第102話 指輪ですが、なにか?

 日野君を置き去りにして、三人で向かうは家である。

 京都タワーに途中よって、夕日が凄くて悔しさを覚えつつ、感動した。

 晩御飯の用意をしようかと、キッチンに立とうとするが、


「今日は私がやる!」


 っと、燦ちゃんが意気揚々と立ちふさがってくれた。

 一抹の不安を覚えながら、甘やかすのも良く無いと、


「任せるわ」

「任された」


 ムフーっと、燦ちゃんが鼻息を荒くする。

 本当に犬っぽい。

 さておき、手持ち無沙汰になった私は、姉妹部屋の掃除でもしようかという所に、


「初音、ちょっといいか?」


 リビングからしどー君が声を掛けてくれる。

 メガネを掛けた彼は少しマジメな顔をしている。

 なんだろう?


「はい、初音。

 ご褒美だ」


 と、手渡される小さな箱。

 何だろうと思う、片手にすっぽり入る、正六角形。

 あまり馴染みのないサイズだ。


「開けてくれ」

「はあ……」


 ニコニコと意味深い笑いをするしどー君。

 珍しい表情だなと思いながら、言われ、上下に開くことに気付く。

 カパッ。

 丸い輪っかが入っている。


「……リング?」


 親指と人差し指で取り出して観る。

 銀色の輪っかだ。


「…………?」


 なんだろうこれは、ちょっと考える。

 部屋の白い蛍光灯にかざしてみるが、やはり輪っかであることは変わりなく、隠された暗号なんかが出てくるでも無い。


「……なーにこれ?」


 私は、脳が理解を拒否して、聞いてみた。


「指輪だ。

 婚約指輪」

「パードン?」

「婚約指輪だ」

「なんですと?」

「婚約指輪だ」


 ……ようやく、脳が拒否を終える。

 聞き間違いでも無いようだ。

 つまり、これは婚約指輪。

 判る。


「安物だから、怒ってるのか?

 僕自身の稼ぎだと、どうしてもな?

 委員長に頼まれごとをした際の報酬をだな、使ってはいるんだが、宝石とかは流石に。

 それでも初音を安心させたかったんだ」

「……いや、そうじゃなくて。

 そうじゃなくてね⁈」


 しどー君が不安そうな顔をしないで欲しい。

 だって、私の脳が有り得ないと、エラーメッセージを出しているだけなのだから。


「ホントに?」

「ホントだ」

「ホントにホントに?」

「ホントにホントだ」

「ホントにホントにホントに?」

「ホントにホントにホントだ」


 ここまで言われて、ジンワリと嬉しさが驚きを凌駕してくる。

 そして、一旦、私はそれを大切に抱きしめて、


「はめて?」


 夢なら覚めないでと願いを込めながら、しどー君へと向ける。


「判った、お姫様」


 彼は真面目な顔をして、私から指輪を取る。

 私の左手を彼の左手で下から支えながら、震える右手で薬指に。


「……どうだ?

 ピッタシだろ?」


 ジャストサイズだ。

 よくもまぁ、私の指のサイズなんか計っていたもんだ。

 マジメガネだ。


「……改めて聞くけど、私なんかで良いの?」

「初音じゃなきゃダメなんだ」


 いつもの、しどー君だ。

 マジメガネの真摯な視線が私の弱気な心を射抜く。


「もう一回言おうか?

 何度でも言ってやろうか?」

「……ううん、ありがと」


 薬指を上に掲げ、観る。

 夢じゃない。

 私の薬指には、シンプルな銀色の輪っかが嵌っている。

 キラリと白色電球に光が輝いて、奇麗だ。


「まぁ、入塾祝いを兼ねるようなものではないかもしれないけどな?」

「ううん、とっても嬉しい!」


 っと、抱き着いてポフッっとソファーに押し倒してしまう。


「何というかね。

 やっぱり悩んでる部分はあったのよ。

 私がしどー君に合わないんじゃないかと」

「初音はこの件に関しては本当に自信ないよな……」

「そりゃね?

 しどー君の事を考えるとビッチがネガティブに思えちゃうし、産まれも育ちも貧乏だし……。

 成績もドベ。

 産まれに関しては最近否定されて、成績も改善されて結果が出せた訳で、自信が出てきてはいたけどね……」


 でもね、と続ける。


「やっぱり、形あるもので示してくれると本当に、ほんとーに嬉しいし、自信になる。

 あぁ、私はしどー君に求められてるんだなって。

 えへへ」


 っと、彼を下にして、その頬を柔らかく撫でる。

 彼の体温や頬っぺたのスベスベ感がが気持ちよく、手のひらを伝わってくる。


「なら良かった。

 僕も実は緊張してたんだ」

「らしくないわね。

 いつもなら、決めたらそのまま直進していくのに」


 暴走マジメガネである。


「そりゃそうだ。

 初音に渡すんだぞ?

