第12話 私のヒーローですが、なにか?
「なんで、心が痛いのよ……」
自分の気持ちは知っていた。
いつの間にか、私はしどー君のことが好きになっていた。
決め手は彼が自分自身を責めて、校舎の裏で自分を叩いていたのを見た時だ。
「ほんとーに真面目なんだもんなぁ……。
私がみてなきゃと思っちゃったわけよ」
そこから先はジェットコースターだ。
彼のことを観ていた私は彼が本気で私にしてくれたことを思い返した。
寝込みを襲った時の可愛い反応も思い出した。
子宮がキュンキュンした。
多分、これは恋なんだろうと、気づいた時にはちょっと余裕がなくなっていた。
「だからデートに誘って、処女あげて思い出にしようと思ったのに。
それでバイバイしようと思ったのに……」
しどー君は良い人だ。
私みたいなビッチよりもっと良い子がお似合いだ。
例えば似た者同士な妹とか。
だから、身を引こうとしたというのに……
「実はあっちもこっちを思っていたというオチだとはね」
そんなんで初めてをあげたらしどー君の傷に間違いなくなる。
絶対、責任を取るとか言い出すし、私に彼を縛り付けてしまう。
それは重い女のすることでビッチのすることではない。
「こんな女の何処が好きになったのか、謎よ謎」
自嘲する。
彼みたいな真面目君でなければ、まぁ、判る。
でも、彼はマジメガネだ。
私に惚れる理由なんか何処にもないのだ。
「はぁ……。
どうしよっかなぁ……」
しどー君の家に帰るわけにもいかない。
とはいえ、置きっぱなしのモノがたくさんある。
いつの間にか増えた私物。
シャンプーも私のが彼の隣に置かれている。
歯ブラシもだ。
コップだって、お気に入りのがキッチンにある。
「というか、帰る場所って言ってるわよね、私」
自分で突っ込んで、どんだけ彼に入れ込んでたかが判る。
頭を壁に打ち付けたくなる。
「あれ、初音ちゃんじゃないか」
「……あ、オジサン久しぶり」
「制服じゃないのは珍しいね?」
「ちょっとねー」
声を掛けられたのは、しどー君と初めて出会った時の援助交際相手だ。
「逃げてから会ってなかったけど、元気だった?」
「ははは、あの時は申し訳なかった……。
所でまだ初物は買えるかい?」
「あー……」
しどー君の顔が浮かんだ。
とはいえ、彼にあげるというのも今では考えられない。
私自身、あげたら重い女になりかねない。
それはイヤだ。
「うん、大丈夫よ」
「やった、謝罪も兼ねて、倍払うよ……!」
嬉しそうにするオジサンを見ながら、私の心は空虚だった。
そしてホテルへと手をつないで二人で歩いていく。
「……」
「いつも元気なのにどうしたんだい?」
「いや、ちょっとストーカーに追いかけられてて。
最近、繁華街にいると絶対捕まるんです」
しどー君のことだ。
しどー君の顔が脳裏から離れない。
だから、ストーカーとレッテルを張り、自分の意識を誤魔化そうとした。
でも、それでもダメだった。
「ごめん、オジサン。
やっぱパスで」
慣れていたホテルの前、私はオジサンの手を離した。
ダメだ、自分に嘘はつけない。
私はビッチで自分には正直なのだ。
「な、な、な」
オジサンが私を観て、怒りを露わにする。
そして私の腕を掴む。
痛い。
「そりゃないよ、初音ちゃん。
だって、オジサンやる気満々なんだよ?
今更それはないよ!」
「ごめんなさい」
「いいのかい、君が今までしてきたことを学校にバラしても!」
脅迫だ。
とはいえ、一部にはバレていることだ。
特にダメージは無い。
いざとなったら退学すればいい。
パパとママには悪いけど、納得してくれる。
「どうぞ、ご自由に」
「――!」
頬に痛みが走った。
私は地面によろめき倒れる。
頬を叩かれたようだ。
「ほら、そんなこと言うから、オジサン叩いちゃったじゃないか。
大丈夫、いいこにしてれば優しくしてあげるから……!」
「いや、いやなの!」
「静かにしろ!」
もう一回、頬を張られる。
「今度はグーで行くからね?
