鏡の森
@Pz5
お伽噺
むかしむかしあるところに、たいそう心の優しい、正直者の王子様がおりました。
王子様の優しい心からでてくる素直な言葉は、それはそれはあたたかく、王様も大臣も、将軍も兵隊も、街の商人や農民、喧嘩している夫婦から追いかけっこしている鼠と猫まで、みな笑顔にしてしまうほどでした。
そして、王様も大臣も、将軍も兵隊も、街の商人や農民も、みなこの王子様を誇りに想い、自慢にしておりました。
そんな王子様の噂は国をこえ、となりの国のお姫様との結婚も決まり、王子様の優しさがいよいよ広がると、みな幸せに思っておりました。
しかし、そんな王子様の優しさが気に入らない人がいたのです。
それは、暗い暗い森に住む、あまのじゃくな魔女でした。
魔女はひねくれているものですから、王子様のまっすぐなふるまいや言葉には我慢がなりません。王子様の優しさを見れば見るほど腹が立ち、どんどんくしゃくしゃした気持ちになってしまうのです。
最初は王子様を見下していた魔女ですが、自分の気持ちをくしゃくしゃにする王子様がいよいよ邪魔になり、ある日王子様に呪いをかけてしまいました。
その呪いは、言う事もやる事も、気持ちとは逆のあべこべにしてしまうものでした。
普通の人ならこんな呪い大したことありません。
だって、自分の気持ちを逆にして、常に嘘をつけばそれでいいのですから。
それ所か、自分の悪い気持ちを隠すのにも便利です。
しかし、これが心優しく正直者の王子様にかかると大変です。
なぜといって、この王子様、いままで嘘をつく必要が無かったし、自分の気持ちを正直に伝えれば、みんなが幸せになってきたのですから。
嘘のつきかたがわからない王子様の言葉や行動は、それはそれは酷く人を傷付けるものになってしまいました。
笑顔になってほしいのに悲しませてしまう。
泣き止んでほしいのにもっと追い詰めてしまう。
喜んでほしいのに怒らせてしまう。
最初はみんなそれが王子様の本当の気持ちではないと、頑張ってくれましたが、だんだんと王様も大臣も、将軍も兵隊も、街の商人や農民も、みなくしゃくしゃした気持ちになってしまいました。
何より一番傷ついていたのは王子様です。
さらに悲しいことに、王子様の大好きなお姫様が、この王子様の豹変ぶりに悲しんで、とうとう自分に眠りの呪いをかけてしまい、お城に閉じこもってしまったのです。
そして、これにかんかんに怒ったとなりの国と、ついに戦争にまでなってしまいそうになりました。
これでは王子様はとても国にはいられません。
ついに王子様は魔女のいる暗い森に出て行く事になりました。
暗い森を抜け、魔女のいる館につくと、王子様は魔女に呪いを解いてくれる様頼みました。
しかし、王子様の言葉はあべこべなものですからまったく話し合いになりません。
遂には、王子様は悲しさのあまり笑い出してしまいました。
これに大笑いしたのは魔女でした。
あんな優しい王子様の悲しいのに笑うしかない顔を見られたのですから愉快で愉快でたまりません。
そこで、気分のよくなった魔女は一つ、王子様に呪いを解く条件をだしました。
「いや、愉快愉快。私を楽しませてくれた礼に、一つ条件をやろう。そうさね、私が心底から感動するような、とびきり優しくて素直な言葉を掛けては下さらんかね?でもそれは心底からじゃないとダメだからな?」
普通の人なら、ここで怒り出して魔女に悪口をあびせるつもりで褒め言葉ばかり出たことでしょうが、心優しく正直者の王子様の事ですから、魔女を褒めようと悪口ばかり云ってしまいます。
魔女は、これをみて更に大笑いです。
「そんな言葉で私が感動すると思っているのかい?何とも薄っぺらでつまらない王子様だことだ」
魔女は楽しくてたまりません。
ところが、そんな魔女の様子を見ていた王子様は、だんだん魔女が哀れで可哀想に見えて来ました。
そして、その気持ちをそのまま魔女にぶつけてしまいました。
もちろん内容はあべこべです。
「ああ、貴方は何と豊かな人だ。他の人を受け入れ、苦しみを分かち合い、喜びを与える。そうして貴方は世界中の人を受け入れ、貴方も受け容れられていくのだ」
王子様は、本当にこの哀れな魔女の境遇が悲しくなってしまいました。
これに驚いたのは魔女です。それまでみな自分を拒絶するばかりだったのに、この王子様は心の底から自分を憐れみ、言葉の上ではあたたかい言葉をかけてきたのです。
それは魔女にとって初めてのことで、魔女はそれをどう受け容れたら良いのかわからず、遂に叫び声と共に消えてしまいました。
そして、魔女のいたところには、一枚の大きな割れた鏡が立っていました。
その鏡からは光が溢れ、いままで王子様にかかっていた呪いのせいであべこべになっていた王子様の優しさが、そのまま正直に溢れ出ていき、国中にもどりました。
王子様の国もとなりの国も、王様も大臣も、将軍も兵隊も、街の商人も農民も、ふたたび笑顔で溢れ、お姫様の呪いも解けました。
しかし、魔女を心の底から可哀想に思った王子様は、お城に帰るのではなく、お姫様と一緒に魔女の館にとどまり、国々の幸せを、末永く見守られましたとさ。
めでたし、めでたし。
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