第74話 佐井通、春日神社ですが、なにか?

「~♡」


 頭上へ今にもハートマークを飛ばしそうな程色ボケしている妹なので、とりあえず頬っぺたをつねる。


「ひぃたい、これは現実ですね♡」

「ダメだコリャ」


 正気に戻らない妹をどうにかしようとした試みは失敗に終わった。

 日野君と別れてからこんな調子だ。

 なお、先ほどのディープキスはしどー君の反撃に悶絶させられ、廊下に陸に上がったマグロのようにビクンビクンと転がってしまった。

 とりあえず、しどー君と二人で妹の意識が戻るまで空き教室に拉致したが、絵面は明らかに犯罪か何かであった。

 さておき、


「燦」

「はい♡

 何でしょう、誠一さん」


 名前を呼ばれただけなのに、嬉しそうにニコニコと尻尾を振る犬のようにしどー君の前に出てくる。

 今は西院の辺り、春日かすが通、別名、佐井さい通を歩いている所だ。

 佐井通……つまりさいの河原、子供が石を積み上げては崩される話にある通り、元々は地獄と言われていた場所らしい。

 本当に地獄があったわけではなく、京都の外と内を示す境界の役目だったらしいが、とはしどー君から聞いた。

 なお春日通の由来は春日神社があるからとのことだ。

 今の目的地はそこだ。

 しどー君の家から遠い訳ではなく、西大路通りから一つ入った所なので三人で徒歩で歩いている。

 日が完全に沈んだ夜中の道を満月が照らしているが、何というか寂しい通りだ。


「今から行く所は特に厄除けと病気治癒にご利益がある場所だ。

 燦のために参っていた場所だ」

「……あ」


 妹が正気に戻ったように落ち着く。

 今、ナウで性の衝動が出ている妹にとってはその言葉は冷や水にあたったらしい。

 とはいえ私が思うに、


「燦ちゃんの件で性依存症を言われても神様どうしたら良いか悩んだんじゃないかしら」

「それは僕も思う」


 誰だって悩むだろう。


「とりあえず、今回は色々と幸運があって燦に被害が出なかった。

 それのお礼を晩御飯前にだ」

「なるほん」


 そんな私としどー君のやりとりを観てか、


「……だったら、私はちゃんとお参りしないと」


 頭を自分で撫でた妹が冷静さを取り戻していく。


「しかし、しどー君が神頼みとはね。

 ちょっと意外。

 いつも力業が最後に出てくるから」

「初音を偶然に見つけてから信じるようになったんだ」

「へ?」


 ラブホ前の運命の日だろうことは判ったが、脳内で繋がらず、変な言葉になってしまう。


「あの日、僕は安井金毘羅やすいこんぴらに縁結びをお願いしに行ったんだ。

 クラスのオタク仲間に効力があると聞いて、祇園の奥だし、塾のある河原町から近いからな。

 そこから塾に戻ろうとしたタイミング、偶然、初音に会えたんだ。

 いつも通りならその時間、塾で自習していた筈だ」

「あ……そりゃ信じるようになるわね。

 結べたんだから。

 思えば私に告白しようとした時も真剣だったわね……」


 安井金毘羅やすいこんぴらとは京都の最終兵器と言われる場所である。

 効能は縁切り、縁結び。

 恐ろしいほどに効くらしいと、ビッチ仲間にも聞いたことがある。

 調べればネットにも写真や効いたという話はごまんと出てくる、本当に最終的に頼れる縁に関わる神社だ。


「あまり神様や願掛けを信じてないけど、それは私も今度お礼に行かないと……」

「あっちはお礼済みだが、観光地化してるからちゃんと計画しないとな」

「デートね!」

「あ、姉ぇズルい!」

 

 うん、間違いなく私はここに居ないし、燦ちゃんもどうなってたことやら。

 後、縁切りしといた方が良い縁もあるだろう。

 最後に襲い掛かってきそうになったオジサンとか。

 途中、赤い政党の看板が目立っていたり、小学校前を通過し進む。


「……ここボランティアで来ますね」

「あぁ、日野弟君?」


 そんなこんなで、着いた訳だが神社自体は入口からして閑静な雰囲気が漂っている。

 

「「「……」」」


 私達、三人はそれに感化され、言葉を止めた。

 鳥居を潜り少し行くと、既に夜なのもあるが、神秘さをも感じさせる本殿。

 そして真ん中に佇む奇妙な建物がある。

 近付いて観れば、下には砂地に何か文様が掛かれている地面。それをグルリと囲んだ柱で支えた形で壁は無いが屋根がある。

 奇妙だ。

 とはいえ、今は目的だ。

 三人で本殿の前に並び、二礼二拝一礼をする。

 そして、三人で無言のまま、鳥居をくぐる。


「誠一さん、改めてありがとうございます。

 助けて貰ってばかりで」


 そこでようやく妹が口火を開いた。


「いいさ。

 助けると決めたんだから」

「……手、良いですか」

「断らなくても良い」


 っと、妹がしどー君の左手に。

 ならばと私は右手に。


「両手に花よね。

 しどー君、この前よりは随分、落ち着いてるけど」

「覚悟を決めたからな」


 と、真剣な眼差しで夜空を見上げて、


「これから三人でと考えると、馴れるも何もない。

 だから、受け入れたんだ。

 揶揄も有るだろうし、奇異な眼もあるだろうけど、それらは僕が得られる当然だと」

「長いし、小難しいから簡単に」

「他人なんか知るか、三人で一緒に居たい」


 言われ、私と妹が彼を挟んで顔を見合わせる。

 そして、同時に笑みになり、


「「私たちも(です)」」


 彼の両方の手を空に持ち上げる。

 そして三人で笑い合うのだった。


「晩御飯どーしよっか。

 無しで三人でヤる?」

「ヤらないし、晩御飯食べるぞ」


 冗談にマジレスされて悲しい。

 とはいえ、私も燦ちゃんも割りと心が満たされ、次は体にいきたい気分だ。

 彼のモノだと感じさせて欲しいと、欲求が出てる……こう書くと、性欲が主なのか承認欲求が主なのか、怪しいところだ。


「なるほど」


 妹を観る。

 頬が紅く染まり、呼吸は若干、浅い。

 性衝動が出始めていると聞いているし、今日、さっきまでは酷かった。

 彼のモノになるという気持ちが必要以上に昂らせており、今ヤると性欲=愛が必要以上に紐付くかもとしどー君は考えているのだろう。


「しどー君。

 燦ちゃんが落ち着いたら、三人でやろうか。

 例えば、来週から夏休みに入るから、そこで……」


 だから、これは助け船だ。

 同時に、


「妹の処女、貰ってあげて?」


 追加攻撃をした。

 私はビッチだ、インモラルだと言葉に載せて、彼を試したのだ。


「判った。

 楽しみにしておくし、痛くないように頑張る」


 だが、彼は動揺することも無く、最低な事を言い切った。

 うん、知っていた通り、真面目に不真面目をしてくれている。


「……我慢我慢♡」


 そんな会話に反応した妹は、言いつつもしどー君に胸を押し付けている。

 この駄犬メと思うが、それぐらいは許しておこう。

 私も押し付けたかったから。


「えへへー♡」

「初音、燦、人の話を聞いてたか?」

「別にいいじゃない、引っ付くぐらい。

 我慢しないさよー」

「そうですよ、誠一さん。

 これぐらいは許してください」


 そして夜の西院駅側、人の居る方へと出ていくのだった。

 彼の顔も言葉とは裏腹に嬉しそうだった。


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