 僕らしくもないせいで渡すタイミングを完全に逸してたからな……。

 ここで渡そう、ここで渡そうと思ってもなかなか、切り出せなかった」

「そんで家でと」

「……プロポーズも家だったしな。

 何というか初音には気取った僕よりは普段通り気楽なのが良いなと。

 ムードも何もないけどな?」


 っと、しどー君が力なく笑みを浮かべる。


「いいのよ、それで。

 私が好きになったのは、弱気なしどー君をみたからだし、守ってあげなきゃなーって」


 ワイシャツの前を緩めて、抱き着いて、胸を顔に押し付けてあげる。

 すると、彼もすがる様に顔を上下に動かして見せブラに擦り付けてくる。

 気持ちいい。


「落ち着くな、やっぱり初音のが」

「そうでしょ、そうでしょ?」


 嬉しそうで、そしてリラックスした声だ。


「ふふ。

 子供みたい」

「胸吸うと、感じるのは母親のすることではないけどな?」

「むー、エロい赤ちゃんですこと」


 フフフと笑みを浮かべると、彼も釣られて笑みを浮かべてくれる。


「そういえば、この前、家帰った時な。

 許嫁の件を断って来たんだ」

「ちょっと待て、しどー君。

 あんたそんなもんいたんかい」


 爆弾発言すぎて、私の言葉が滅多に出ない関西弁を帯びる。

 許嫁と言えば、委員長とお嬢という例がクラスにも居るが、そうそう実生活でみるモノではない。

 まさか、しどー君がとは思いもよらなかった。


「まぁ、親同士がお遊びみたいに決めた話だったし。

 親父も了承してくれた。

 相手も問題なく解消してくれたって、この前、回答も来たわけだし」

「ほほーん。

 相手とは良く会ってたの?」


 ちょっと興味ある。

 今以上にマジメガネの彼のことだ、マジメに許嫁していたに違いない、っと決め付けてかかる。


「年上だったし、疎遠でな。

 学校が同じ妹とは会ってたみたいだが」


 意外だった。


「ほー。

 メイドの件といい、やっぱりしどー君て良い所のおぼっちゃまよねー」

「そんなことないぞ?」

「※これは個人の感想です」


 突っ込んでおく。


「この前泊まった、鳳凰寺さんの所の方がよっぽどだろ?」

「叔父さん、お嬢らは規格外じゃないかな?

 行き過ぎた謙虚さは、嫌みになるから気を付けるのよ?

 しどー君は本気で言ってそうだけど」


 いかんせん、マジメガネだ。

 つけてるメガネを両手で外してやる。

 そして頬と頬を擦り合わせてやる。

 燦ちゃんが好きな行為でやってみたかったのだが、意外に気持ちいい。


「そういえば、初音。

 この前、一人で鳳凰寺さんの所に行ったのは何だったんだ?」

「あー、結果的に女子会になったわよ?

 気になる?」

「気になる」


 ふふふ、っと含み笑いをもたせながら、


「あの日、リクちゃんへの性教育を頼まれてたのよ。

 お祭りの日に暴走したから、早々に対応として叔父さんから。

 そこで、出くわすはお嬢と委員長妹。

 そしてついでに、性について教育してあげたわけよ。

 ふふ、うぶな三人に教えるのは楽しかったわ」

「委員長が不憫に思えてきたぞ」

「失礼ね。

 私は善意よ、善意。

 委員長を困らせてやろうとは考えてるけど、ノロケまくっただけだし」

「初音?」


 あ、しまった。

 私の頬が両手で軽く掴まれ、引き離される。


「しどー君とのエロ生活も教材に使いました。

 男性はこんなことすると嬉しがるわよ、とね?」

「クラスメイトに性生活をしられるのは微妙な気分になるぞ……流石に」

「ごめんなさい」


 しどー君はそれで、手を離してくれる。


「まあ、いいさ。

 嘘ではないし」

「ありがと、しどー君」


 と言い、チュッと軽く唇を頬に当てる。

 そして、逆側にも、そして額にもだ。


「誓いのキスよ?

 私はしどー君のモノだと改めて示しとくわ。

 私を捨ててもいいけど、それまではちゃんとしてね?」


 メンドクサイ女になっている気がする。ビッチらしくない。

 それでも、彼はそんな私に真面目な視線を向けてくれて、


「ネガティブ出てるぞ……捨てないし、ずっと僕のだ。

 僕は君が好きだし、もう離すつもりはない。

 結婚したいし、子供を産んで貰いたいし、ずっとそばにして欲しい。

 プロポーズした通りだし、改めて言う」

「うん……覚えてる、うん」

「ほら、初音」

「あ……♡」


 私の頬を今度は軽いタッチで触りながら、誘うように唇を重ね合う。

 最初は軽いキス。

 そして、離れ、また唇を重ねる。

 今度は舌と舌を絡ませ、唾液を飲ませあい、相手を確かめるように口内を溶かし合うように舐める。

 クチュクチュと唾液の音がリビングに響いて耳を刺激し、味覚からはしどー君の味が広がって脳を痺れさせていく。

 高まりを我慢できない……♡


「……しどー君、しよ?」

「しどー君、しよじゃないよ、姉ぇ。

 ご飯出来たよ」


 引き剥がされて、振り向けば、笑顔の妹がいた。

 目元は笑っていなかった。

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