第97話 対山姥な妹ですが、なにか?

「えっと、はつねんの妹さんのー?」


 顏にはラメ。

 何というか、私から見たら慣れない姿で圧倒される。

 制服はあまり良いうわさを聞かない市内の私立学校のモノだ。


「燦です、呼びにくければ何なりと」

「じゃぁ、サンチャでー」

「……えっと?」


 ちょっと呼び慣れないあだ名をつけられて戸惑う私が居る。

 そんなあだ名をつけたのは、顔を真っ黒に染めた山姥こと、マリさんだ。


「で、そっちが彼氏のマジメガネね?」

「寒気がするのでやめてください。

 この前と同じネタですし、そもそも姉ぇがこんなの選びません」

「たしかにー」


 日野君が私の言葉にノックアウトされて、初手机に突っ伏しているが無視しよう。

 ここは、河原町のイタリアンチェーン店。

 姉ぇも良く使っていたらしい。


「冗談冗談。

 あの弟君のお兄さんなら、仲良くしとこうと思ってねー?

 よろぴくー、日野っちー」

「ぉ、ぉう……」


 まだ立ち上がれず、指だけでサムズアップする日野君。


「で、サンチャ、今日、このお兄さんとセットについてきたのはなんのかなー?

 私は今日、この兄から見た、日野君を知りたかったんだけどー?」


 っと、鋭い目をしたまま、頬だけで笑うマリさん。

 何故かは判らないけど、警戒されてる感じだ。


「えっと端的に言います。

 日野君を狙うのは良いんですけど、エッチなのはしないでください」

「なんだと……?

 そんなうらやまけしからん……のか?

 顏の作りは丁寧だし、しっかりすれば美人だろうが、この顔を好んでする人間にされてもなぁ……。

 中二病と同じ感じがする」


 日野君が驚いて、次には悩んでマリさんを指さす。

 マリさんはマリさんで、絶句し、一息溜めて、


「……日野っちにはしないわ。

 それに弟君にもしてないわよー?

 くすぐっただけだしー?

 男の子の胸をもんでも、何か問題あるかなー?」


 クスクスと笑い始めるマリさん。

 日野さんに向けてる視線は睨み付けるに近いが。


「別にそんなのは良いんです。

 性交渉だったり、姉ぇの言うヌキの行為は本人が成長するまで待ってあげてください」

「……すっごいストレートにぶつけて来たわー。

 ある意味、はつねんより凄いわよー?」


 目を丸くして私を興味深そうに眺める。

 そして納得したように、


「判った、いいわよー。

 私もちゃんと成長させてあげたいし、性行為への犬に惚れた男をしたいわけでもないしー?」


 嘘はなさそうだ。

 姉ぇだって、誠一さんを虜にするのが目標では無かった。

 今だって、誠一さんをイイ男にするためにと頑張っている甲斐性な姉ぇだ。

 その姉ぇに友達と言われる人なら、男にたいして悪いことはしないだろう。


「ただ、私としては今すぐにでも食べちゃいたいけどねー?

 でも、私だっておんなだからー?

 求められたらしちゃうわよー?」


 ペロリと舌を出し、自分の人差し指を舐める。

 色っぽいとは思うが、違和感がある。

 姉ぇと違って作った感じを覚えたのだ。


「……すみません、処女ですか?

 なんか、色気が薄っぺらい……」


 ポロっと零してしまった質問に私はハッと口を両手で塞ごうとするが、もう遅い。

 マリさんが、バンと机を両手で叩き、

 

「……そうよー?

 穴あきの何が偉いのよー!

 一度、破られた城壁より一度も破られたことのない城壁のほうが強いにきまってるわよー?」

「ぉ、ぉう」


 日野君が引いている。

 この人、ツワモノだ……!


「何よ、はつねんと言い、サンチャと言い、色気ムンムン姉妹で!

 おっぱい?

 おっぱいがデカいのがそんなに偉いのかー!」

「デカい方が色々出来ますよ……?

 挟んだりとか、揉んだりとか。

 してあげると、顔が緩むんです、彼」

「のろけかきさまー!

 ぉい、日野っち、こたえろー!

