第98話 昔話との妹だけど、どうしよう。

「……これはある少女のはなしー」


 マリさんが、日野君を見ながら話しを始める。その視線は感情が読めないように眼を細めている。


「昔々ある良家に少女は産まれました。

 何不自由なく、でも厳しく育てられましたが、順調だったと言えるでしょう。

 少女は思いました、私は特別なのだと。

 皆にチヤホヤされるのは、私が特別なのだと。

 言われるがまま、しきたり、ルール、規則に沿うだけで、チヤホヤされるし、少女はそれに何の疑問も持っておりませんでした。

 そんなある日、その少女は誘拐されました」


 ゴクリとコップから炭酸を流し込む。


「犯人の目的は家への怨恨でした。

 理由はタダのひがみなのですが、少女は言われました。

 お前は家があるからこそ好かれているが、家さえ無ければ誘拐されなかった。

 お前は自分に選択肢はないし、これからも家の顔色を伺う連中に愛想笑いをされていくのだと。

 それは多分、呪い。

 助けられた少女は誘拐された恐怖とその言葉が結び付き、家族が怖くなり、回りが怖くなり、自分というアイデンティティーを失いました。

 理性ではそんなことは無いと否定しても、古い家にこびりついた染みのように彼女の精神を犯しました。

 家族は戸惑いました。

 変わってしまった少女を忌み、距離を置くようになりました。

 友達も戸惑いました」


 一息入れる。


「なげえよ。

 俺は頭が悪いんだ、端的に言ってくれ」


 ぶった切る様な発言に私は目を丸くして、日野さんを観る。


「あんた、ホント最低ー。

 男子だったら、うんうんそうだねって、同情するところー」

「しらねーよ。

 俺はそんなことしたことねぇ」

「これだから俺様系は……。

 まだちょっとだけつづくんじゃよー」


 とはいえ、マリさんは顔から緊張が抜けたのか、顔からこわばりが抜ける。


「馬鹿な日野っち用にいうとねー「誰が馬鹿じゃ」、自己喪失して自殺しようとした時に山姥な援助交際の先輩に会って世界が広がったのよー。

 私を知らない世界、私が知らない世界。

 また、色々な理由で援助始める人たちを助けて、価値観を広げ、その先輩から引き継いだりして、少女は自己を確立していきました。

 表では昔通りのしきたりバシバシのイイ子ちゃんを演じつつー?

 親もそれで安心してくれてるし―」

「つまり、ハッピーエンドだな?」

「サンチャ、この人、ある意味凄ない?

 本当にあの子のお兄さん?」


 間延び口調が途切れて、指で日野さんを指さしながら、私を観てくるマリさん。


「あはは……日野さんだから……」

「俺だからな!」


 そんな日野さんは日野さんで、「照れるぜ」とか言っているので人生前向きな方が気楽でいいのかもしれない。


「というわけで、化粧をしてるわけー。

 誘拐とかの回避、家からの脱兎、自己確立ためにねー?

 私のアイデンティティーよ、判る?」

「ホント馬鹿だなー、ハハハ」

「ちょっと保津峡ほづきょう駅から桂川に紐なしでダイブさせたほうがええんやろか、こいつ」


 ちなみに保津峡とは、嵐山の奥の山間である。

 駅も川に跨いで作られており、下が見える怖い所だ。

 冗談無し、関西弁混じりで言うマリさんに対して、心底おかしそうに笑いながら彼は、


「だってな?

 基本的に他人に興味が無いんだぜ、この世界。

 俺みたいにイケメンに生まれて努力して、サッカー部レギュラーを獲得したとかすれば別だが、基本は他人は他人。

 たまたま、あんたの家に興味があった狂人が居ただけだ。

 それを全員だと思ってるのがあんただろ?

 馬と鹿の区別がつかないという通り、馬鹿なんじゃねーの?」


 こう言い切った。

 私は眼を見開いて、彼を観ながら、


「日野さんが難しいこと言ってる……?」

「ぉ、惚れてくれた?

