〈2〉

 ワルトヒェンノインツの青傘。何度呼んでも舌を噛みちぎりそうになる名前の、あのカビ臭い蛸壷に僕らは育った。

 ワルトうんたらはその地域一帯の名前、そして青傘っていうのは学校のあだ名だ。由来は本校舎でなく宿舎の方にあって、妙にとんがった屋根がまるで傘みたいなのと、あとその深青色が遠目によく目立ったからだ。なんだってそんな珍しい色の瓦にしたやら、その答えは単純に宗教的な理由だ。子供を拐かす悪魔の苦手とする色。『青傘』の母体は教会で、せんせいらはみな聖職者でもあったわけだから、そういう迷信は大好物なわけだ。

 おかげさまで規律や礼儀作法にばかり厳しい、青傘での生活は本当につまらなかった。僕は物心つく前からそこにいて、つまり世に言う孤児ってやつだと思うのだけれど、でも青傘ではそれを『天使』と呼んだ。建前上は一応尊敬の対象、でも当然タダでチヤホヤしてもらえるわけじゃない。拠り所のない個人が認められるには、相応の努力が求められるのが世の常だ。

 ——天使は我ら家族の理想でなければならない。

 そう、彼らにとってそこは『家』なのだ。実際、僕らは校内の他者のことを『家族』と呼び合った。せんせいたちは『お父様』だったし、同級生は兄弟だ。実のところ、その因習には一度も馴染めたことがない。むしろある程度長じてから青傘に入ってきた連中、普通の生徒らの方がすんなり受け入れているように見えた。

 とまれ、最終的にはその何もかもが灰燼かいじんに帰する羽目になるのだけれど、でも急に燃えてなくなったわけじゃない。世界には逃れ得ぬ運命というものがあって、少なくとも青傘の教えではそうで、だから僕の元に突然やってきた「そいつ」こそが、その運命というやつだったのだと今にして思う。

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