 その贅肉が意味が無いって事を証明するのだー!」

「ほぼ初対面の女性にそんな質問をされる俺って一体……。

 ともあれ、有った方が好きだな。

 やっぱり胸は男にとって憧れだ!」


 正直、最低な会話だし、周りから見られているのはどうかと思う。

 ただでさえ日野さんは黙ってれば美男子で、マリさんは山姥で、私は眼鏡美少女で目立つのだ。


「チクショーメ!」


 バン! っと、机を叩きつけて立ちあがり、ジンジャエールを持って帰ってくる。


「で、日野っちに貧乳の女をあてがう話だっけー?」

「それはそれでありですね……」

「扱いが酷くないか、俺?」

「いつまでも私のことに付きまとうのは迷惑なんです。

 私はもう徹頭徹尾、彼のモノです」

「くは……」


 さておき、


「弟君の話は純粋な男の子を弄んでいるだけにしか見えないんです。

 姉ぇが援助交際相手にしてたみたいに」

「違うわよー?」


 っと、ウットリとした表情で私を観てくる。


「彼の事を思うとね?

 心臓が高鳴るのよねー、こんなことは初めて」


 頬を赤らめて続ける。


「そもそも私が援助交際をこんな顔して始めたのは、私という心を認めてくれる人を探していた訳でねー?

 少年はその点でちゃんと観てくれたも評価が高くて……一人でオカズにしちゃいそうよー?」

「しちゃいそうじゃなくて、したんですね?」

「ふふー、ばれたかー」

「私もそうでしたんで」


 そういうと、私に笑みを向けてくれる。

 何というか、私と同じ行動をしていたことが判ると、目の前の人も弟君にちゃんと恋をしていることが理解出来た。

 逆に、


「ふーん、サンチャもちゃんと恋してたんだ……。

 はつねんから聞いてた時は、姉に対抗してるモノかとも思えたから。

 後は二股野郎をとっちめればいいわ」

「それをしたら、私も姉ぇも許しませんから」

「ぉぉ、こわいこわい……」


 っと、私のことも相手は理解してくれたようだ。

 何というか、悪い人ではなさそうだ。


「そしたら、どーするかなー。

 あのノノノには悪いけど、私も本気だしなー。

 恋の鞘当ては早い方がいいからねー」

「相手、小学生ですからね?

 こっちの兄なら好きにして下さい」

「やだ。

 ヌキぐらいならと考えてたけど、いきなりズケズケと踏み込んできたし」


 間延びしたトーンが消えて、本気で嫌がるマリさん。


「一ついいか、俺から」


 日野さんが挙手し続ける。


「弟と付き合う前にその顔、辞めろ。

 別に兄としてはノノだろうと、あんただろうと興味はない。

 初音さんだったらハラワタが煮えくり返るが、それ以外は誰でもいい。

 ただな、あんたのそれ、弟にとってデメリットしかないんだわ。

 よく考えろ、小学生がこんな顔をしたヤツと歩いてて同級生に見られてみろ。

 からかうネタの対象だ」

「珍しく正論ですね……」

「あの、俺、いつも正論だぞ?

 決めつけたりはするけど」


 そんなやり取りを見ながらマリさんは笑顔を浮かべて黙秘だ。


「……言っとくが悩んでる時点で、弟への気持ちはその程度かと思うからな?

 あんたは一方的に自分の我が儘を押し通せる相手と付き合いたいだけだと、そうも言えるんだ。

 そんなヤツに弟をやれるか」

「……なにもしらない癖に」


 ポツリとマリさんが俯きながら漏らした。


「しらねーよ。

 教えて貰ってもねーし。

 何も知らない相手に期待してんじゃねえよ」


 日野さんは当然だと返す。


「まあ、判ることはあんたがムキになるぐらい、何かがあるだろう事ぐらいだ。

 それが弟の為にならないなら、俺はあんたの敵だ」


 私を心配してくれる姉ぇに被った。兄や姉というのはこういうものなのかもしれない。

 普段の行いからは想像も出来ないが。


「……私が化粧を外すと逆に迷惑になるのよ、詳しくは言えないけど」

「何処かの旧家のお嬢様とでもいうんじゃねーだろうな?

 笑い話だな」


 マリさんが肯定も否定もせず、弱々しい笑みを浮かべて、


「見直した、あんたすごいなー」


 とだけ述べた。

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