第73話 お気の毒な日野君だけど、なんというかどうしようもないかな。
「晩御飯どうしよっか」
本来の用事が終わると、すっかり廊下にも西日が差し込む遅い時間だ。
廊下には帰路を急ぐ生徒達がたまいるだけだ。
違う制服の私たちへは
流石に他校生徒の廊下ダッシュを止めるつもりはしどー君にも無いようだが、口元が『へ』の字だ。我慢しているらしい。
「燦も居るし、もう時間も遅い。
何処か行くのもありかな?」
「そうね。
燦ちゃんの気晴らしになるようなところでパーっと!
言ってて何処が良いか判らないけど……」
私だったらカラオケとかテンションを上げていく所で十分である。
お値段高い所も何度かオジサン達と行ったことあるし、教えてくれたので良し悪しは判るのだが、正直、ディナー何万とかいう世界はちょっとどうかと思う。
「浮かぶとすると551の食堂?
伊勢丹地下」
「それは初音の好きなモノだろ……」
「バレたか~」
そんな私達に立ちふさがる影一つ。
「こんばんはかな、もうこの時間は」
「おいっす、燦ちゃんの下僕」
「日野だ、日野!」
おちょくってやると顔を真っ赤にして言うのでからかいがある。
さておき、
「で、何のようよ。
私達は今から帰って、ラブいことすんの。
判る?
童貞には判らないわよね」
「落ち着け、明日も午前だけとはいえ授業だ。
やるつもりはない」
フシャーっと歯をむき出しにする私にしどー君が宥めてくれる。
うん、判ってて言った。
で、私が日野君の出方を待とうとすると、意外な所が声がした。
「……久しぶりだな、日野」
しどー君だ。
表情は何というかいつも通りな真面目だ。
「ぇ、知ってる人?」
「同じ市内の公立中学だ。
あっちはどうやら覚えていないようだが」
しどー君に言われて、真剣な顔にクエッションマークを浮かば続ける日野君。
うん、多分これはあれだ、日野兄は割と節穴だ。
「メガネメガネ」
っと、私は預かっている眼鏡ケースから伊達のを取り出し、そしてパイルダーオン。
完成、マジメガネだ。
「……士道?」
流石に髪型が違えども、気づいたらしい。
一転、しどー君への表情が威嚇から微笑みに変わる。
「ようやく思い出したか」
「ぇ、ちょ、おま、待て。
なんだ、それ。
変装か?」
「私のコーディネートに文句があるのなら、殺すから。
かっこいいでしょ⁈」
フシュ―! っと鼻息を荒く威嚇しておく。
「いや、文句があるとかじゃないんだが……。
変わりすぎで戸惑いが」
「ふふ~ん、あんたよりイケメンだも~ん」
「……」
プライドが傷つけられたらしく、
「で、どういう関係?」
「簡単に言うと、問題児がそこの日野。
僕が風紀委員」
「堅物を付けとけ。
強情でルールの押し付けをするだけの男が」
っと、笑いながら日野君がしどー君に挑発してくる。
しどー君は慣れているのか先ほどと同じ無反応だ。
「あぁ、昔のしどー君の男ね」
「俺はノンケだ!
それ別の意味で捉えられるからやめてくれ。
漫研の同人誌でやられたことある」
「あれは、僕と日野に似た誰かだろう?」
「お前、それで納得すんなよ」
しどー君の杓子定規具合にゲンナリとする日野君。
観てみたいと思ったのは内緒だ。
「って、そうなるとさっき妹を襲ったアレとしどー君も同じ学校だったわけよね?」
「クラスと待ち伏せの前に話をまとめていくうちに日野の名前とさっきの子の名前が出て、ああ、なるほどと。
印象の薄い、影にいるような子だった。
僕が覚えてたのも一回、下校時間後、日野の机に跨がってたことがあってな?
早く帰れと注意したことがあるんだ」
「それヤバイやつね。
日野君、机に謎の染みついてなかった?」
「ん……あぁ、あったが?
今もたまにあるぞ。
誰かが嫌がらせしてんだろ?」
不思議そうな顔の日野君。
反面、しどー君は生理的に辛そうな顔をし、
「……僕も今なら何をしていたか、理解できるからな……。
だから、動機が判ったんだ。
下らない怨恨と燦の成長への焦りだろうと」
「なるほん」
今日、妙に日野君のことを気に留めない素振りを見せたのは知ってたからだろう。
妹に好意を寄せる人物の実物を観て、それが知っている人物で安心したのかもしれない。
「あー、ちょっと毒気を抜かれちまった。
初音さん……妹の方な?
どっちを取るんだと、妹の方を選ばないなら、俺が取っても良いな?
っと、いう宣言するつもりだったんだ」
「あぁ、そういう……」
私の時に手伝いを申し出ようとしたのと同じ考えらしい。
何というか、そういう所には気が回るらしい。
「だけど、お前なら安心した。
もう姉の方を選んでるんだろ?