 マジメガネから乗り換えない?」

「無いです」

「うう、何でアイツが……」


 そんな項垂れる彼をマリさんはどうしたモノかと観ている。 


「まぁ、その通りねー……」

「よし、俺の勝ちだ!」

「何に勝敗をつけようとしてるのー、この人?」

「じゃぁ、聞くが、今の自分は嫌いか?」


 言葉が繋がっていない、いつもの押しつけがましい日野さんだ。

 それでも、マジメにマリさんは考えて、


「……嫌いじゃない」


 ポツリと答えた。


「なら、良いじゃないか。

 ハッピーエンド」


 そして歯を煌めかせながら、サムズアップ。

 なまじイケメンなのがムカつきを増長させる。


「……この人、ホント苦手……。

 なにが、なら良いじゃないかなのー?

 結果論だけで押し通そうとしてくるー」

「私も苦手なのは同感です」


 はぁっと、マリさんがため息を表し、私はそれに釣られ笑みを浮かべる。

 そしてクスクスと二人で笑いあう。


「ぇ、何で俺ディスられてるの?

 イケメン無罪だろ?」

「うーん、そんな風にゴリ押してると、あの子みたいな人が出るんだと思うですけど?」


 あのクラスメートの話とかだ。


「基本的に俺も他人には興味が無いからな?

 誰も彼も知る事なんか、頭悪いからできねーし。

 アンタの事も、弟に関わるから聞いてただけだし」

「ホント最低ー、この人。

 よく、サンチャはこの人と友達出来るねー?」

「強引ですけど、悪い人では無いし、裏表がないんで。

 友達以上にはしませんが」


 それに何だかんだ私を助けようとしてくれたことには恩義は感じている。


「……そういえば、字面的にセフレも友達だよな?

 これはいける⁈」


 私が飲もうとしていたウーロン茶をむせる。


「げほっ……友達もやめましょうか?

 下僕扱いしますよ? 姉ぇの言ってる通り。

 それに童貞ですよね、日野さん?

 私がどう初めてをあげたか、教えてあげましょうか?」

「……それはそれで聞きたい!

 さぁ!」


 隣の席から詰め寄ってくる日野さんはとりあえず、メニューの角で沈める。

 ……しまった、彼には寝取られ性癖があった。

 私は彼の幼馴染でも、何でも無いわけだが、反省。

 

「手が出るので勘弁してください」

「出してから言わないで……。

 俺も行動が過ぎたのは謝るから」

「このように冗談が過ぎたとか言わない時点で正直ですよね?」


 と、言うと、マリさんが笑顔を浮かべてくれる。


「で、弟君のこと堕とすの手伝ってもらえるかなー」

「私は……エッチな事を控えてくれるなら静観します」

「日野っちはー?」

「……先ず、その顔をするのはヤメロ。

 弟は何だかんだでよく見ているが、自分でさらけ出すのとはまた違うだろ?

 とりあえず、邪魔はしないスタンスでいてやる。

 ノノはよく知ってるし、一方に肩入れするのは避けたい」

「むー、上から目線ムカつくよー!

 仕方ないけど……」


 譲歩するのが日野さんであり、協力を願い出るのがマリさんだ。


「これを外すとマリじゃないからいやなのー」

「そこを治せよ、先ず。

 顔を素で出すのも不利益だと考えるなら、せめて別の形を考えろ。

 お面をするとかな?

 さっきも言った通り、弟に不利益だ」


 っと言いながら、コーヒーをすする。


「この人、にがてー!

 なんとかしてよー、サンチャー!」

「私にも何ともならないので勘弁してください。

 それに日野君と付き合うなら、この人がお兄さんですよ?」

「お兄様と呼んでいいぞ?」

「……うわ……そうだった……」


 絶望に顔が染まるマリさんであった。

 とはいえ、何処か気楽さを感じたので、相性自体は悪い感じはしなかった。


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