コミュ障探偵
新垣加々良
コミュ障探偵
「おい、何とか言えよ。お前が、杉田の財布盗んだんだろ!?」
「お、俺じゃねぇ!ぜ、絶対違う、俺は杉田の財布を盗んだりなんかしてない」
「じゃあ、他に誰が盗んだんだよ、千佳も、お前が杉田のカバンを触っているところ見たって言ってるんだぞ!」
「そ、そんなの、デタラメだ。お、俺は、ぜ、絶対に杉田の財布なんか盗んでなんかねぇ!!」
「はぁぁぁあああ?なによ、あたしが嘘をついたってあんたは言いたいわけ?ねぇ、どうなのよ?」
「べ、別に俺は秋山さんが、嘘をついたなんて、い、言ってるわけではない」
「はぁ、じゃあ、どう意味で言ったのよ!?」
「そ、それは……」
教室内に緊迫した空気が漂う。
誰も彼もが下を向き、私は関係ありません、といった顔をしている。
嫌な空気だ。
この空気を変えるには、昼休みが終わり、5時限目の担当教師が来るのを待つしかないだろう。
だが、この嫌な空気を打開したのは意外な人物だった。
「あっ、あっ、あっ」
息が詰まって、苦しそうな声が、沈黙した教室内に響く。
その声を発したのは、財布を盗んだ犯人だと思われている、次皿つぐさら 掏摸すりではない。
まったく、話には関わっていない一人のモブキャラが声を発したのだった。
まわりからは、居ても居なくても変わらない、空気のような人物が、この空気を変えたのだ。
ちなみに、このモブキャラこと、空気田からきた 茂夫しげお十六歳がこの物語の主人公である。
「あっ、あっ、あっ」
息が詰まって、苦しそうな声が、沈黙した教室内に響く。
先ほどまで、窃盗の犯人と思われる次皿掏摸を責めていた三人は突然の闖入者に、驚きつつもイラついたような目線を空気田茂雄に向けていた。
「なによ、言いたいことがあるんなら、ハッキリしゃべりなさいよ!」
窃盗の瞬間の目撃者とされている秋山千佳は空気田茂雄にそう言った。
「あっ、あっ、あっ……」
茂雄はそれでもはっきりとしゃべらない。
「なに?だからはっきりしゃべって!」
そう言われると、茂雄はしゅんとした表情をして、自分の席につくと、スマホをいじり始めた。
「何がしたかったんだか?教室にいてもいなくても変わらないやつ、しかもろくにしゃべったことないやつに、今、話しかけられても困るっつーの」
秋山千佳は苛立ちながら、あきれと挑発を含むように発言をした。
おそらく、己のストレスをクラスカースト下位の者である茂雄にぶつけたのであろう。
茂雄は悔しかった、己が喋れないのは、吃音という障害を持っているからだ。
好きで、喋りにくい体になったわけではない。
本当は、人一倍に人と話をしてみたい。
人としゃべらないからと言って、何も考えてないわけでもなければ、何を言われても感じないわけではないのだ。普通の人と同じように傷つくし、考えもする。
そして何より悔しかったのは、こんな自分に話しかけてくれる、次皿君が大変な状態なのに、味方をしてあげることができなかったからだ。
財布がなくなったことに関する事情を詳しく知っているわけではないが、一方的に難癖をつけられているように見えた。次皿君は盗みなんてする人とは思えない。それに、相手はクラスカースト上位の者だ。次皿君はお世辞にはカーストが高いとは言えない。むしろ、低い方だ。
真実がどうであれ、カーストが高いものが、わめきたてたほうが、一般的な人には、それが真実に思えてしまう。
そして、カーストが高いものは他のクラスのカーストが高いもの、他の学年のカースト上位者と大抵が知り合いで有り、噂が伝播しやすい。そして、非がカースト上位者のほうにあったとしても、「でもさー、普段から疑われるような行動してるほうがわるくない?それに(カースト上位者は)謝ったじゃん、いつまで言うの、その話。てか、その話いつまでもしてるせいで、(カースト上位者)傷ついてるって」と言ったような言葉を返される。もちろん、逆の立場(カースト下位者)であった場合はこれは適用されない。
茂雄は高校2年である。
彼は吃音のせいで、学校生活というものに、良い感情を抱いたことは彼の17年の人生の中ではなかった。
学生生活全般には良い感情を持っていない彼ではあるが、学生生活上の個々のことによい感情を抱いてないわけではなかった。
彼には、自分に話しかけてくれる人物の窮地を見過ごせるほどの強かさを持ち合わせてはいなかった。それに、もともと持たざるものである、今更、カーストなんかを気にしても仕方がない。
茂雄がスマホをいじり始めて5分が経過した。
相変わらず、教室内にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
お昼休みの最中ということもあり、目端の利くものは教室から静かに出て行った。タイミング悪く、教室に帰ってきてしまった者もいれば、教室内にしか居場所がなく、静かにご飯を食べているグループや、我関せずとイヤホンをしながら、飯を黙々と食べている生徒もいる。
気付けば、お昼休みは残すところあと15分、教室の外の廊下には、ほかのクラスの野次馬が集まっていた。
次皿君とほかの三人の話は膠着状態に陥っていた。
次皿君を責め立てる三人と、俺じゃないとしか言わない次皿君。
「証拠を見せろよ!お前が杉田の財布盗ってないという証拠を!」
と言って、秋山の隣にいた男、が声を荒らげて、次皿のバックに手を伸ばし、バッグをつかもうとしたその時、ある生徒のスマホから、電子的な声が響いた。