なら、妹の方は任せておけ。
兄弟だな」
っともうそれが成ったかのように嬉しそうな笑顔を浮かべる。
なるほど、確かに真面目なしどー君なら、社会理念に反することはない。
「日野」
「何だい兄弟」
「燦をお前に渡すつもりはない」
メガネをクイッと指で動かし、そう言い放った。
「ははっ、お前もそこのお姉さんと付き合うようになって割りと冗談も言えるようになったのか。
既に兄貴面か?
あるいはビッチと自称する姉に感化され、ハーレムでもやる気か?」
手を横にあげ、まるでアメリカ人ジョークとでもいいたげに笑いながらの日野君。
「感化はされてない……と言ったら嘘になるだろうな。
僕は初音に色々教えて貰った。
世界を広げて貰った」
静かだが意思を込められた力強さが現れるようなしどー君の声が続く。
「だからという訳では無いが、燦は僕のだと決めたんだ」
ふと、廊下の曲がり角から聞こえていた足音が一つ止まり、何かを落とすような音が聞こえた。
うん、彼女の前で他の女の子を自分のだと言うのは、他の人が聞いたら清々しいほどに屑な発言だ。
ただ、それを恥じることも無く、堂々と真面目に行うのはしどー君らしい行動だ。
日野君は目を丸めて、
「えっと、それはこの姉を振るってことか」
「それはない。
僕は初音が好きだし、愛している」
「えへへ~♡」
改めて言われ、頬が熱くなる感じを覚える。
知っているとはいえ、ちゃんと言葉にしてくれるのがしどー君のいいとこだ。
ビッチ喜ばしてどうするつもりだろうか♡
「燦のことは眼を離せないし、居ると嬉しいんだ。
僕が居て欲しい。
好きだと言っても良いかもしれない。
それだけだが、一緒になる理由としては十分だろ?」
「マテマテマテ、お前、何を言ってやがる?!
一人に一人、これが普通だろ?!」
「法律は確かに重婚罪なんかもある」
私は知らなかった単語が出てくるが、しどー君は続ける。
「ただ、それは届け出をすることのみだ。
事実婚や婚外子は認められている。
当事者間に、社会通念上、夫婦の共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意と成立をさせてればいい。
噛み砕けば、僕と初音と燦がどうするかで良い。
ちゃんとこれの結論が出るまでは答えが出なかった訳だが」
「……待て待て、お前は何を言ってるんだ?」
「判りづらかったのなら、もう一回言ってやろう。
初音も燦も僕のだが、なにか?」
言い切った。
また、廊下の奥でカバンが落ちる音が聞こえた。
「僕は真面目だ。
悩んださ、それこそ世間体とか、子供のことだったり。
その上でだ」
「待て、先ず、そこのお姉さんは「私は別に良いわよ。妹だもん」」
被せて切ってやると、頭を悩ませる日野君。
「待て、初音さんは正義感が強くて、と言っていたし、きっと幻滅「しないから安心しろ」」
今度はしどー君が被せた。
「そもそも燦とはそれが前提だ。
僕が初音と付き合っているうえで受け入れるか否か」
「……待て待て、あれか、お姉さんから観て俺がダメだから一芝居打とうという訳だな?」
「僕が芝居を打てるような人間か?」
「いや、今の現状よりは出来るだろう……」
まぁ、確かに。
「で、燦ちゃんどうなのよ」
「「⁈」」
日野君の後ろ、廊下の角に声を掛ける。
しどー君と日野君が驚いて目線を向けた先には、エヘヘ……っと誤魔化すように、顔を赤らめて出てくる燦ちゃんが居た。
両手にカバンを持っているのは二度も落としたから、確実に抑える為だろう。
または、自分を抑えるためかもしれない。
内股になって、呼吸も熱を帯び、荒くなっている。
「いつから聞いてた?」
「誠一さんたちの話し声が聞こえたので、こっちに来たんですが、『燦は僕のだと決めたんだ』と断言した所でそこの廊下に隠れてました」
しどー君が頭を抱える。
ちゃんと面と向かって言いたかったのかもしれない。
そういう所、マジメだし。
「……私は誠一さんが良いです。
誠一さんじゃなきゃダメなんです!
誠一さんのモノになりたいんです!」
そんなしどー君に、まるで犬がダイブするがごとく、抱き着く妹。
勢い余ってしどー君が押し倒されてしまうが、まぁ、良いだろう。
きっと尻尾が生えていたら、ブンブン振り回している様子だろう。
ともあれ、私は視線を日野君に向けて言う。
「男だったら……いや、これは男女関係なしか。
好きだった人の幸せぐらい願ってあげなさい。
さっきの子みたいになるのはダメね。
マジメっこ好きなら、こんなビッチな妹なんかより相性が良い子は居るだろうし、多分」
「え、あ……」
私の決め台詞に目線が来ていない。
観れば、犬のようにしどー君にキスをしている妹が居た。
ディープな奴だ。
「うわあああああ」
現実を突きつけられて走り出す日野君。
お気の毒に。
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