 貰いモノには返すのは当然だからと思っただけだけど」

「初音、やっぱり君はスゴイな……」


 っと、嬉しさを伝える様に抱きしめてくれる。

 顔が綻んでしまい、彼の事を求めたくなってしまう。

 でも、まだ早い。


「しどー君、軽くキスしよ?

 欲しくなってるから抑えたいの」


 っと、言い終わった瞬間、不意打ちをする。

 彼のふにっとした唇の感覚が嬉しくなってしまう。


「えへへへ、ごちそうさまでした」

「……初音、改めて君に恋して良かったと思う」

「ばーか、ビッチ褒めてどうすんのよ♡」


 っと、彼の鼻をピンと指でつついておく。

 全く愛しい人である。

 だから、もう一回キスをしたくなり、する。

 そしてもう一回。

 それを繰り返すうちに長いのをしてしまい、買い物の時間が少しだけ遅れた。

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