「アキヤマサン、アナタガミタ、サイフハ、ナニイロの、ドンナカタチのサイフデシタカ?」
突然響いたその異様な声に戸惑いつつ、秋山千佳はその音がした方を振り向く、その視線の先には、茂雄がいた。
「ボクハ、ショウガイをモッテイマシテ、ウマクハナセナイノデ、コレデハナシマス。サキホドハ、ハッキリとシャベレズ。スミマセン」
「あ、うん」
面食らった様子で秋山千佳はそう言った。
「アキヤマサン、アナタガミタ、サイフハ、ナニイロの、ドンナカタチのサイフデシタカ?」
再び、茂雄のスマホから先ほどと同じ音声が寸分たがわぬ音を発した。
「え、ええと、紺色の革の長財布だけど」
「ツグサラクン、キミのサイフはドノヨウナモノカ?」
「お、俺の財布も紺色の革の長財布だけど」
「ナルホド、ココデアルカノウセイガウマレタ。アキヤマサンがミタのは、ツグサラクンのサイフダッタカモシレナイ、トイウカノウセイダ」
「いや!でもあたしは確かに、そいつが財布を取っているのを見た!」
「ナルホド。デハ、ツグサラクン、キミのサイフをミセテクレナイカ?」
それを聞くと、次皿は、男にとられたバックを取り返し、中から、自分の財布を取りだした。
「それ!杉田の財布!」秋山千佳はそう言った。
「やっぱりおまえが盗んだんじゃないか!」男はそう言った。
「チョットマッテ!」
変なイントネーションでスマホが音を出す。
「ツグサラクン、ソノサイフのナカカラ、キミであるとショウメイデキルナニカ、ナマエガカイテアルポイントカードデモイイカラダシテハクレナイカ?」
「ああ」
そう言って、次皿君はカードを取り出す。
そこには、しっかりと次皿掏摸と書いてあった。
「コレデハッキリシタ。ツグサラクンは、タマタマ、スギタクンとニタヨウナ、アルイハ、オナジサイフヲモッテイタトイウカノウセイダ」
「じゃあ!あたしが見たのは、なんだったのよ!次皿が杉田のカバンを触っているのを見たんだから!」
「シツモンガアリマス、サキホドカラ、ソノバニイルノニ、ヒトコトモハッシテイナイ、トウジシャガヒトリイマスネ。アナタノコトデス、スギタクン」
「……」
杉田は黙って聞いている。
「アキヤマサンは、スギタクンノカバンを、サワッテイルツグサラクンヲミタ。ツグサラクンは、ジブンのサイフヲモッテイル。コノフタツのジジツガ、ムジュンシナイホウホウガアリマス。ソレハ、スギタクンガ、ツグサラクンのサイフをヌスミ、ソレヲ、ツグサラクンガトリカエシタ、ソノシュンカンを、アキヤマサンがミタバアイデス」
「……」
杉田はそれでも黙っている。
「スギタクン、アナタがダマッテイタリユウは、ヌスンダサイフがトリカエサレ、ジブンノモノデハナイと、ツグサラクンヲノゾケバ、アナタダケガシッテイタカラデスネ。」
「じゃあ!なんで、次皿は、そういわなかったのよ!そういえばよかったじゃない!」
「ツギサラクンは、サイショカライッテイタ。ゼッタイニ、スギタのサイフナンカヌスンデナイ、と」
「じゃあ!なんで、あたしが、カバンをさわっていたことを見たといったとき、否定したの?その時言えばよかったじゃない!」
「あの場で!……あの場で触ったことを認めていたら、キミらは!それこそ、俺が盗んだと信じて疑わなかっただろ!?俺が!そもそも!何を言っても、認めずに、盗んだと信じて疑わなかったんだから!」
「アキヤマサン、セメルベキヒトをマチガッテイルヨ。セメルベキハ、サイフヲヌスミ、コノハナシノゲンインをツクッタ、スギタクン、ソレト、カジョウナセイギヲハッキシ、ハナシヲキカナイ、アナタタチ、サイゴニ、マチガイヲミトメズ、ヒガイシャをセメルキミジシンダ」
「はぁあ!?あんたふざけるんじゃな「おーい!なーにやってるんだぁあ?」」秋山さんの逆上した発言にかぶせるように、この騒ぎに気づいた教員が教室に入ってきた。
関係者は別室に集められ、事情を聴かれた。
教員はどうも大ごとにしたくないようで、今回の出来事を言いふらさないよう、被害者である、次皿君によく言い含め、今回の事件は終わった。
時間的には6時限の途中で話から解放され、教室に次皿君と茂雄は二人で戻る。
教室までの廊下は、授業中ということもありとても静かであった。
静寂は、二人の間にも同様に存在していた。
二人は廊下を歩く、次の廊下の角を曲がれば、茂雄たちの教室である。
その静寂を破るように、廊下に言葉が静かに響いた。
「空気田……ありがとう。普段あまりしゃべらないお前が、言葉を発してまで、助けに来てくれたとき、俺は嬉しかった。そして、ごめん、俺、お前のこと、いままで、少し下に見てた。俺、ほんと、情けないな。ごめん」
「だ、だ、だ、だいじょう、ぶ」
吃音になりながら、茂雄はそう答えた。
うまく言葉に出せないから、言わなかったし、うまく言葉を発せたとしても言わなかっただろうが、『次皿君、そういう言わなくてもいい余計なことを言ってしまうから、あの三人も逆上してしまうんだよ。君は、もうちょっとうまく話したほうが良い』と茂雄は思った。
しかし、そのすぐ後に『うまく話せないのは僕も一緒か』と思い、フフッ、と笑ってしまった。
その様子を次皿君は、きょとんとした顔で見ていた。
コミュ障探偵 新垣加々良 @Motipurupurin
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