静かにして、オジサンと一緒に入ろうね?」
「――うぅ」
声をあげようとするが、恐怖で声が出ない。
そんな私をみてオジサンは満足そうに、私の肩をもちホテルの入口へ向かう。
「しどー君……」
我ながら未練がましい。
素直にならなかった罰なのだ、これは。
いつもなら彼はこんなことを邪魔しに来てくれたはずなのに、今はなんで来てくれないんだろうか。
「私がふったんだから当然だよね……」
当然の報いだと、自分に言われた気がする。
諦めよ? そう心の中で言われた。
「……しどー君」
彼の影が道の奥で見えた。
キョロキョロとして、道を走っている。
その表情は遠くて見えないが、メガネが無くても真面目なのが判る。
マジメガネなのだ、彼は。
そして彼は違う方向に足を向けそうになる。
「……し、」
大声をあげればきっと私は彼への気持ちを抑えられなくなる。
彼のことを考えれば、私はこのまま黙っていた方がいいんじゃないか?
再び、自分がしどー君に似合わないという考えが浮かび、声を止めようとする。
「しどーくん! たすけて!」
それでも、と声をあげて、私はオジサンの拘束から逃げ出そうともがく。
だが、彼は角を折れて見えなくなってしまう。
「しどー君!」
それでも一度、あふれ出た言葉は止まらない。
「この!」
見える拳。
そしてそれが振り下ろされる。
だが、私にそれは届かなかった。
「しどー君!」
代わりにしどー君が殴られていたからだ。
「いた……!
大丈夫か、初音さん」
「うん、うん!
大丈夫!」
私はオジサンの拘束から逃れ、しどー君に抱き着く。
思いっきり彼を感じたかったから、私は彼を強く強く、手をまわした。
嬉しかったのだ。
「あ、お前はこの前、邪魔してきたガキじゃないか……!
かんけーないだろ、お前は!」
「関係なくはない!
僕は風紀委員だからな!」
「は?
そんなこと言ってお前もそこの初音君に誑かされたんだろ!」
「いいや、僕は誑かされていない。
何故ならば、僕は彼女が純粋に好きだからだ!」
熱い告白だった。
彼がかっこよく見える。
それこそまるで青春ドラマのような、いや、子供のころ、描いていたカッコいい男子に見えた。
「それが誑かされているっていうんだよ!」
オジサンがしどー君に大きく振りかぶり、殴りかかる。
しどー君は反撃せず、それを受ける。
殴られ続ける。
「やめて、オジサン、しどー君を殺さないで!」
床に倒れ蹴られるしどー君を覆うように私は許しをこう。
それを見たオジサンは
「うるせぇ、最後まできっちりしめねぇと、腹の虫がおさまらねぇんだよ!」
っと私にも蹴りをしようと構える。
「……!」
しどー君は私を突き飛ばした。
私の代わりに腹部を蹴られ、くの字に体が曲がる。
「しどー君!」
だが、彼は立ち上がった。
そして、私の前に立ち、盾になってくれる。
「やらせない……」
「っ!」
そして彼はオジサンをにらみつける。
一瞬、オジサンは怯むが、また大きく振りかぶる。
「なにしてるお前ら!」
「ようやく、来たか……」
しどー君がポケットの携帯を取り出す。
画面を見れば一一〇通報につながっている。
「助けてください、彼女をホテルに連れ込もうとしたのをとめようとしたら暴力を……!
一一〇のレコードを聴いてもらえば、事情も分かるかと思います!」
「ちょっと署に来てもらおうか……」
「俺は無罪だ、はめられたんだ!」
「はいはい、皆そういうからね……」
応援の警察も駆けつけて取り囲んでいく。
「少年、一一〇通報してそのままにしておくのは正解だったね。
でも、普通はこんなことしても悪戯処理される可能性があるから、やったらダメだぞ?」
最初に駆けつけてくれた警官がそうしどー君に注意する。
「すみません」
「事情聴取するから、君と彼女も一緒についてきてくれ」
その日は、それで夜まで潰れた。
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